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新生児の重症呼吸循環疾患の管理
−体外式膜型人工肺(Extracorporeal Membrane Oxygenation; ECMO)を中心に−

琉球大学医学部附属病院周産母子センター
 安里 義秀  吉田 朝秀  呉屋 英樹
同 小児科
 太田 孝男
沖縄県立南部医療センター・こども医療センター
 大城 達男

【要 旨】

体外式膜型人工肺(Extracorporeal Membrane Oxygenation: ECMO)とは、 保存的療法に反応しない重症呼吸循環不全例に対して体外循環を用いて行われる救 命手段であり、呼吸補助、循環補助、肺の安静化などの目的で導入される。当院で は平成12年よりECMOを導入し、新生児症例では14例に施行している。ECMO導 入された症例の全体の救命率は71.4%で、特に先天性横隔膜ヘルニアで良好な成績 を得ている。近年、人工呼吸器の進歩と一酸化窒素吸入療法の臨床への応用により ECMO導入の新たな基準作成が必要となっている。

はじめに

体外式膜型人工肺(Extracorporeal Membrane Oxygenation: ECMO)とは、保 存的療法に反応しない重症呼吸循環不全例に対 して体外循環を用いて行われ る救命手段である。患者から 体外循環ポンプで脱血し、人 工肺で酸素化と二酸化炭素 の排出を行い、熱交換器で加 温して患者へ返血するのがシ ステムの概要である(図1)。 体外循環による生命補助が その目的となるため欧米では Extracorporeal Life Support; ECLSと呼ばれることも 多いが、本邦ではECMO の 呼称が一般的であるため本稿 ではECMOという用語で統 一する。

図1

図1 ECMOの模式図

体外循環の萌芽は17世紀のRobert Hookeに よって提唱された体外循環の概念にみられる。 その後19世紀初頭にドイツやフランスの科学者達の手によって研究が進んだ。当初人工肺は bubble oxygenatorやfilm oxygenatorの形で 研究が進んでいたが、血球が破壊されやすいこ とや長期に使用できないことより、1970年代よ りmembrane oxygenatorへと取って代わって いった1)

ECMO の新生児への応用の最初の報告は 1976年Bartlettらによるもので、胎便吸引症候 群による重症呼吸不全症例に施行し初の救命例 を報告した。以来ECMOは米国を中心に全世 界に普及して来た。

近年は種々の人工換気法(PTV, VG, HFO)や 一酸化窒素(inhaled nitric oxide:iNO)の登 場により施行頻度は減少しているが、肺や循環 の機能が高度に障害された場合でも、その機能 を代償できるので重要性は現在も変わらない。

当院での重症呼吸循環障害の治療戦略と ECMO

新生児における重症呼吸管理は基本的には成 人における人工換気の理論を元にするが、新生 児はヒトとして未熟で呼吸生理も大人と異なる ため新生児特有の治療や管理法が必要となる。 当院NICUにおける重症呼吸循環障害の治療戦 略を図2に示す。人工換気を要する呼吸障害児 ではSIMV, A/C等で人工換気を開始するが、 人工換気による過膨張を防止するためにVGで 一回換気量が6 〜 7cc/kg に なるようにPIP,PEEPを設定 している。血液pHは新生児 遷延性肺高血圧(PPHN)を 来していない場合は7 . 3 〜 7.35で、PPHNが見られる場 合は7.45〜7.50で維持できる 最大のPCO2 を目標とする (Permissive hypercapnea)。 肺コンプライアンスが極端に 悪い症例やPCO2のコントロ ールが十分でない症例では、 剪断力による肺損傷を防止 するために高頻度振動換気 (HFO)を行っている。上記人工換気に加えて 患児の状態に合わせて循環補助薬やステロイ ド、サーファクタントの投与を行う。

重症呼吸障害児では循環不全が存在しなくて も全身への酸素供給を増やすために循環補助薬 を使用している。肺の酸素化能が同一である場 合、混合静脈血の酸素濃度(SvO2)が高い方 が左心から拍出される動脈血の酸素濃度が高く なる。一方、肺の酸素化能と末梢での酸素消費 量が同一である場合、心拍出量が多い方が肺血 流は多くなり総酸素運搬量が増え(SaO2は変 わらないが)、酸素消費量は一定であるので SvO2が高くなる2)。前記のように酸素化能が改 善すれば、より低侵襲な呼吸器設定条件で管理 することができる。

