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テニスからゴルフに

平良章

にしはら耳鼻咽喉科 平良 章

若い頃はテニスに夢中だった。30代までは必 死に練習をして、年に数回は県大会等にも出場 した。アスリート気取りだった。40を過ぎてか らは上手くなろうという気持ちは薄れ、週に1 回程度仲間と楽しくプレーするだけで満足だっ た。このペースで生涯スポーツとしてテニスを ずっと続けていくつもりだった。一方ゴルフ は、研修医時代に人数合わせで医局コンペに出 る羽目になり、数回ゴルフレンジ(以下レン ジ)に通っただけでラウンドした事がある。ウ ッドを練習する時間が無くて、アイアンだけを 使って140くらい叩いた。同じ組の先輩方の冷 たい視線を浴びながら、右に左に走り回り、終 わった頃には身も心もボロボロになっていた。 性に合わないと思い、明日から手術を教えて貰 えなくなるのを覚悟の上でゴルフに誘ってくれ たM先生に、「有難う御座いました。もう金輪 際ゴルフは致しません。」と宣言した。幸い手 術も教えて貰えたし、早すぎるゴルフ引退も許 して貰った。その後20年近くゴルフに誘われる 事も無く平穏な日々を送っていた。

平成16年10月、開業1周年を契機にクリニッ クの家主のO氏と調剤薬局のK氏と小生の3人 で細々と模合を始めたのだが、この2人がゴル フをするのだ。毎月のようにゴルフの話を聞か された後の模合の席で、2人が又楽しそうにゴ ルフの話を始めた時、何と「俺もゴルフを始め る!」と言ってしまった。魔が差したとしか言 いようが無いが、2人は待ってましたとばかり に「それはいい事だ、健康にもいいしストレス 発散にもなる。模合の日は明るいうちにゴルフ をして、夜は反省会も兼ねて楽しく飲み会が出 来る。最高だ、ゴルフ万歳!」という感じで大 いに盛り上がっていた。翌朝、二日酔いの重た い頭を抱えながら(なんて事を口走ってしまっ たんだ)と後悔した。2人の陰謀にはめられた、 と被害妄想を抱いたりもした。数ヶ月は練習も せずに悶々としていたが、模合の度に急かされ るし、自分から言い出した事なので、やらない 訳にはいかなくなった。前の失敗を繰り返した くなかったので、基礎から習う事にした。近く のレンジで木曜日(休診日)午前のスクールに 入った。平成17年10月の事である。模合のメ ンバーには迷惑をかけたく無かったので、レッ スンプロには「1年で100前後で回れるように なりたい。」と伝えた。少し睨まれ「まあ、そ う焦らずに。」と返された。「そりゃ無理な注文 だ!」と言われた気がしたが、「なにくそ、も っと早く上手くなってみせる。」などとは思わ なかった。これから始めるというのにモチベー ションは低かったのだ。その後2ヶ月はピッチ ングウェッジだけの練習だったが、なかなか上 手く当たらないし、同じ事の繰り返しで少し飽 きていた。木曜日は、午前中はゴルフスクール に通い夕方はテニスをしていたが、その頃はま だテニスの方が圧倒的に楽しかった。テニス仲 間にも「テニスの汗は最高だ。ゴルフは、スピ ード感が無いし、汗もあまりかかないからつま らん。」などと愚痴をこぼしていた。

12月も下旬になってからレンジ附属のショー トコースでラウンドレッスンを受けた。これが なかなか楽しかった。長くても100ヤードちょ っとのコースなので、本格的なゴルフの醍醐味 を味わうことは出来なかったが、ボールがカッ プインする時の快感は手軽に味わえた。年が明 けてからは、毎週スクール終了後にラウンドし た。スクールでも8番アイアン、5番アイアン、 ドライバー(他のクラブは自分で練習するよう に言われた)と少しずつ長いクラブを打たせて 貰えるようになり、段々ゴルフの練習らしくな ってきた。この頃からスクール以外の日も、週 に1,2回はレンジに通うようになった。そし て、段々テニスをサボるようになった。

