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医師不足と新臨床研修制度

佐久川廣

ハートライフ病院内科 佐久川 廣

医師不足、特に勤務医の不足が問題になって います。過疎地での医師不足はより切実です が、都市部でも不足しています。厚生労働省の [医師の需給に関する検討会]の報告によると、 わが国の医師は毎年7,700人誕生し、退職数を 差し引くと年間約4,000名の割合で増加しつつ あるとのことです。医師の数は増加しているは ずなのにどうして医師不足が起こっているので しょうか?その原因はいろいろ言われていま す:1)新臨床研修制度になってから大学医局の 入局者が減り、医局の医師派遣機能が低下した こと、2)女性医師が相対的に増加し、結婚や出 産を契機に職場を離れること(さらには一旦離 職した女性医師が職場復帰するための環境が整 っていないこと)、3)若手医師が生活の質を考 慮するようになり、肉体的負担の大きい診療科 (外科、小児科、産婦人科など)を敬遠するよ うになった、などです。医師の数が増加してい るのは確かですが、それ以上に高齢者の増加に よる需要が増えています。そして何より救急の 現場の医師は全体の医師の増加にもかかわらず 減っています。

今から30年以上前に地域の医師不足を是正 するために全国に医学部を新設しました。国立 の医学部の中で最後にできたのが、琉球大学で す。琉球大学の最初の卒業生が1987年の春で すから、その第一期生も45歳以上になります。 45歳というのはそろそろ急性期病院での勤務が 負担に感じるようになり、特に当直の仕事は肉 体的につらくなります。多くの医師が40代で開 業したり、あるいは急性期病院以外の勤務先を みつけて去っていきます。

今は大学を含めてどの病院も医師不足という 問題を抱えています。特に新しい臨床研修制度 になってから医師不足が顕著になりました。今 の研修制度の問題点は卒業して2年間は一人前 として扱わないことです。研修医は常に指導医 の監視下に診療しなければなりません。指導医 は指導医でこれまで以上に教育に力をいれなけ ればならないというプレッシャーを与えられて います。最初の頃は誰もが3年目になれば、研 修医も一人前になり、スタッフも増えて、仕事 が楽になると考えたと思います。しかし実際は 新臨床研修制度になって4年目になりますが、 医療現場、特に急性期病院の人手不足は解消さ れていません。それはどうしてかというと新し い後期研修医が残ってもそれ以上にベテラン (40歳以上)の医師が急性期病院を去っていく からです。日本全国の医学部の定員が20年前 から変わっていませんので、急性期病院で働く 25歳〜45歳の医師数はほぼ横ばいといってい いでしょう。医学部の定員を地方であるいは地 方枠で増員するという計画もありますが、現在 の医師不足を解消にはならないと思われます。

御存知のように現在の研修制度は2004年にス タートしました。これまで、専門医の育成が中 心であった大学医局研修制度を廃止して、common diseaseを診れる医師を育成しようという狙 いがありました。多くの医学部の卒業生が大学 を離れて(もちろん大半は大学に残って研修し ましたが)一般病院で研修生活を始めました。 この研修制度はいいところもたくさんあります。 しかし問題点も多く、特に医師不足、勤務医の 過重労働という副作用をもたらしました。

新しい研修制度では、多くの様々な症例を経 験することにより、より実践に役立つ医師の養 成が可能になりました。これまでの専門以外は 何も知らない医師を育てる傾向にあった大学中 心の研修制度の弊害を改めることができたと思います。例えば、私が大学で内科の外来をやっ ていた頃、眼科の若い医師から転移の検索目的 で患者を紹介されたことがあります。私はその 眼科領域の癌がどの臓器に転移しやすいのかと いう知識もありませんし、どう返事を書いてい いのか悩みました。通常、肺に転移しやすいの であれば取り敢えず胸写をオーダーすればよい ですし、肝臓に転移しやすい癌であれば腹部エ コーを検査すれば済むことです。今上げたのは 極端な例と思いますし、もちろん、眼科だけに 限ったことではありません。しかしながら、以 前の研修システムはこのような極端な医師を育 てる土壌があったということは確かです。新し い研修システムになってから、特に将来内科、 外科といったメジャーの診療科以外に進む医師 にとって、よりよい初期研修ができているのは 間違いありません。では、将来メジャーの診療 科を目指す者にとってはどうでしょうか。

