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医師の倫理に関する講演会
倫理意識を高めるための具体策
−患者とのトラブルを防ぐために−

常任理事 真栄田 篤彦

平素、医師会の活動にご協力感謝申し上げます。

さて、去る1月24日(水)、パシフィックホ テル沖縄にて開催した医師の倫理向上に関する 上記講演会に関して報告をします。

昨今、医療安全に関して社会の批判・風当た りは強いものがあります。平成16年度から、国 の医療安全推進事業の一環として、県に公的な 相談窓口「沖縄県医療安全相談センター」が設 置され、患者さんから多くの苦情が寄せられて います。その苦情の内容に関して、医師の倫理 に関係するものも含まれており、今後益々医師 に対する苦情・要望等が増加することが予測さ れます。そこで、日本医師会の提唱する「医の 倫理綱領」にある第3項の「医師は医療を受け る人びとの人格を尊重し、やさしい心で接する とともに、医療内容についてよく説明し、信頼 を得るよう努める。」に関して、医の倫理に関 する講演をおこないました。

沖縄県内における苦情相談等の状況報告
沖縄県医師会常任理事 真栄田篤彦

スライド1

「沖縄県医師会医療に関する相談窓口」への 苦情・相談件数

説明:本会では、医師と患者さんとの信頼関係 の構築を目的に、平成12年1月に「医療に関す る相談窓口」を設置し、患者さんからの苦情・ 相談を受けています。表のとおり、相談件数は 年々増加しており、殆どが苦情に関する相談です。地区医師会でも相談窓口を設置しており、 1年間に約50件程の苦情が寄せられています。

スライド2

医師の説明不足に対する苦情

(40代男性):A医師は、診察室に入ると同時 に、レントゲンフィルムをみて「この部分が薄 くなっているね」とだけ言って、何の説明も無 く、診察を終えた。カルテにも目を通さずに流 れ作業のように事務的であった。いろいろ質問 もしたかったが、質問できる状況ではなく、と ても不愉快な思いをした。

説明:医師会に寄せられる苦情には、医師の説 明不足に対する苦情が多くあります。医師と患 者との信頼関係を構築していくためにも、患者 の立場を理解し、治療内容について出来るだけ インフォームドコンセントをおこなう必要があ ります。専門用語等での説明は出来るだけ避 け、判りやすい言葉で懇切丁寧にご説明いただ きますようお願い致します。

スライド3

医師の不適切な発言に対する苦情

(60代女性):B病院に糖尿病で通院している が、診察の際に医師から「こんなに太って」と 診察室の外まで聞こえるくらいに大きな声で言 われ、また、足の傷を診てもらおうと足を上げ たら、「足をあげるな」と言われ、とても嫌な 思いをした。

説明:医師の言動に対する苦情も多くあり、患 者をリラックスさせようと思う医師の言葉がそ のとおりに受け取られない場合があるので、患 者一人一人に合わせた対応が必要です。また、 苦情の中には、看護師の言動に対する不満もあ ります。患者さんの不満をなくすため、医師の みならず、全ての医療従事者が「安全でやさし い医療」に努められますようお願い致します。

スライド4

酒気帯び運転で偉業停止処分

(40代医師):酒気帯びの状態で、業務上自動車 を運転していたところ居眠りし、前方に停車していた車2台に玉突き衝突し、運転手らに頚椎捻 挫などの障害を負わせ医業停止3ヶ月の行政処分 となる。(道路交通法違反・業務上過失傷害)

説明:医師は、社会的にも指導的、模範的立場 にあり、とくに高い倫理性が求められています。 このような行為は、地域社会の医師に対する信 頼を失墜させます。また、飲酒運転が社会的問 題となっている昨今、今後ますます処分が厳し くなることが予測されます。医師をはじめ医療 従事者に於かれましては、立場を充分に自覚し、 倫理の高揚に努めていただきたいと思います。

以上、患者さんから寄せられる苦情の一部と 医師の行政処分に関して情報提供いたしました が、医師または医療機関と患者さんの間に良好 な信頼関係が築かれ、良いコミュニケーション が取れている場合は、患者さんからの苦情は少 ないと思われます。上記に紹介した苦情はどの 医療機関でも起こり得るものと受け止めて、日 常診療において患者さんに不満を生じさせない ように努めていただきますようお願い致します。

講演「倫理意識を高めるための具体策−患者とのトラブルを防ぐために−」
講師:田中 正博 田中危機管理・広報事務所長
   元日医広報戦略会議委員
   内閣府食品安全委員会
   「緊急事態発生時対応専門委員会委員」

T.トラブル予防のカギはコミュニケーショ ンだ!