上記治療で状態の改善が見られない場合は一 酸化窒素吸入療法(iNO)を、さらに改善が見 られない場合にECMOを導入している3)。iNO は医療用ガスとして認められておらず保険適応 でないが、ECMOと比較して極めて侵襲度が 低く、ECMOに優先して行われるべき治療で ある。

新生児でECMOを行う場合、頚部の動静脈 からカテを挿入するため、カテ挿入側の脳血流 に影響があり侵襲度が高い。また安全に施行す るには練度を要するが施行頻度は多くないの で、施行できる施設は限られてくる。当院では平成7年に初のECMOによる救命例の経験後、 平成11〜平成12年に小児例に遠心ポンプによ るECMOを施行した。平成12年からはNICU にローラーポンプのECMO装置を常備し、平 成13年より本格的に稼働している。

図2

図2 新生児重症呼吸循環障害の治療戦略
OI=FiO2×MAP/PaO2

ECMO使用の目的

ECMO自体は生命補助装置であって原疾患を 直接的に改善させるわけではない。以下の3つの 目的で導入し、原疾患が治療の効果が出るまで の時間稼ぎとして用いられる。

呼吸補助

人工肺でガス交換を行うことで悪化した患者 の肺を代用することができる。使用目的では最 も頻度が高い。

循環補助

V-A方式では呼吸補助のみならず肺と心臓を バイパスすることによって心筋の仕事量を一時 的に減らし、心筋のポンプ作用の回復を期待す ることができる。

肺の安静化

高度の呼吸循環不全が存在すると、低酸素や 高炭酸ガス血症に対応するために人工換気設定 は高度にならざるを得ない。その際高濃度酸素 の毒性や高いPIPにより肺の障害は進行する。ま た多くの重症呼吸不全では肺コンプライアンス の低下を伴い、虚脱した肺胞が再膨張する際の 剪断力による肺損傷も進む。ECMOを導入する ことにより肺の機能を代償し、過剰な呼吸器設 定を下げ肺損傷の進行を抑制することができる。

ECMOの方法

静脈系(右心房)から脱血して動脈系に返血 するV-A方式と静脈系から脱血して静脈系に返血 するV-V方式がある。以下に利点欠点を上げる。

V-A方式

新生児では頚部の内頚静脈から挿入し、先端 は右心房の深い位置までいたる脱血ルートと、 内頚動脈から挿入して上行大動脈までいたる送 血ルートからなる。心臓をバイパスするので弱 った心機能を代用することができる。新生児で は体外循環に利用できる十分に太い血管は頚部 にしかないので、頚部の大血管が使用される。 また穿刺による血管確保を行わず血管露出によ りルートを確保している。

利点:

1)心不全に対する循環補助が可能

2)全身の酸素化は優れている

欠点:

1)心筋の低酸素の可能性

 体外循環ポンプの流量をあげ高度に心機 能を代償しても冠動脈への酸素供給は左室 から拍出された血液によりなされる4)。よ って肺機能が極めて不良な患児で、過度に 人工呼吸機の設定を下げると、全身への酸 素供給は十分行えても混合静脈血の酸素濃 度が極めて低値の場合は心筋への酸素供給 が減少する。

2)塞栓症の危険

 酸素化された血液が直接大動脈へ返血さ れるため抗凝固療法が不十分な場合、種々 の臓器の塞栓症を来す危険がある。

3)頚動脈の結紮(新生児の場合)

 ヒトの脳ではウイリス・リングが発達し ており、新生児では動脈硬化の進行はない ので片側の内頚動脈を結紮しても対則から の脳血流の供給を期待できるが、長期の影 響は否定できない。以上の問題を避けるた め、最近我々は動静脈とも血行再建を行っ ている。