浦添パブリック等で長目のコースも数回経験 し、いよいよ琉球ゴルフ倶楽部でチャンピオン コースデビュー(再デビュー)となった。スクー ルに通い始めて半年、平成18年4月の模合の日 の事である。悪夢のような20年前のラウンドの 再現になるのではないかとの不安もあったが、今 回はある程度の準備はしたので少しワクワクも していた。もし駄目でも、又引退宣言してテニ スに専念すればいいという気持ちもあった。

スタートホールでティーショットを打つ番が 来た。ドライバーはボールが何処に飛んでいく か分からない状態だったが、取り敢えず力まず に気持ちよく振りぬく事だけを意識して振って みた。何と、芯に当たり、真っ直ぐに飛んだ。 他の2人をオーバードライブしていた。テニス で、フラット気味のファーストサーブがセンタ ーに決まり、ノータッチエースを取った時の様 な気持ち良さだった。今思えば、胸の中のテニ スボールがゴルフボールに替わった瞬間だった かも知れない。しかし、ビギナーズラックが続 く筈もなく、セカンドショットはダフリ、アプ ローチショットはトップして、大きくグリーン オーバーした。4打目で乗せて、2パットで沈め て、何とかダボで上がった。ゴルフの難しさを 実感したが、ミスをしても1打1打が楽しかっ た。20年前は考える余裕も無く、木があろうが バンカーがあろうがひたすらグリーンに向かっ て打っていた。今回はある程度攻め方を考え、 落とし所と弾道をイメージして打てた。イメー ジと結果にはかなりのギャップがあったが、ゴ ルフをしている実感が持てた。その後は、ティ ーショットを曲げ、ダフリ、トップ、3パット を駆使しながらの波乱万丈のゴルフだったが、 終わってみると何とも言えない爽快感だった。 心地よい汗もかいていた。スコアは111だった が、前に140も叩いた者としては及第点と言っ て良かった。最初は、月に1回模合の日だけラ ウンドするつもりだったのが、5月は2回、6月 は3回、7月以降はほぼ毎週ラウンドしている。 練習のモチベーションも上がり、週に3回はレ ンジに通っている。そしてここ半年はラケット を握っていないし、テニス仲間には「引退!」 を伝えた。

先日家内に「テニスよりものめり込んじゃっ たよ。」と言ったら、「似たようなものよ。」と 返された。笑顔だったが目は笑っていなかっ た。(あなたの興味の対象がテニスからゴルフ に替わっただけで、結局私達はほったらかしで しょ)と言いたげだった。やばい!15世紀のス コットランド国王・ジェームス2世は、王国の 防衛に従事する兵士たちが弓術の練習を怠けて ゴルフに夢中になっていることに業を煮やし、 ゴルフ禁止令を発布したそうである。我が家で もそろそろか?好きなゴルフの格言を最近は少 し捩って肝に銘ずるようにしている。2つ並べ て終りにしたい。

「ゴルフはすぐには上手くならないが、いつ 始めても遅すぎる事はない。(フィリップ・モ ンクリーフ)」

「家族サービスはすぐには上手くならない が、いつ始めても遅すぎる事はない。(平良章)」

★リレー状況
−平成16年以前掲載省略−
29.仲間 司先生(県立那覇病院)Vol. 41 No.5
30.新里 讓先生(沖縄赤十字病院)Vol. 41 No.11
31.友利正行先生(ともり内科循環器科)Vol. 42 No.2
32.具志一男先生(ぐしこどもクリニック)Vol. 42 No.4
33.神谷鏡子先生(かみや母と子のクリニック)Vol. 42 No.6
34.呉屋良信先生(わんぱくクリニック)Vol. 42 No.9
35.江洲浩明先生(はえばる耳鼻咽喉科)Vol. 42 No.11
36.真栄城徳秀先生(真栄城耳鼻咽喉科)Vol. 43 No.2
37.野原昌亮先生(野原整形外科)Vol. 43 No.4