〜コミュニケーションの良し悪しで決まる医 療の満足度〜

1)医療の説明に「満足した患者」は「その後の医療に9割が満足

2)「満足しなかった患者」は「その後の医療に 満足したのは3割弱」 (NTTデータシステム研究所の調査結果から、 2004年)

3)医師の77%が「分かりやすく説明する」と思 っているが、患者の方がそう思っているのは 33%しかいない。

4)医師の81%は「質問しやすい雰囲気を心がけている」が、患者で「そう感じている」の は32%しかいない。

(日本製薬工業協会の調査から、2005年)

U.患者とのトラブルを防ぐために

1.“筋論クレーマー”の増加とその対応

  • 1)「それはおかしいではないか?」と疑問、 指摘、抗議を言ってくる患者。
  • 2)それなりに筋の通った(一理ある)指摘や 疑問を突きつけてくる。
  • 3)納得できないと「第三者」「監督官庁」「マ スコミ」に持ち込む。
  • 4)自説にこだわり、最悪の場合、訴訟も辞さ ない。
  • 5)発端は、最初の対応で「誠意の欠如」にあ ることが多い。

2.大切な「3つの対応心得」

  • 1)「傾聴」:相手の言い分を十分に聞き途中で話しをさえ切らない事。
     「聞く姿勢」が「誠意」を伝える。
  • 2)「面談」:筋論クレーマーかな…?と思ったら「面談」せよ。
     「面談」は最大の「誠意の表明」になる。
     「あの時会っておけばよかった」と悔いを残すな。
  • 3)「迅速」:同じ対応行動をとっても、遅いと評価されない。
     「迅速さ」は危機管理の必須条件である。
     カギはコミュニケーションである。

V.倫理意識を高める「3つの意識」
〜大事なのは「知識」より「意識」である〜

1.常に「ちょっと変だな・・?」という意識 を持つこと!

  • 1)危機を招く元凶は「タブン、大丈夫ダロウ・・」という甘い意識にある!
  • 2)仕事に当たっては、「ちょっと変だな。」一 人一人が、「本当に大丈夫かな?」という 意識で取り組むこと。
  • それが、「慣れから生じる思い込み」「う っかりミス」「未確認ミス」等の“危機の芽”を気付かせ、未然防止に結びつく。

2.「誰かに見られている」という意識を忘れないこと!

  • 1)「無知」から倫理違反行為をする者はいない。
  • 2)「誰も見ていないだろう」、「誰にも分から ないだろう」という“悪魔の囁き”がつ い、確認ミス、手抜き、点検省略、過失を 誘惑する。
  • → TPO で生じる「性弱説」のなせる業。 いつも「誰かが見ている!」「誰かにみ られている!」という意識をもつこと。 それが、倫理意識を保つことになる。

W.倫理意識を持続させるための「6つの行動指針」
−この行動指針が医療トラブルを未然に防止する−

1)いつも「誰かが見ている」「誰かに見られている」という意識で仕事をしよう。

―この意識さえあれば、倫理観の欠如からのトラブルが防止できる―

2)いつも「ちょっと変だな…」「本当に大丈夫かな…?」という意識を持って仕事をしよう。

―この意識があれば、医療事故は事前に察知でき、回避できる―

3)自分の大事な家族にもそれが出来るか…と考えよう。

―この思いがあれば、患者への配慮が行き届く―

4)クレームは大事な恩師や先輩からだと思って対応しよう。

―この気持ちがあれば、患者からのトラブルは大幅に減る―

5)「おかしいと思ったこと」は「おかしい」と誰にでも問おう。

―この職場のコミュニケーション有無が、医療トラブルを左右する―

6)それを敏腕な社会部記者が知っても問題にならないか、自問しよう。

―マスコミがそれをどう見るか、によってダメージが左右される―

X.危機発生時はクライシス・コミュニケーションがカギ
―この適否がその後の批判、非難、信頼感を左右する―

1.起きたとき「どう対応したか」が問われる。

2.「クライシス・コミュニケーション」とは

クライシス(危機)が発生した場合、その ダメージや批判、非難を最小限に留めるため 「情報開示」を基本にした内外のさまざまな 対象に対する「適切な判断」に基づく「迅速 なコミュニケーション活動」

人は起こしたことで非難されるのではな く、起こしたことにどう対応したか、によっ て非難されるのである。

3.マスコミ対応はクライシス・コミュニケー ションの典型的な場である
―事例に見る失敗例と応答時のノウハウ―

1)「一問一答」を基本に。「一問多答」は控える

―“アミダくじ話法”は誤報の元。「Within 30 seconds」を―

2)説明する時は「それには3つの理由がありま して〜」と前置きして説明する。

―きちんと認識して答えている印象を与える ことが出来る―

3)謝るべきことは最初に率直に謝ること。

―反論、釈明、弁解は言い逃れと受け止めら れ、トラブルを拡大させる―

4)記者会見は「法廷の場」ではない。理屈と法 的説明はタブー

―記者が問うのは「法的責任」より「社会 的・道義的責任」と「配慮」だ―

5)記者と議論しないこと。「ブリッジ話法」を 生かす

「その点も確かに重要ですが、あの状況で配慮しなければならなかったことは…」

「ご批判は分かりますが、あの状況で、最優先の課題だったのは…」

「ご疑問はごもっともと思いますが、あの時点で最重視すべきことは…」