4)左心の駆出量を保てない

5)左心の後負荷の増大。

 送血が大動脈弁に向かって行われるた め、左心からの順行性の血流は抵抗を受 け、左心の後負荷が増大する。

6)動脈管の閉鎖遅延。

 全身の酸素化が良好でも動脈管の閉鎖は 遅延する。多くはECMO離脱後に閉鎖す るが、インダシンの使用が必要となる症例 もある。

V-V方式

新生児ではダブルルーメンカテーテルを使用して内頚静脈から挿入し、先端は右心房内の十 分深いところに留置する。脱血送血は右心房内 で行われる。

利点:

1)心筋にも酸素が供給される。

2)肺動脈も酸素化される(PPHNに有利)。

3)脳梗塞等の危険が少ない。

4)頚動脈を結紮しない。頚動脈から脳への血流を阻害しない

5)左心の駆出量を保てる。

欠点:

1)循環補助ができない。

2)再還流効果のため全身の 酸素化はV-A方式に劣る。

適応基準と除外基準

表1に上げた疾患が対象例 であるが、その他の症例でも iNOを含む内科的治療に反応 しないで可逆性と考えられる 疾患が対象となる。先天性心 疾患患者でも、ECMOによ り全身状態を維持することに よって状態改善後に根治術 を行える症例や、根治術後の 循環補助にもちいられる。表 2 に適応基準を示す5)。緊急 適応基準に合致する状態は 極めて重篤な状態であって数 時間または一両日中に死亡 する可能性がある。高度の奇 形を伴い、ECMO導入によ る状態の改善が患児の予後 に大きく影響しない場合は適 応外となる。近年ではiNOが 行われるようになりECMO を回避できる症例は増加傾向 にある。

表1 ECMOの対象疾患例

表1

表2 ECMOの適応

表2
ECMOの合併症

ECMO施行中の合併症(短期)と長期的な 合併症に分けられる(表3)。短期的な合併症を 防止するために十分な鎮静の下にACTのコント ロール(200〜250秒)、抗生剤の投与を行い、過度の人工呼吸器設定の減弱をさけている。ま た我々はECMO施行中でも体位変換を行って いる。

長期的な合併症を避けるために、ECMO導 入前の過剰なアルカリ療法を避け(BE+5前後 まで)、V-A ECMOでも施行後は血管再建を行 っている。

表3 ECMOの合併症

表3
当院における新生児ECMO施行例の成績

当院でECMO導入された患者のプロフィー ルを表4に示す。平成7年に初めて先天性横隔 膜ヘルニア(CDH)症例をECMOにより救命 した。平成12年からは NICUにECMO装置を常設 し、平成13年から本格的に 稼働している。

ECMOが導入された患者 は14例で、救命率は71.4% である。内訳はCDH症例が 最も多く7例、次いで胎便 吸引症候群(MAS)3例、 遷延性心停止後のARDS症 例1例、alveolar-capillary dysplasia(ACD)疑い症例 1例、無顎症に合併した肺 低形成症例1例、A群溶連 菌による敗血症性ショック 症例1例となっている。 ELSOの報告(表5)6)では MAS、CDH、新生児遷延 性肺高血圧、敗血症、新生児呼吸窮迫症候群の順に ECMO症例が多いが、当院 は分娩数が少ないこと、CDH以外の症例では ECMO以外の治療(HFO、iNO)に当該疾患が反応しやすく、他院でそれらの治 療が積極的に導入されてい ることなどから、CDH以外 の症例の当院への紹介が少 ないと思われる。CDHでは肺低形成を伴い、遷延性肺高血圧に移行しやすく iNOも無効となる症例もまれではないことから、現在はほぼ全例ECMOを常設している当院に搬送されている。

表4 新生児ECMO症例

表4

表5 Extracorporeal Life Support for Neonatal Registory Failure (July 2004)

表5

表6 先天性横隔膜ヘルニア症例の予測死亡率と予後

表6

予後に関してはCDH症例でECMOを行った 症例の生存率は100%であるが、MASの生存率 は33%と一般的な傾向と異なった様相である (表5)。特にMASの予後が悪いのは症例数が少 ないことと、導入初期の技術的な問題が影響し ていると思われる。CDHの予後が良好なのは 決して軽症例にECMOを導入したからではな い。表6にECMOを導入したCDH症例の予測死亡率を示す。多くの症例が高い予測死亡率を 示しており、また症例5(図3)の様に著明な肺 低形成を伴っていた症例が殆どであったが救命 できている。ECMOはCDHの予後改善に有用 であると思われる。

