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耳の日に寄せて

鈴木幹男

琉球大学医学部高次機能医科学講座耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野
日本耳鼻咽喉科学会沖縄県地方部会会長
鈴木 幹男

前任の東野哲也教授(現宮崎大学医学部耳鼻 咽喉科)の後任として2006年2月から、琉球大 学耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野を担当しており ます。沖縄県医師会会員の諸先生方には日頃か らご紹介、ご指導いただきありがとうございま す。この場を借りてお礼申し上げます。

耳の日

さて3月3日はひな祭りですが、日本耳鼻咽 喉科学会では毎年3月3日を“耳の日”と定め、 8月7日の“鼻の日”とならんで、耳の病気に 関する情報提供をおこなっております。一般の 人々が耳に関心を持ち、耳疾患や聴覚障害の予 防と治療の徹底を図ること、難聴者に対する社 会的な関心を盛り上げることを目的に制定して います。この日は電話の発明者グラハム・ベル (英、1847年)の誕生日でもあります。耳の日 が制定されたのは1954年3月3日で、本年も全 国各地で“耳の日”の行事が予定されています(http://www.jibika.or.jp/miminohi/index.html)。

日本耳鼻咽喉科学会沖縄県地方部会・医会で は、“耳の日”にあたり、ここ数年「耳の日なん でも相談会」と称して、一般の方からの耳の病 気に関する質問に耳鼻咽喉科専門医が答えると いう行事を行っています(http://www.entryukyu. jp/index.html)。沖縄県には耳鼻咽喉科 医が約100名おりますが、離島にはこの5%しか おりません。本島にお住まいの患者様は比較的 容易に耳鼻咽喉科を受診できますが、離島の患 者様は近隣に耳鼻咽喉科がなく相談も難しいと いう点から、電話・メールでお答えしています。 さらに来年度から一般の方を対象にした公開講 座も企画しています。

人工内耳

他分野と同じく耳鼻咽喉科でも、医療技術革 新が進み治療が随分と変化してきました。耳科 学分野で最も大きな変化は人工内耳手術が普及 し一般的な治療となったことです。人工内耳は 高度先進医療として医療現場へ導入されました が、1994 年からは保険適応になっています。 2006年には装用者は4,200名を越え、年間450 名前後が手術を受けています。当初は言語習得 後聾(成人)が対象でしたが、現在は小児例 (言語習得前聾)の比率が増加し手術例の約 40%が小児です。しかし諸外国では小児例が 50%を越えており、残念ながら日本は小児の人 工内耳に関しては後進国と言わざるを得ませ ん。手術に関しては術前評価、手術、術後リハ ビリを行う必要から各種の認定を受けなければ ならず、沖縄県では手術可能病院は琉球大学医 学部附属病院のみです。

人工内耳手術の普及・遺伝子性難聴の解明に 伴って難聴の診断・治療も大きく変化してきま した。旧約聖書にある“バベルの塔”の話を持 ち出すまでもなく、社会生活にはコミュニケー ションが不可欠です。この基幹は聴覚言語に基 づくコミュニケーションです。聴覚活用ができ ない高度難聴者においては人工内耳登場以前に は視覚言語によるコミュニケーション(手話、 キュードスピーチなど)が主体でした。聴覚言 語に基づくコミュニケーション社会では視覚言 語のみでは健聴者との間で十分なコミュニケー ションをとれず、社会生活を営む上で様々な不 利益を被りやすいのが現実です。最近の脳機能 画像を用いた研究では、視覚言語使用者では聴 覚野が聴覚言語ではなく視覚言語に反応するこ とが証明されています。脳の可塑性は6歳を越 えると急速に低下しますので、幼少児期に充分 な聴覚活用(補聴器や人工内耳)をおこなわな ければ、その後人工内耳手術を行い、リハビリ を行っても環境音聴取に留まり、聴覚言語を主 としたコミュニケーションを獲得することは難 しくなります。高度難聴児の場合、補聴器装用 効果が乏しいければ、人工内耳手術を行った方 が言語の獲得に関しては明らかに有利です。し かし現行の人工内耳は、手術さえすれば補聴器 と比べ有意に社会で自立できるとまでは言えま せん。人工内耳手術を受けても、ある程度の難 聴は残存するため、術後のリハビリや個人に応 じた療育が重要です。このため聴覚に加えて読 話、手話などいろんなコミュニケーション手段 も併用するトータルコミュニケーションによる 難聴児教育が主流になってきています。難聴に 関する早期診断・早期治療がその後の聴覚・言 語の発達に大きな影響を与えることから、新生 児聴覚スクリーニングの普及が推進されるよう になってきました。

新生児聴覚スクリーニングについて

新生児聴覚スクリーニングは、出生後早期に 聴覚異常の有無を検査しその後の治療に役立て ようとするものです。沖縄県における新生児聴 覚スクリーニングは未だ組織的に行われてはい ません。2004年に産婦人科学会沖縄県地方部 会の御協力によりおこなったアンケート調査で は、33施設から回答が得られ、2003年度1年間 に聴覚スクリーニング検査が行われた新生児数 は14施設で約3,700名であり、この年度全出生 児の約22%に聴覚スクリーニングが実施されて いました。ちなみに米国では2003年1月現在、 出生児の86.5%が聴覚スクリーニングを受けて います。

スクリーニング機器には現在耳音響放射法 (OAE)と聴性脳幹反応(自動ABR: AABR) があります。OAEは安価で測定時間も短いの ですが、外耳道屈曲や耳垢の影響を受けやす く、スクリーニング精度を上げるためには AABRの使用が推奨されます。

スクリーニング検査の問題点は要精査となっ た場合の対応です。要精査となった場合、家族 の精神的負担が大きいため、できるだけ早期に 精密検査が受けられるように連携のとれた精密 検査機関を確保すること、及び、地域保健師と の連携を深め、両親への心理的援助と精密検査 機関への受診行動に結びつく支援活動が必要で す。我々は新生児聴覚スクリーニング事業へ数 年前から取り組んでいますが未だ充分でなく、 耳鼻咽喉科地方部会にワーキンググループを作 り統一した検査・診断方針を確立して行く予定 です。

おわりに

耳は外見も大事ですが、感覚器(聴覚、前庭 覚)でもあります。我々耳鼻咽喉科医は日頃か ら患者様のQOL向上に取り組んでいます。耳 の日に限らず、難聴・めまい・耳鳴などの症状 については、是非お近くの耳鼻咽喉科医にご相 談いただきたいと思います。