私は内科の医局に入局しました。入局したの は1981年ですが、その頃から私が所属していた 医局(琉球大学の第一内科)では各科をローテ ートする研修制度をとっていました。私が入局 した頃は2年間大学で研修して、基本的な知識 と技能を習得した後に関連病院に派遣されまし た。その後、関連病院も増え、これらの病院か らの医師派遣要請が強くなり、2年目から関連 病院に出向することが当たり前になりました。 医師一人あたりの症例数が少ない大学で2年間 研修するより、関連病院で多くの症例を経験し た方が早く一人前になりますので、研修医にと っても関連病院にとっても好都合でした。ただ 研修医にとっては試練でもありました。大学で 主に慢性疾患の診療をしていた経験のない医師 がいきなり急性期病院で一人前の医師として働 くことになるのですから、そのギャップはかな り大きいものでした。しかしながら、2年目の 研修医はそこで大きく成長し、1年が経過すれ ばほぼ自立して診療できるようになりました。

従来の研修制度で内科の教室に入局した場合 と今の研修制度で後期研修に内科を選択した場 合を比較すると、卒業3年目の時点では従来の 研修制度で育った内科医の臨床能力が優れてい ると感じます。今の研修制度では、特に民間や 公立の急性期病院で研修した場合、1年目から 多くの症例数を経験できますし、急速に臨床能 力がつきます。1年目の後半の研修医の能力を 従来の内科医局に入局した研修医と比較すると はるかに現在の研修制度における研修医が優れ ていると思います。しかしながら、問題は2年 目の過ごし方です。今の研修制度では、2年目 に多くの科をローテートすることになります。 小児科や産婦人科、地域医療、精神科、脳神経 外科、等々、多くの領域を、しかも1〜2ヶ月 という短いスパンで回ることになります。確か にいろんな事を経験することは多少とも将来に 役立つでしょうが、臨床医としての能力は残念 ながら停滞してしまうことが多いように思われ ます。今の研修制度の大きな問題は2年目にス キルアップする制度になっていないことです。 せっかく1年目で力をつけながら、2年目で緩ん でしまうという現象が起こっています。従来の 大学医局での研修は1年目がぬるま湯状態で、 2年目に大きなギャップを感じながら、不安と ともに急性期病院で1年間過ごし、飛躍的に臨 床能力が向上しました。その結果、3年目の時 点では、一人前として任せられる内科医に成長 しました。今の後期研修医はこれから内科医と して鍛えていかなければならないと感じます。

繰り返しますが、今の研修制度の大きな問題 点は2年目の過ごし方です。2年目になって学 生の時に経験したように各科をローテートしま す。もちろん、学生の頃と比べて知識も経験も 積んでいますので、同じようなローテーション ではありませんが、研修医のスキルアップにも ならないと感じます。つまり、このような研修 制度は医師不足の原因になっているばかりでは なく、研修医にとってもあまり益がないと思わ れます。

厚生労働省は2008 年度の概算要求の中に、 医師確保対策などの関連経費として765億円を 組み入れました。また、勤務医の過重労働対策 として、交代勤務制などを徹底して過重労働を 解消した病院に補助金を支給する事業に13億 円の予算を当てているとのことです。しかしな がら、このような対策で勤務医の労働環境が改 善するか疑問です。一番の問題は人手不足で、 これは都市部も農村部も同じ問題を抱えていま す。東北、北海道を中心に地方の勤務医不足が取り上げられていますが、都市部も医師が余っ ているわけではありません。全体に足りないの です。また、過重労働の対策を採っている病院 に補助金を出すということですが、交代勤務制 が採れる病院は相対的に医師の数に余裕がある ところで、元来ぎりぎりのスタッフで診療して いる病院では交代制勤務そのものが難しいと思 われます。