さらに沖縄全県の平成元年〜10 年(前期) と平成11年〜18年(後期)のCDHの予後を比 較すると、予後不良と考えられる「出生前診断 あり」症例の予後が後期で著明に改善している (図4)。前期の「出生前診断あり」症例の死亡 数は11人中8人(72.7%)、後期では19人中5 人となり、減少した死亡数は約9 人(1 9 × 0.727-5)と推測される。他院から当院への症 例の集中によりECMOによって6人(症例1は 平成7年)が救命されただけではなく、ECMO 以外の治療技術の進歩も促進され、予後が改善 していると思われる。CDHは周産期医療の地 域集約化と役割分担が生命予後改善に奏効した 疾患だと思われる。

図3

図3 先天性横隔膜ヘルニア
右肺はわずかに含気があり、左肺には含 気が認められない。左肺の著明な低形成を 認めた。症例5

図4

図4 沖縄県におけるCDHの予後の変化

今後の課題

現在我々が使用している適応基準はiNOの臨 床応用が広がる前に提案されたものである。症 例によってはiNOにより若干の状態の改善が認 められるものの、十分な肺の安静を得られない ことがある。現在我々はiNO 10〜20ppmを2 〜4時間使用してもOI<25とならない症例に ECMOを導入している(図2)。しかしこれは 十分なエビデンスに基づいた適応基準ではな く、今後の症例の蓄積が必要である。

文献
1)Lim.MW. The history of extracorporeal oxygenators. Anaesthesia, 61, 984-995; 2006
2)PALS Provider Manual, Chapter 2 Recogunition of respiratory failure and shock,American Heart Association, Dallas, 2002; 23-42
3)吉田朝秀、他:小児、新生児重症呼吸器疾患に対する 一酸化窒素吸入療法の効果 導入後二年間の臨床成績 の検討、沖縄医報40:846-853, 2004
4)茨聡、他:体外膜型人工肺(ECMO)−V-AECMOを 中心に、周産期医学 25;953-961、1995
5)長屋昌宏:新生児領域におけるECMO,高橋滋編、New Mook小児科新生児病の臨床、金原出版、東京、1994、 295-302
6)Conrad SA, Rycus PT, et al. Extracorporeal Life Support Registry Report 2004.ASAIO J 51, 4-10: 2005



著 者 紹 介

安里義秀

琉球大学医学部附属病院
周産母子センター
安里 義秀

生年月日:昭和41年11月3日

出身地:沖縄県 北中城村

出身大学:琉球大学医学部 平成3年卒

略歴
 平成3年6月〜 琉球大学医学部附属病院で研修
 平成5年4月〜 沖縄県立南部病院勤務
 平成9年4月〜 鹿児島市立病院周産期センターNICUで研修
 平成10年4月〜 琉球大学医学部附属病院周産母子センター
 平成17年4月〜 沖縄県立那覇病院NICUで新病院(南部医療センター・こども医療センター)立ち上げへ参加
 平成18年9月〜 琉球大学医学部周産母子センター

専攻・診療領域
 未熟児新生児

その他・趣味等
 サッカーをすること見ること(オシムジャパンに期待 大)



Q U E S T I O N !

問題:新生児の体外式膜型人工肺(ECMO)に ついて間違っているものをひとつ選んで ください

  • 1)一酸化窒素吸入療法(iNO)は保険適応が ないので治療選択としてはECMOが優先さ れる
  • 2)ECMOは生命補助装置であって、原疾患に 対する直接的な治療効果はない
  • 3)ECMOは重篤な循環障害時の循環補助とし ても用いられる
  • 4)ECMOは沖縄県における先天性横隔膜ヘル ニアの予後改善の一因である

CORRECT ANSWER! 8月号(vol.43)の正解

問題:大腸癌について誤りはどれか、一つ選べ。

  • a.わが国では死亡率が増加している癌である
  • b.高分化型腺癌が最も多い
  • c.がん検診には生化学法便潜血検査が用いら れている
  • d.内視鏡的治療の適応となる早期癌が多い
  • e.平成16年度のわが国の女性の死亡率の第一 位である

正解 c