嘉数医院院長 嘉数 朝一
成人気管支喘息の約10 %はアスピリンをは じめとする非ステロイド性抗炎症薬(nonsteroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs) によって喘息発作が誘発されることが知られて いる1)。アスピリン喘息(aspirin-induced asthma:AIA)はその名称から一般にアスピリ ンに特異的な喘息という誤解を与えているが、 アスピリンのみならず全てのNSAIDs により 喘息発作を起こすことが報告されている。
NSAIDs を含んだ貼付薬、塗布薬、点眼薬 等でも発症を誘発し、十分な問診がないままに NSAIDs が投薬されると、ときに意識障害を伴 う程の大発作が誘発され、死亡する事例も報告 されている。NSAIDs は鎮痛解熱剤としてすべ ての臨床医に処方される可能性があるため、 AIA においては、その使用に関しては十分な注 意が必要とされる。
2004 年のBMJ2)の報告ではAIA が成人喘息 の21 %を占め、AIA の頻度は従来考えられて いたより多い事が明らかになってきている。 AIA の臨床像は、小児には稀であり30 〜 50 歳 代を中心に発症し、男女比は2 対3 と女性に多 く、慢性通年性の喘息患者でステロイド薬投与 を要する重症例に多いが、軽症例にも20 %ほ どに含まれている。
特に大発作の既往を有する例が多く、成人期 に発症した喘息患者で嗅覚低下、鼻閉、鼻汁な ど嗅覚障害や、慢性副鼻腔炎、鼻茸等を高頻度 に合併する。
特に鼻茸はAIA 患者の約7 割に認められる 事も報告されている。
成人発症の中等度以上の喘息患者で鼻茸、慢 性副鼻腔炎の合併があり、嗅覚低下を認める患 者等においてはAIA が強く疑われる。
発作の典型的経過は、服用1 時間以内にまず 鼻閉、鼻汁が生じ、次いで喘息発作が出現して くる。発作の程度は意識消失を伴う急性喘息重 積発作まであり、しばしば重症となるため十分 な注意が必要となる。
AIA 発作時の治療としては、一般喘息とは異 なる救急対応が重要で、エピネフリン0.1 〜 0.3mg の筋注、もしくは皮下注が極めて有効で ある。
AIA で最も注意すべき点は、各種静注薬、特 に静注用ステロイドの急速静注で発作が悪化し やすいことであり、静注用ステロイドにはコハ ク酸エステル型(サクシゾン、ソルコーテフ、 水溶性プレドニン、ソルメドロール)とリン酸 エステル型(水溶性ハイドロコートン、コーデ ルゾールなど)があるが、AIA では特にコハク 酸エステル構造に潜在的に非常に過敏であり、 コハク酸エステル型ステロイドの静注は十分な 注意が必要となる。
内服薬は非エステル構造なので本症でも安全 に使用できる。
成人喘息患者の急性発作時にステロイドの静 注を考慮する際には既往歴および慢性副鼻腔 炎、鼻茸の有無からAIA かどうかを的確に判 断する事が重要で、本症が疑われる場合にはリ ン酸エステル型ステロイドを使用する事が推奨 されている。
AIA の診断は上記の特徴ある臨床像を手掛 かりとして詳細に問診しNSAIDs で喘息発作 が誘発されたエピソ−ドを確認することが重要 である。しかし、NSAIDs により発作の誘発歴 を持つ患者は60 %程度であり、残りの40 %は NSAIDs を用いた負荷試験により初めてAIA と診断される例が報告されている。
負荷試験に関しては危険を伴うため、十分な 説明と同意を得たうえで発作時の対策を十分に 準備して実地するが、実地医家には適さないと 考える。
AIAではシステイニルロイコトリエン (LTC4, LTD4, LTE4; CysLTs)の産生がも ともと亢進しており3)、NSAIDs のもつ共通の 薬理作用によりアラキドン酸カスケ−ドのシク ロオキシゲナーゼ阻害作用(COX、特に COX1 阻害作用=プロスタグランジン生合成阻 害作用)が発症の引き金になるものと考えられ ている。シクロオキシゲナーゼ活性を阻害する 結果、アラキドン酸からのプロスタグランジン (PG)の産生が抑制され、気管支拡張性の PGE1・PGE2などが減少し、リポキシゲナー ゼ経路へ流れる結果、CysLTs の産生が亢進 し、気管支収縮が起こると考えられる。
AIA 患者の日常生活上の注意、安全に用い ることのできる鎮痛・解熱薬については喘息予 防・管理ガイドラインに記載されており、参照 されることをお勧めする。
AIA 患者は食用黄色4 号(タ−トラジン)、 安息香酸ナトリウム、バラペン、サルファイト (亜硫酸塩)などの食品・医薬添加物に対する 過敏性をもつことがあり、長期管理には NSIDs はもちろん、これらの物質を摂取しな いように除外する事が勧められている。
成人の気管支喘息患者に対して詳しく問診を 行い、出来るだけ早くAIA を診断し、AIA が 疑われた場合は、誘因物質、使用禁忌薬剤など を十分に説明し、患者がステロイド依存症に陥 らないように、また難治化しないようにするこ とが大切である。
また、発作時の治療では一般の喘息治療とは 異なりコハク酸エステル型ステロイド剤の静注 は充分な注意が必要となる。
AIA がアスピリンのみで発作が誘発されるの ではないことを銘記しなければならない。
文献
1)末次 勸.アスピリン過敏症.臨床アレルギ−学.:南江堂; 382-384,1992
2)Jenkins C: Systematic review of prevalence of aspirin
induced asthma and its implication for clinical
practice. BMJ 328: 434-439, 2004
3)Christie PE:Urinary leukotriene E4 after lysineaspirin
inhalation in asthmatic subjects. Am Rev
Respir Dis 146:1531-1534,1992