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星見行

仲程一博

南西耳鼻咽喉科医院 仲程 一博

4月中旬のある日、仕事帰りの車窓から西の 空を確認する。日はとっくに沈み夜の帳が降り 始めた空はよく晴れている。車外の空気はしっ とりとして視界も良く絶好の星見日和だ。自宅 に戻り、いそいそと愛機の15cm×25倍の大型 双眼鏡をベランダに持ち出した。近くのアパー トからの光を避けるように設置しないといけな い。双眼鏡はしばらく放置して外気になじませ る。その間そこそこに夕食を済ませ、サブの小 型双眼鏡に星図とペンライトを用意すれば準備 完了だ。東の空に目をやるとしし座が高く昇っ ている。

今夜はしし座のβデネボラから出発し、わが 銀河系から5000万光年彼方にあるおとめ・か みのけ銀河団を楽しもう。デネボラからおとめ 座6番星を導入すると特徴的なT字形に似た星 列が見つかる。その周辺でゆっくり目を凝らし てみると2つの淡い光芒が見えてくる。メシエ (M)の98と99である。(メシエとは18世紀に 活躍したフランスの彗星捜索家で、彗星と紛ら わしい星雲・星団をまとめたカタログだ)。 M98 は銀河を横から眺めるので縦長に見え、 M99は正面から眺める形になり丸く広がっては 見えるが、残念ながら小生の機械と眼力では銀 河の渦巻きを確認することはできない。しかし 今、目の前に見える淡い星雲は知識では確かに 5,000万年前にはるか彼方から出発した光であ るが、現実に見えている事実と知識に大きなギ ャップがありとても不思議な気がする。気を取 り直し、かの有名なM100を経て北のM85を楽 しんだ後はハイライトのマカリアンの鎖に挑戦 だ。M86を中心とした15個の系外銀河の連な りが視野に広がるはずだが、またしても全部は確認できない。しかしそれで良いのだ。見える 分を楽しめば充分ではないかと納得する。

その後はメシエナンバーやメシエ後に系統的 にまとめられたNGCナンバーを南に下りなが らNGC4517にたどり着く。小生の機械でギリ ギリに見える本当に淡い光のシミだ。その光の シミが神秘的で魅力なのだ。その間約1時間半、 そろそろ首も痛くなってきたので手持ちのサブ の双眼鏡に切り替える。南の空に目をやるとカ ラス座が南中に近く高い。双眼鏡の視野をカラ ス座からそのまま地平線近くまで下げると見え てくるのは南十字星だ。ここ石垣島からは南十 字星がきれいに見える。さすがに小生の肉眼で は苦しいが、双眼鏡を使えば難なく見える。石 垣島に来た甲斐があろうというものだ。しばら く肉眼や双眼鏡で春の星座をぼんやりと眺めて 今夜のベランダでの星見を終える。

少し意識して星を見るようになってから随分 となる。35年くらいにはなっている。ただ何回 かのブランクを交えながら細く長く続いている だけである。星に対する知識もさっぱりだ。さ すがに初心者とは言えないと思うが、未だに初 級レベルである。星の会などの同好会に入会 し、上級者の教えを請えばまだ良かったかも知 れないが、イベント嫌いな偏屈な性格が災いし ている。

ところで星をみるには暗い夜空が必要だ。特 に小生は星雲・星団を好んで見るので肉眼で天 の川が見えるくらいの星空でないと充分に楽し むことができない。以前は宜野湾市に住んでい たので星を見るために車に機械を積み込んであ ちこちと彷徨うジプシー星見をしていた。国頭 村の辺土名や海中道路を渡って平安座島の民宿 に泊まって一晩星見をしたこともある。しかし 毎回泊まる訳にはいけないので、普段は仕事を 済ませ自宅から自動車で往復可能な場所に移動 する。お好みは2箇所。恩納村屋嘉の造成地跡 と知念村セーファウタキあたりの農道である。 屋嘉へは往復の高速料金がかかるのが少しつら い。セーファウタキへは片道40分ぐらいかかる が30年近く通っていた。あるとき数ヶ月のブランク後に訪れてみるとすぐ近くにコンビニが建 っていて、煌々と明かりが輝き、ついにわが長 年の観望地も終焉を迎えた。それやこれやで石 垣島に来て4年になる。

星見を楽しむには道具も必要だ。肉眼はヒト ミ径7mmの超精巧なレンズであるが、双眼鏡 を使えば圧倒的によく見えることが分かる。一 般の望遠鏡は見える像が逆さまで、それに片目 での観察となるが、双眼鏡は正立・立体視なの で大げさに言えば宇宙の奥行きを感じる事も不 可能ではない。双眼鏡を使った星見のもう一つ の楽しみ方は星図を片手に星座の主な星をひと つひとつ確認していく事だ。例えばエリダヌス 座だとオリオン座のリゲルのすぐ右上(北西) のβクルサ(足の台)から出発し、大きく蛇行 しながら南へ下りθのアカマル(月の光)を経 て一番南の主星アケルナル(川のはて)まで辿 っていく。このアケルナルが本島では自分で確 認する事が出来なかった。南の石垣島ではそれ が出来る。地の利である。しかしその地の利で あるこの島でもバブルを迎え、あちこちに多く の建物が建築中である。拙宅のベランダ星見も この先何時まで持つか分からない。その時には またジプシー星見に逆戻りだ。それまでせいぜ い初級レベルに甘んじつつ、ゆっくりと星見を 楽しんで行こう。