沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 9月号

地方の医師不足は新卒後
臨床研修制度の責任か?

國吉毅

西崎病院脳神経外科 國吉 毅

昨今「地域医療の崩壊」と称せられるマスコ ミ報道がとみに増えている。主に、北海道や東北 地方等の過疎地を中心に、大学医局よりの派遣 医が次々と引き上げるため、診療科の縮小や閉 鎖を余儀なくされている等の一連の報道である。

その原因として引き合いに出されるのが、3 年前より始まった医師卒後初期臨床研修の必修 化に伴う大学病院での医師不足の影響である。

すなわち、医学部卒業生が、卒業後すぐに大 学医局に入局せずに、全国共通のマッチングシ ステムによって自由に自らの卒後研修先を選択 する事が可能となったため、研修医が、大学病 院より市中病院へ大幅にシフトし、特に、地方 大学の附属病院では、大幅な定員割れを生じ、 ひどい所では、一桁の研修医しか確保できない との事である。そのため、大学病院の各診療科 では、マンパワーが足りないため、その穴埋め として大学医局から派遣していた関連病院の医 師を次々と引き上げるに至った、との主旨であ る。まるで、新臨床研修制度のせいで、地域医 療が維持できなくなったとの論調であるが、果 たしてそうであろうか?

まず、皆さんに考えて頂きたいのが、何故新 卒後臨床研修制度が導入されるに至ったかとい う事である。従来より日本の医学教育は、欧米 の先進諸国と比べて、特に臨床能力育成の面で 大きな欠陥を抱えていると指摘されてきた。即 ち、大学入学より医師国家試験まで6年間しか なく(米国医学部は、4年生大学卒業後に入学 するいわゆる大学院大学であり、卒業するのに もう4年間、高校卒業後計8年間を要する)、ク リニカルクラークシップの導入等様々な改善が なされているとはいえ、卒前教育が不充分であ る事は確かである(卒前医学教育の功罪につい ては、本稿の主旨ではないため、ここでは、こ れ以上論じない)。

それに加えて従来は、医学部卒業後医師国家 試験に合格すれば、その殆んど(約8割)が、 大学の医局に入局した上で、すぐに、専門研修 (いわゆるストレート研修、若しくは、せいぜ い関連領域のセミローテート研修)を開始する のが、一般的であった。そのため、自分の専門 領域や関連領域以外の臨床能力は、不充分なま まであり、欧米では、当然医師として修得して いるべき幅広い基本的臨床能力が大幅に欠落し たいわゆる自称専門医ばかりを育ててきたので ある。その自称専門医をジッツと呼ばれる関連 病院に派遣して、それと引き換えに大学医局と しての様々な恩恵を受けてきたのが、地域医療 と呼ばれるものの実態である。

現在の卒後初期臨床研修の内容に様々な異論 があるのは当然であり、私も全面的に満足する ものではないが、少なくとも従来の日本の卒前 医学教育と卒後臨床研修で欠落していた部分を 補完するものである事は確かである。すなわ ち、現在の卒後2年間のローテート研修は、欧 米の医学部3,4年生の教育内容を踏襲してい るに過ぎないという事である。本当の意味での 卒後研修は、卒後3年目以降のいわゆる後期研 修に当たるものと考えて差し支えない。

それでは、何故研修医は、卒後研修の場とし て大学病院ではなく、市中病院を選択するよう になってきているのだろうか。それには、様々 な要因があるが、その最大の要因は、大学病院での研修プログラムに魅力がないからである。 ただ単にローテート研修を取り入れれば研修医 が集まると思っていたら大間違いである。私 は、昨年まで全国組織の医療法人の研修病院の 研修委員長を10年余務めており、同時に同法 人全体の研修委員会や県内の臨床研修病院群プ ロジェクトの運営にも深く関与していた経緯も あり、全国の様々な病院の研修プログラムや研 修医、医学生の生の声に接する機会が多々あっ た。その中で実感したのは、初期研修で求めら れているのは、大学病院のようなローテート研 修とは名ばかりの専門医による専門科教育の寄 せ集めのような細切れローテートではなく、も っと幅広い総合診療的な診療体制に基づいた Common Disease中心の症例を多数経験させ る事である。

また、救急診療に関しても大学病院によくあ りがちな救命救急センターのような三次救急中 心の限定された短期間の救急部ローテートでは なく、初期研修の2年間を通しての一次〜三次 救急までの救急医療全般に幅広く参加させる事 が肝要であると考える。

以上の観点よりそのいずれにも対応しきれな い研修プログラムしか提供できない大学病院が 敬遠されるのは当然である。

以前より全国医学部長・附属病院長会議を中 心とした大学側の論理(大学医局の論理)より 発せられたとしか思われない新卒後臨床研修制 度の見直し論(本音は撤廃論?)が時々新聞紙 上を賑わせたりする。地域医療の崩壊は、決し て新卒後臨床研修制度のせいでも、ましてや研 修医自身のせいでもない。研修医が、少しでも いい環境、いい条件の下で自らの医師人生の基 礎を築きたいと考えるのは、至極当然である。 したがって、それが従来の大学及び医局の既得 権益を擁護するが如き内容の提言(妄言?)で あるならば、厚生労働省には、勇気をもって断 固拒絶し、現在の制度を維持・前進させてもら いたい。

卒後臨床研修を含めた医学教育の問題は、こ れまでのように指導する側、管理する側の立場 (すなわち医局の論理)で考えるのではなく、 研修医、医学生等の学ぶ側の立場に立って論じ ていく事が極めて重要である。幅広い臨床能力 を修得した医師を育てる事こそが、結局将来に わたって、真に国民の健康・福祉の増進に寄与 するものと信じているし、また、そうなる事を 切に願っているものである。

一方で、地域医療崩壊の問題は、当然看過す べきものではない。これは、従来の大学医局制 度に完全に依存していた病院管理者側及び行政 側にも大きな責任がある。卒後臨床研修制度の 改悪ではなく、全く別の視点からの医師の地域 偏在、診療科偏在の問題を含めた地域医療の再 構築を国民全体で論議していく必要がある。

最後に、新制度の下で卒後研修を受けている 研修医諸君にエールを送りたい。現在の卒後臨 床研修制度の成否は、結局は、皆さん方が、真 に良い臨床医に育ち、世の中で評価されるかど うかという一点に懸かっている。私は、自由に 自らの卒後研修の場を選択できる環境にある皆 さんが大変羨ましい。ぜひ、この時代に卒後研 修が受けられる幸運を享受して、新卒後臨床研 修制度で育った医師の評価を高めて、旧態依然 とした考えに固執する人たちを、その若いパワ ーで一蹴してもらいたい。諸君の健闘を祈る。