現在の研修制度を見直し、医師不足を緩和さ せるために以下の提案をしたいと思います。 1)臨床研修を1年間にして、2年目より専門研修と する。つまり、現在の後期研修を1年繰り上げる のです。それによって全国で7千名以上の医療ス タッフが確保できます。1年間の研修の内容は現 在行われているように、内科、外科、麻酔科、 救急という分野でよいと思います。1年のローテ ーションが終了すれば、一人前として十分診療 ができます。もちろん、2年目の場合、当直など は上級医師のサポートが必要です。

一年目のメジャー領域だけだと小児科や産婦 人科の研修がなくなり、それ以外の診療科もロ ーテートしないことになります。当然、これら の科の医師から反発を招く可能性があります。 ローテーションで回ってこなければ自分のとこ ろのよさをアピールすることが出来ないという 意見も出るかと思われます。しかしながら、1 ヶ月ローテーションしても単に体験実習のよう なものになりがちですし、受け入れる側も教え 甲斐がないのではないでしょうか。研修医も研 修医で内科、外科を回って興味があればそこに 残るでしょうし、内科、外科の仕事がきついと 思う人はより生活の質を担保できる診療科を選 択するようになると思います。

初期研修を1年間とし、後期研修を繰り上げ て開始することにより、2年目の研修医のスキ ルアップにもなり、何よりも疲弊している急性 期医療の現場が救われます。現在急性期病院で 働いている医師にとって過労死は他人事でなく なりつつあります。今の状態を放置しておけ ば、過労死はさらに増えるでしょう。過労死と まではいかなくても、燃え尽きて現場から離れ ていく医師は後を絶ちません。急性期病院の医 療は崩壊しつつあります。財政的な問題よりも 医師不足が原因です。研修医制度を見直すだけ で、崩壊は止められます。また、それが最も効 果的で確実な方法です。

もう一つの提案として、2)研修医が1人でで きる仕事の範囲を拡大する。現在の研修制度で は、研修医が行った医療行為を、逐一指導医が チェックしています。これはある意味当たり前 のことですが、もう少し、研修医に任せられる 仕事を増やす必要があります。現在は、医師の 業務の過剰を是正するために他業種に医療行為 の一部を委譲することが真剣に議論されていま す。例えば、アメリカでは一部の薬の処方を看 護師が行うことができます。また、日本でも救 急救命士が気管内挿管を行うことができるよう になりました。現在の研修制度ではほとんど全 ての医療行為が指導医のチェックの対象になり ます。例えば、研修医は血液製剤の確認作業も やってはいけないことになっています。血液製 剤のチェックは、血液型と製剤番号を確認する だけの作業ですから、小学生でも教えればでき ます。それを医学部を卒業して、さらに医師国 家試験をパスした優秀な研修医ができないはず はありません。血液製剤の誤認は重篤な医療事 故につながりますので、注意深くチェックする 必要がありますが、しかし、どうして研修医が してはいけないのでしょうか。恐らく間違う確 率は研修医も指導医も同等です。われわれの病 院でも、血液製剤を抱えた看護師が、手持ち無 沙汰にしている研修医の前を素通りして、忙し く外来診療している指導医の許に血液製剤確認 のお願いをしている光景をよく目にします。

医師不足は現在の研修制度を見直すだけで、 かなり改善すると思われます。年間7,700名の 医師が誕生します。2年目から後期研修をスタ ートさせれば7千名以上の医療スタッフが一気 に増えることになります。もちろん、今の2年 目の研修医が何の貢献もしていないわけではあ りません。恐らく労働力とし本来の実力の半分 は提供しているでしょう。したがって、単純に 7千名以上の労働力が供給されるわけではあり ませんが、疲弊した急性期医療を救うことがで きます。研修医制度は一刻も早く見直すべきで す。地域医療が崩壊する前に。