稲福 全三
人間は受胎後、母親の胎内で何の不安もな く、何の不自由もなくすくすくと育まれ、月満 ちて、出産を迎えます、想像するに生まれた赤 ちゃんは大海原の中に放り込まれて戸惑いを感 じている一瞬だと思います。しかし赤ちゃんは 母親の左の胸にしっかり抱かれて母乳を飲むの が自然の形です。母親の左の胸から伝わってく る心臓の鼓動のリズム(赤ちゃんはこのリズム を胎内で体験している)が赤ちゃんに伝わり、 再び大きなパイプでつながった安心感は赤ちゃ んの情緒を安定させ、仏のような柔和な顔にな ります。
初乳は赤ちゃんを病気から守る免疫物質や酵 素をいっぱい含む上にアレルギーを防ぐ効果も あります。又初乳はカロリーも高く生後二週間 の母乳が生命を守ると言われる程、赤ちゃんの 発育に大切なものです。母乳で育て両親の愛情 を全身に受け止めて育った子供は、心筋梗塞を はじめ生活習慣病になりにくいというエビデン スがあるとも聞いております。且ついじめの問 題、暴力非行の問題がこの自然な育み方によっ て予防できたとすれば、乳児期の育て方は大変 重大な時期と受け止めるべきです。赤ちゃんは 飲んでいるか、動いているか、寝ているか、こ の三つの行動を繰り返して一日平均40グラムず つ体重が増えて成長しています。この天から与 えられた三つの行動を一生忘れることなく、幼 児期、少年期、青年期、壮年期、老人期を過ご していければ、健康長寿を全うすることが確約 されるものと思います。そこで「かかりつけ医」 の出番があります。初期医療を実践する「かか りつけ医」は地域を基盤として、継続的に展開 される全人的且つ包括的な医療、保健、福祉が 統合された活動をしています。それに呼応して 地域の住民は自分の健康を管理し、疾病を管理 するために、自分をよく知っていて且つ家族構 成、経済環境、生活環境も知っている、信頼で きる、自分の肌に合った「かかりつけ医」を持 ち、病気のときは早目に受診相談し、見かけ健 康のときも毎年一回は健診を受け、その健診デ ータを経時的に比較検討してもらい、毎年健康 度を確認し、病気の徴しが発見されたら早期に 治療を受け、またライフスタイルに誤りが見つ かったらこれを正し一次予防・二次予防を実践 し生活の場に予防の実態を構築することが肝要 であります。その結果、再び本県が健康長寿世 界一の地域を再現すればこの上もありません。 県民の知恵袋を結集して皆が一枚岩になって努 力し健康長寿の地域にするチャンスです。
第27回日本医学会総会が去る4月6日〜8日 に大阪市内で開催され、開会講演で岸本会頭は 二十世紀における生命科学の歴史を紐解き、ま た当面の医学の中心課題として、血清療法、新 興感染症に挑む医学、再生医学の三点を挙げ解 説し、講演の最後に「知識は発見の上に発見が 積み重なって進歩し、誰も想像しなかった画期 的な科学、技術が生まれてくる。一方モーツア ルトの音楽は今でも素晴らしい芸術であるがそ れは一代限りで積み重ならない。つまり発見の 上に発見を積み重ねて進歩する医学と同じ速度 でそれを扱う人間の知恵が進むわけではない。 知恵と知識が乖離すると想定しなかった問題が 起こって人間を不幸にする。特に「いのち」を 扱う科学技術においては知識と知恵をいかに融 合させるかが重要な課題となる」と締めくくら れ、非情に感銘深く拝聴しました。また「今日 の医学教育、医療制度の理想像へ向けた提言」 の特別シンポジウムがおこなわれ、関連して 「日本の医療事情に関する」アンケートが実施 され、27,042名の答えがあり、その一部を紹介 します。
Q1 日本医療に満足していますか
満足している 34.3%
Q2 日本の医療のレベルについてどう思うか
レベルが高い 85.7%
Q3 治療の選択に関して患者の意見や希望
が生かされていると思いますか
生かされている 76.5%(医師)
37.3%(一般市民)
国民は日本の医療のレベルは高いが自らの受 けている医療については満足度が低い。治療の 選択に関して患者の意見や希望が生かされてい るかの問いに対して、医師の76.5%に対し一般 市民は37.3%の半分以下が生かされていると回 答しています「かかりつけ医」を持っている患 者の方がそうでない患者より受けた医療への満 足度が高いという調査結果もある。この事実は 知識と知恵の融合がうまくいってない、どこか でボタンの掛け違いがあるということではない か?医療の提供者はもっと知恵を出して対応せ よとの警告であると受け止めるべきでしょう。
1)物理学者の湯川秀樹博士は科学は一般に理 性的な営みと考えられているがこれを突き進 めていく力は知的衝動であり、科学の進歩に は必ず人類にとって好ましくない跳ね返りを 伴うものである。したがって人類は科学に対 し絶えずヒューマニズムによるチェックをか ける必要がある。そのチェックがなされなか った実例が原子爆弾であると述べられた。
2)川喜多愛朗教授の名著「医学概論」に現代 医学の孕む大きな危険は、人が病むという事 実を医学の知識と技術の型紙にあわせて裁断 し、病人を病院の都合に合わせて診療する幣 を招き患者は納得しない治療に不満になりや すい点である、との一文がある。
この二つの事例は知識と知恵の融合がうまくい かなかった事例である。
患者さんの受療動向を調べたWHITE等の研 究によると、成人1,000人を一ヶ月追いかけて 見ると、その間に何らかの体調不良を訴える人 が750 人、しかしそのうち医師を訪ねる人は 250人に過ぎない。その他の人は経過観察する なり民間療法に頼るなどいずれにせよ医療機関 を訪れない。受診する人の中でも入院を要する 人は9人でその中で大学病院に紹介する人は一 人であるという。日本でも同じような状況であ ることが知られている。
見かけ健康と思われる人も含めて医療機関を 受診しない750人に対して対応すべく、次に掲げ る「かかりつけ医」の機能を持つ医師が地域の 最前線に配備され、医療機関を訪れない人々に 対しても出前の医療を行う必要がある(予防)
1)外来機能 患者のニーズに総て対応する
2)一次救急医療 24時間、365日対応する機 能。医師会で輪番制当直医、救急診療所への 出動等のシステムを構築する。
3)予防機能。
4)患者のすみわけ、紹介機能、診診連携、病 診連携。
5)療養を提供する機能 在宅医療。
6)回復期のリハビリ機能。
7)介護、福祉サービス機能(連携)。
以上の総合的な機能を持つ「かかりつけ医」 の知識と知恵を融合させた地域医療の実践が地 域住民の痒いところに手が届く納得・満足でき る医療を提供できればアンケートの数値も改善 され、健康長寿の成熟社会が構築されていくと 思います。
昔から沖縄の古老は「ぬちぬ たから なが いちちやいしゃがかいにゆいんどう」といっ ている。それに答えるべく私達は知識と知恵を 融合させた地域医療の実践に努力しましょう