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ヨガとの出合い

大湾勤子

国立病院機構沖縄病院
大湾 勤子

新聞の文字や注射針の先が見えづらい。夜中 には何度も目を醒ます。「老眼」や「不眠症」 など他人事と思っていたのに、いつの間にかわ が身に起こった変化に苦笑する。食べ過ぎては いないと思うのに、体重は維持どころか増加し 続け、重力に抗えないたるみに呆れる。それな のに、「肥満に気をつけて」「規則正しい生活を 心がけて」とか、「適度な運動をして」と外来 で偉そうに指導する自分が気恥ずかしい。

2年前のゴールデンウィーク明け、からだの 変化を意識するようになって何かしなければと 探しはじめていた頃だった。職場の同僚が高校 時代からヨガに通っているというので、一度体 験をと思い立って同行させてもらった。

講師の先生は、60代後半の小柄ではあるが声 に力があり、凛として存在感のある女性であっ た。生徒は、20歳代から80歳代まで年齢はさ まざま。圧倒的に女性が多い。

レッスンは挨拶から始まった。挨拶といって も普通の挨拶ではない。あぐらの姿勢をとり、 背筋を伸ばし、大きく息を吐きながら合掌して 挨拶するのである。あぐらのポーズを安定座と 云うが、本来両膝が床につくのが正しい姿勢で ある。言葉にすると簡単そうであるが、これが なかなか難しい。先生と同じ姿勢を取ろうと思 っても、十分な開脚ができず膝は床から離れて しまう。背筋をまっすぐ伸ばそうとすると膝は ますます床から離れ、そのことに気をとられて 深い呼吸をする余裕がなかった。簡単そうに見 える姿勢一つ思うようにできない。

後になるほど難易度が上がり、私だけ違う運 動をしているようであった。先生の見本ポーズ を見て、掛け声にあわせて必死に真似ているつ もりであったが、周りのだれよりもダントツで浮 いていた。周囲の目を気にする余裕はなかった。 こんなにもからだを自由に動かせない自分に愕 然とした。普段の生活の中でいかに自分のから だを使っていなかったかを思い知らされた。

からだの柔軟性だけでなく、呼吸法もヨガで は大切なポイントだ。静と動、緩と急のポーズ を取りながら、腹式呼吸で長くゆっくりとした 息を吐くことが基本である。腹式呼吸では、血 流の多い肺下葉に空気が多く取り込まれ、換気 量の増大のみならずガス交換の効率も良くなる。 腹式呼吸で横隔膜の動きが大きくなると、腹部 臓器も刺激を受けて血流やリンパの流れが促さ れる。また深くゆっくりとした呼吸は、副交感 神経を優位にする。脳からセロトニンの排出を 促し、ストレスや痛みを抑えリラックス効果を もたらす。これらの効用が実際、呼吸器疾患や パニック障害などのリハビリに応用されている。

頭ではわかっているつもりでも、初心者の私 は、難しいポーズではつい息を詰めてしまい、 苦しいポーズがさらに苦しくなってしまう。呼 吸に意識を集中して難しいポーズの時ほど息を 長く吐くと、筋肉がゆるみ、体が柔らかく動き やすくなることがわかった。「息」という字は 「自らの心」と書き、「生き」と同音語である。 ひと息つく、息抜き、ため息、息をのむ、息が 詰まるなど心の状態を表す言葉としても頻用さ れている。呼吸はからだと心に影響を与えると いうことを、ヨガを通して実体験できた。呼吸 器内科を専門とする私にとって、古くから言わ れている「長い息は長生きに通じる」という言 葉が素直に受け入れられた。

以来、私はヨガに興味をもち、その魅力に引 き込まれている。当初は、柔軟なからだ作りを 目標に、健康維持やダイエットのために続けて いた。今は、さらに呼吸法を意識しながら、自 らのからだと心に向き合っている。リフレッシ ュの時間としても待ち遠しい。

仕事の上でもヨガは役立っている。ヨガに通 うようになって、外来で腰の曲がった呼吸不全 の方には、「上を向いて、大きな息をするよう に心がけてください」と自信をもってお勧めし ている。曲がったものは伸びないにしても、上 を向くと胸郭はいくらかひろがり空気の取り入 れもよくなり、表情も明るくなるからである。

ヨガに出会って2年が過ぎた。現在、レッス ンには週1回通うのがやっとで、月に1回しか 行けない時もある。先生は自宅でも続けるよう にと言われるが、怠け者の私は号令にあわせて 動くことで、かろうじてヨガを続けている。こ んな調子だから、2年経った今でもからだの柔 軟さはさほど変化しない。しかし、ヨガでから だを動かすと、からだも心も心地よい気分を味 わうことができる。いつか人並みに、ポーズを 優雅に構える自分に変身することを想像しなが ら、息を長くして自分さがしを楽しんでいる。