那覇市医師会 喜久村 徳進
(1)定義
健康(Health)は四つの要素からなり、肉体 的・精神的・社会的・霊的状態をそれぞれみて 判断いたします。肉体や精神が日頃とちがい何 となく違和感を感じる時、我々は近医を受診し 主な訴えを聞いてもらいます。医師は、問診し 更に血液・生理・CT・レントゲン等の検査結 果から病気を鑑別診断し治療の方針を決めま す。誰もが肉体的・精神的な体調の異常には気 付きますが、霊的健康は、西洋医学中心に考え る最近の医療では捕らえにくいものとなってい ます。霊的問題は健康を考える場合重要な要素 である、と多くの国が検討を始めています。
四つの要素となっている肉体と精神は相互に 作用し、肉体と社会・肉体と霊も又相互作用を しています。精神と肉体・精神と社会・精神と 霊もお互いに影響し合っています。社会と肉 体・社会と精神・社会と霊も同様に関連があ り、霊と肉体・霊と精神・霊と社会も相互作用 をしております。健康状態をみる場合、この四 つの要素を指標とします。この要素は一見別々 のように見えますが、健康という一点に集約さ れています。WHOは昭和26年に決めた定義に 追加して、平成10年からスピリチュアルという 新しい概念を取り入れる事を議論しています。
図1 健康の四つの要素
WHO健康の定義
(2)スリム化
肉体・精神・社会・霊的に健康である為に は、各要素を全体的な視野から見渡して判断す る事が必要です。漢字の熟語を少し軟らかく書 き直すと肉体は「体」精神は「心」であり、言 葉に円みができ、易しい感じでスーッと受け入 れる事ができます。地球温暖化は進み、拡大膨 張する日常生活には飽食の波が押し寄せて生活 習慣病が表出し、健康はどんどん害されていま す。獲得すべきものと捨てさるものを分別し、 スリム化を計る必要があります。
生きていく上でより良く、より多くの物が欲 しいと目標を立てるのは全ての命あるものに共 通しています。しかし、あまり背伸びをして生 きると何らかの歪みが生じてくる恐れがあります。年相応の体の訓練ができていない人は、無 理な日常生活を送ってしまいます。一方、スト レスは増大しつつあり、心の病を予防するセル フ・ケアは重要です。不安定な社会と如何に向 き合うべきか決断を迫られています。社会人と して、目指す一つに技術の向上とそれに見合う 報酬を得る事があります。これらは追えば追う ほど逃げてしまうので、ある時点で自分の目標 を定めながら肩の荷を降ろす必要があります。 物事に対する執着心が少なくなるにつれ人間は 日々健全になり、物心両面のスリム化は健康問 題解決のキー・ポイントになると思っています。
(3)健康度指数
どういう状態を「健やか」というのか、いま 一つ明確ではありません。体の具合が悪いと か、心の調子が優れないのは本人が一番自覚し ており、医師も客観的判断が下せます。社会と いう言葉の説明を小学生辞典で調べてみますと 「共同のくらしをしている人間のあつまり・世 の中・世間・仲間」とあり社会的関係の中の健 康は理解できます。霊については宗教的側面を 持っており、なかなか納得しにくいものです。 世界保健機関「WHO」が平成10年に健康の定 義で提案したスピリチュアルの用語を用いるこ とを厚労省・日本政府は保留していますが反対 する国はありません。表1、表2、表3は誰もが 簡単に、健康バランスがわかるように考案され た健康度指数です。
体・心・社会・霊の四つの要素を縦に書き、 評価点数は横に算用数字で1・2・3・4・5と し合計得点で健康度を評価いたします。自己記 入を原則とし評価点数を表2のように決めます。
健康度指数の合計点数・割合い%と評価の関 係は表3のようになります。
健康度指数の合計が18点以上では割合いは 90%以上となり評価は「特に良い・X」としま す。指数の合計が15点以上17点以下では割合 いは75%から85%の間にあるので「良い・W」 とし、指数の合計が12点から14点では割合い が60%から70%の間になり評価は「普通・V」 となります。指数の合計が8点から11点になる と割合いは40 %から55 %の間にあり評価は 「悪い・U」とし指数の合計が7点以下だと割合いは35%以下となるので評価は「特に悪い・ T」と判断します。
表1 健康度指数
表2 評価点数
表3 合計点数・割合・評価
(4)健康度指数の年代別推移
