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性の健康週間(11/25〜12/1)に寄せて

村尾寛

沖縄県立南部医療センター・こども医療センター産婦人科
村尾 寛

今年も「性の健康週間」(11月25日〜12月1 日、主催:性の医学健康財団、後援:厚生労働 省、文部科学省、日本医師会等)がやってきま す。「性の健康週間」では、市民の健全な「性」 の理解のため、さまざまな広報・啓発活動が行 われています。以下の事柄は産婦人科や泌尿器 科の医師にはよく知られた事柄なのですが、他 の科の先生方のために、性感染症をめぐる最近 のトピックスを紹介させていただきます。

オーラル・セックスと性感染症

最近は、口唇を使ってのオーラル・セックス が一般化していることから、口腔内からクラミ ジアや淋菌がみつかることも少なくありませ ん。クラミジアや淋菌の咽頭感染陽性例が性器 感染者の10〜30%にのぼっており、乾性咳を 主訴に耳鼻科や内科を受診したら、クラミジア や淋菌による咽頭炎の可能性まで考えなければ ならない時代となっています。ところが、耳鼻 科や内科領域では、まだこのことが充分に認知 されておらず、適切な診断・治療が行われてい るとは言い難いのが現状です。

また、今では男性の淋菌性尿道炎の少なから ぬ割合が、女性の咽頭からの感染とされていま す。性器接触の無い、オーラル・セックスのみ で尿道炎になった男性が医師を訪れるようにな っており、新しい感染パターンとして注意が必 要です。このような事情を患者様から上手に聞 き出すためには、適切な問診の仕方の工夫が必 要と思われます。

更に、専門家の間では、感染の自覚の無い咽 頭感染陽性者の存在が危惧されています。咽頭 感染者と知らずに交際していると、「キスした だけで淋菌性咽頭炎」を引き起こす可能性が否 定できないからです。

CDCのガイドラインはオールマイティでは ない

4年ごとに改訂されるCDCの「STD Treatment Guidelines」は長い間、日本でも記 載どおりに使用できる、重宝なガイドラインで した。なぜならば昔は、日本よりも欧米の方が ペニシリナーゼ耐性菌の割合が多かったため、 耐性菌までカバーしたCDCのガイドラインに従 って、耐性菌のまだ少なかった日本で使用する と、劇的に治療効果があがったからです。

しかしその後の日本は欧米を上回るスピード で若者の性の開放が進み、これに伴って耐性菌 が急増しました。現代の日本は米国と同等か、 それ以上にたちの悪い耐性菌が跋扈する国にな っています。そして臨床の現場では、米国のガ イドライン通りに治療しても必ずしも病気が治 癒しない現象に、臨床医が頭を悩ます事になっ ています。

最善の方法はそれぞれの病院で性感染症のサ ーベイランスを行い、抗生物質の感受性をチェ ックして独自の治療指針をたてることです。

次善の策としては、「日本性感染症学会」の 「性感染症 診断・治療ガイドライン」(最新版 は2006年版)を参考にされる事をお奨めしま す。日本でのサーベイランスに基づくガイドラ インなので、CDCのものよりは日本の実情に 合った治療を行うことができる(はず)です。

歪んだエイズ理解とピントはずれの対策

日本社会ではエイズが社会的に認知される初 期に、エイズとしてはきわめて特殊かつ稀な感 染経路である「薬害エイズ事件」が国を揺るが す大問題になりました。いまだにその影響から 抜けきれず、エイズを特別視し、エイズ患者の 殆どは性感染症である、という当たり前の事を公の場で発言することに、行政にもジャーナリ ズムにも強い抵抗があります。

また、過去にエイズウィルスの感染力に関し ての誤解から、エイズ患者に対して理不尽な社 会的差別が行われた時期がありました。今はそ の反動からか、エイズ患者の人権保護を声高に 主張する方々の大声に、冷静な医学的議論が圧 倒されがちなきらいがあります。

日本人のHIV新規感染者は、男性251名に対 し女性19名(2007年4〜7月)と圧倒的に男性 優位であり、男性患者の81%は同性愛者によ るものです。したがって日本でのエイズ対策 は、男性同性愛者対策に的をしぼる必要があり ますが、行政側の男性同性愛者への対応をみま すと、十分な対策がとられていません。

毎年12 月1 日の世界エイズデーになります と、女子高校生が市民会館などでエイズの研究 発表会を行っている映像が流れます。しかし本 来このようなイベントに動員するべきなのは、 女子高校生よりも男性同性愛者であるべきだと 考えますし、100歩譲っても(将来の男性同性 愛者予備軍である)男子高校生が中心になるべ きだと思っています。

世界の大勢に逆行する日本

クラミジアや淋病、梅毒、ヘルペスなどとエ イズは混合感染することが多く、お互いに密接 な関連性をもって感染がひろがっています。世 界の殆どの国々では、クラミジアや淋菌などの 一般性感染症の検査の普及に努める事で、性感 染症全体の流行抑制に力を注いでいますし、感 染予防の基本であるコンドームの正しい使用法 の啓発普及にも努力しています。なぜならば、 一般の性感染症の流行抑制は、そのままエイズ の封じ込めにつながるからです。その結果、欧 米先進国では次第にHIV感染流行の封じ込めに 成功しつつあります。

しかし日本はエイズ感染が年々増加してお り、先進国としては例外的な国となっていま す。その原因は行政やジャーナリズムが、他の 性感染症群とエイズを同列に並べた予防啓蒙教 育に不熱心な上、男性同性愛者に的を絞った対 策を打ち出さないことにあります。

その結果、例えば性病予防に最も有効なコン ドームの出荷量の全国統計では、1980年に7億 3,700万個だったのが2004年には4億2,200万個 と43%減少しています。HIVの出現と共にコン ドームの出荷が増加してきた他の先進国の世界 的趨勢と比較しますと、日本だけが正反対の方 向に向かっているわけです。

性感染症としての子宮頚癌

一生を処女のままで過ごすキリスト教の修道 女に、子宮頸癌の発生が見られないことは、以 前から知られていましたが、その理由は長年ナ ゾとされてきました。近年、子宮頚癌はHPV (ヒトパピローマウィルス)が大きな原因であ ることが明らかにされ、長年の疑問に終止符が 打たれました。

そしてHPV感染率の調査が行われるように なった結果、現代日本ではHPVが高い感染率 で拡がっていることが明らかになりました。例 えばHPVの陽性率は、十歳代後半で42%、20 歳代前半で40%との報告すらあります。

近年の初交年齢の低年齢化はHPV感染の低年 齢化をも招いており、HPV感染の低年齢化は子 宮頸癌発生の若年化を引き起こしました。これ はティーンエイジャーの子宮癌検診異常の頻発 となって現れています。さらに、近年の結婚年 齢の上昇に伴う出産年齢の上昇とあいまって、 独身女性の子宮癌の発生増加を招きました。

独身女性の場合、子宮癌だからといって従来 のように子宮全摘を行うわけにはいきません。 そこで極力妊娠機能を温存しながら癌組織だけ を治療するための、縮小手術やレーザー治療等 の様々な試みが行われるようになりました。

その一方で、原因であるHPV感染予防のため のワクチンが開発され、既に米国では実用段階 となりましたし、日本でも臨床試験が始まって います。早期の日本での実用化が望まれます。

以上、「性の健康週間」にちなんで、本邦の 性感染症の実情を、かいつまんでお話させてい ただきました。