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結核予防週間(9/24〜9/30)に向けて

藤田次郎

琉球大学医学部感染病態制御学講座(第一内科)
藤田 次郎

結核予防週間に向けて、結核に関する話題を 取り上げたい。まずは現在放映されている NHK大河ドラマで「風林火山」からの話題で ある。

「風林火山」は戦国の乱世、最強軍団といわ れた甲州武田軍の軍旗に描かれていた言葉であ る。また大河ドラマ「風林火山」は井上靖の不 朽の名作である小説「風林火山」をドラマ化し たもので、稀代の軍師・山本勘助の夢と野望に 満ちた生涯の物語である。明日の命はどうなる か分からない戦国の世で、勝つためには手段を 選ばぬ隻眼の軍略家という異色の主人公を描い ている。勘助は仕官先を求めて諸国を遍歴する なかで甲斐の若き国主・武田晴信と出会う。勘 助は奇想天外な機略をめぐらしながら、やがて 名君・武田信玄となる晴信の軍師として天下取 りの夢を膨らませる。そして出会うもう一人の 運命の人。信州・諏訪一族の由布姫である。武 田軍に敗れて一人生き残る由布姫は、諏訪一族 を絶やさぬために晴信の側室となる。一族の仇 敵・晴信の命をねらいながらも晴信を愛して子 を宿す由布姫。その激しく悲しい生き方に勘助 は無償の愛を募らせていく。

このドラマはまだ完結していないものの、新 人女優の柴本幸の演ずる由布姫の振る舞いが圧 巻である。この由布姫の生命力に感銘した視聴 者も多いと思う。この由布姫はわずか25歳で亡 くなるが、井上靖の小説では死因は不明である。

一方、新田次郎の小説「武田信玄 風の巻」 には第2 回川中島の合戦の後、湖衣姫(注1) を労咳(結核)で失い、信玄自らも長い陣中生 活で弱った身体を志磨の湯(湯村温泉)で癒す シーンが登場し、以降、戦のあるなしに関わら ず志磨の湯から躑躅ヶ崎の館の軍議に出席する ようになり、事実上の住まいのように描かれて いる。小説では、信玄が自身の病気を、湖衣姫 に移さないかと心配する場面や、湖衣姫が病気 でやつれていくさまが描写されている。

武田信玄は、天正元年(1573)1月11日、三 河野田城を攻略途中に病を得て、甲斐に引き上 げる途中、信州伊那の駒場において、4 月12 日、53歳で永眠。もし武田信玄が生存していた ら、織田信長、および徳川家康があれほど強大 な力を持ち得なかったと思われ、まさしく結核 は日本の歴史を変えたと考えられる(注2)。

時代は変わって現代へ。2007年5月、培養検 査によって超多剤耐性肺結核(XDR結核)と 診断された人が、以下の2便で長時間(8時間 以上)の旅行をしたことが報道された。この患 者はアメリカ人で、5月12日に飛行機でヨーロ ッパへ発ち、24日にカナダに到着、車でアメリ カへ戻った。この患者は現在、アメリカの病院 で隔離され、XDR結核の治療を受けているもの の、症状はほとんどみられず、喀痰スメアは旅 行前も旅行後も抗酸菌陰性であったが、喀痰培 養検査ではXDR結核菌陽性であった。

XDR結核は、イソニアジドとリファンピンに 耐性がある多剤耐性結核(MDR結核)のサブ タイプであり、これら2種類の薬に加え、第2 選択薬の中の少なくとも2種類(フルオロキノ ロンのうちの1種類と注射薬アミカシン、カナ マイシン、カプレオマイシンのうちの1種類) に耐性がある結核と定義されている。XDR結核 は深刻な疾患であることから、CDCでは、上 記2便に乗り合わせていたアメリカ国民、およ びアメリカ在住の人は全員、結核菌感染の有無を確認するために診察・検査と、フォローアッ プを受けることを勧めている(注3)。また CDCは、アメリカの州および地方衛生局、厚 生省International Ministries of Health、航空 会社、WHOと協力して、上記2便の乗客と乗 務員にXDR結核菌に感染している可能性のあ ることを知らせ、追跡調査している。

機内で結核菌に感染する危険性として、どの 種類の結核菌であっても、感染の危険性は、結 核患者の病状、結核菌に曝されている時間の長 さ、換気などのファクターによって異なるが、 8時間以上のフライトではその危険性は高くな る。実際に、多剤耐性結核菌が機内で感染し たと考えられる事例も以前に報告されている (注4)。飛行機で移動することの多い沖縄県民 にとっては、飛行機内における結核感染は他人 事ではない話題である。

世界では、有効な治療方法が確立してから50 年たった現在でも、毎日約2万5千人が結核を 発病している。また毎年、9百万人近い人が結 核を発病し、毎年約2百万人の人が結核で亡く なっている。さらに世界人口の3分の1は結核 菌に感染しているといわれている。結核は貧困 層や弱者を襲い、また最も生産性の高い15〜 54歳の人を直撃するため、貧困問題の解消を妨 げる原因となっている。世界の全結核推定患者 数の80%が22カ国で占められている。結核制 圧のためには、DOTS(Directly Observed Therapy、Short course、写真1)が最も対費 用効果が高いと考えられている。このため、 DOTS戦略の拡大を加速し、人材育成を強化す ることが重要課題となっている。

以上、結核予防週間に際して、結核に関する 話題を取り上げた。結核は今なお、人類最大の 感染症であることを強調し、稿を終える。

写真1

写真1 2007年2月に訪問した、インドネシア、ジャカルタ大学附属病院外来での風景。 写真に写っているのはErlina Burhan医師。呼吸器外来受診患者の大半が肺結核で あり、外来でのDOTSを実施するために、患者1人1人の薬剤が準備されていた。 ただし患者も医師も全くマスクをしてないことに驚いた。

(注1)湖衣姫という名は新田次郎の「武田信 玄」の中に登場する諏訪のお姫様(諏訪御料 人)の名で、作者が諏訪の出身であることな どから、諏訪湖のイメージで名づけられたと 言われている。また、井上靖の「風林火山」 の中に登場する諏訪御料人の名は由布姫とい い、作者が大分県の由布院(現在は湯布院) で由布岳を見ながら執筆したためといわれて いる。

(注2)ただし信玄の死因については諸説あり、結核以外に、肺炎とも胃癌とも言われ、ある いは暗殺説を唱える人もいることを付記して おく。

(注3)直ちに検査を受ける必要がある人は、5 月12日アトランタ発、13日パリ着のエアー フランス385便/デルタ航空8517便の28〜 32列の座席に座っていた人、および5月24日 プラハ発、同日モントリオール着のチェコ航 空0414便の10〜14列の座席に座っていた人 である。また上記2便で患者が座っていたキ ャビンで働いていた乗務員である。

(注4)Kenyon TA, Valway SE, Ihle WW, Onorato IM, Castro KG. Transmission of multidrug-resistant Mycobacterium tuberculosisduring a long airplane flight. N Engl J Med 1996;334:933-8

論文内に示されている図。
ジャンボジェット機内での結核感染が示唆されている