健康度指数を私の人生に当て嵌め、年代別に 考えてみます。体は○印・心は□印・社会は△ 印・霊は×印とし、健康度指数を年代別に折れ 線グラフに書き入れてみますと、過去のこと現 在のこと、そして未来への生命の流れが理解で きます。
誕生後、数年間は体・心・社会・霊に包まれ 総てに満足しており、合計点数は20点となりま す。(体)は30代までは「特に良い」状態です が、40代より「普通」となり、60代に入って 「良い」状態に戻っています。(心)は20代より 不安定となり60代に入ってから落ち着きを取り 戻します。(社会)的健康の必要性を強く感じ るのは40代です。地位・名声・給与も良く経 済的に又家庭的にも安定していますが、何とな く気力・体力が落ち、仕事の能率が少し落ちる 時期です。(霊)的健康がぐんぐん伸びるのを 体感するのは60代に入ってからです。体・心・ 社会・霊的健康が最も望ましい世界に向かって 歩んでいるのが解ります。
表4 年代別健康度指数の推移
(5)霊(マブイ)
WHOの健康に関する委員会で議論されたス ピリチュアルの日本語訳を政府は躊躇しており ますが、スピリチュアルは講演・テレビ等でブ ームになり一人歩きをしています。全米ホスピ ス協会はホスピスの定義にスピリチュアルケア という言葉を取り入れており、日本語では霊的 ケアと訳されています。ホスピスの現場では霊 的概念を持たなければいけないのでしょう。霊 とは「たましい」のことで琉球文化では「マブ ヤー・マブイ」と呼ばれ体の中から出たり、体 の中に入ったりするものである、と信じられて います。ビックリするような事があるとその場 にマブイを落とすそうです。離脱したマブイを もとの体に戻す為にお年寄りと一緒に現場に行 き「マブイ込め」をしてもらいます。「マブヤ ー・マブヤー・ウーティクーヨー」(たましい よ・たましいよ・追いかけて来て下さい。)と 唱えながら周辺の空気を胸に引き寄せ、手を合 わせ大地に触れた手を眉間に擦り込み「マブヤ ー込め」をします。霊・魂・マブイと言うと別 の世界の話に聞こえますが、WHOの健康の定 義に霊という概念が入ってきたのですから一人 ひとりが受け止める姿勢が必要かと思われま す。ホスピスでは緩和ケアの中で霊的健康を重 視していますが宗教色を含んでいます。ホスピ スという言葉は社会に認知されていますが日常 生活で語られることは少なく、霊は話題にされ ないのが現状です。霊的健康の目安を決める必 要がありますがなかなか掴みにくく理解しにく い分野です。臨床医師は西洋医学を中心に学ん で卒業するので体の治療は内科外科、心は心療 内科、霊的ケアはホスピスとそれぞれ振り分 け、健康の定義の要素である社会・霊について は不得手です。治療方針を決める時、最終学 歴・家族構成・年収・既往歴・宗教等の背景 をみるのは必要ですが、社会や霊の問題に足を 踏み入れると出口が解らなくなるのでそれは個 人的問題としてほとんど触れないのが現状だと 思います。霊は心の奥深い所で揺れており、た どり着くには哲学・宗教が導いてくれますが、 内容を知るには一人ひとりが体感する以外あり ません。
(6)足ることを知る(諺)
健康は国家・宗教・職業・貧富の垣根を集り越えて一人ひとり平等に与えられています。私 たちは人生の目標を社会・書物から学んで取り 入れますが、それが本物であるか否かは一歩距 離を置いて考える必要があり、自分の基準をし っかり持たないといつも何かに急かされる気持 になり満足感は軽くなります。体・心・社会・ 霊的健康の姿をイメージして各々の基準を持つ 必要が有り、「足ることを知る」人は健康に相 当近づいていると考えます。頭で理解する事と 体で感じる事には大きな差があり、健康目標と 健康満足度は違います。社会に共通する考えが 必ずしも正しいとは言えません。我々の注意は 周囲に向けられますが自己の魂を見つめつづけ る時間はやや少ないと思います。自分を慈しむ 心は健康の指針となり、又、与えられた事をあ るがまま受け入れ、感謝の気持を温めながら人 生を送るのも健やかさの目安になるかと思いま す。共同体の中で時には争い傷つけ合うことも あります。もしも相手に心の傷を与えたなら、 それを自分の痛みとして引き受け感じる繊細な 神経も、又、霊的健康にとって重要な意味を持 っています。「足ることを知る」という諺は 体・心・社会・霊的健康を得る近道である、と 教えているような気がいたします。
マチュピチュ