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医療に関する県民との懇談会
〜自殺の現状分析とその予防対策に向けて〜

玉井修

理事 玉井 修

会場風景

会場風景

平成19年1月25日ハーバービューホテルにお いて県民との懇談会が開催されました。テーマ は最近沖縄県でも急増し社会問題となっている 自殺について取り上げました。参加者は県内各 団体の代表13名と医師会から9名で、その他琉 球大学医学部附属病院精神科のドクターが数人 傍聴し、会場は熱気にあふれておりました。

まず冒頭、玉城信光沖縄県医師会副会長より ご挨拶があり、年間3万人を越える自殺問題の 深刻さを訴え、特に沖縄男性の自殺の多さを懸 念し、全国で最も自殺率が低い沖縄女性から何 かを学び取れないかとの提案を頂き、活発な意 見交換をお願いしますとご挨拶がありました。

早速私の司会進行で懇談に移り、まず琉球大 学医学部精神病態医学分野教授の近藤毅先生 から「自殺について」と題し、全国の自殺の経 年的推移、時代を背景にした自殺の特徴、沖縄 県の実態、若年自殺の特徴、自殺に対する対応 についてなど詳細に解説頂きました。

近藤毅先生

近藤毅先生

1998 年を境に特 に男性自殺者が劇的 に増加しておりま す。近藤教授はこれ を年功序列、終身雇 用から格差社会へ移 行し、もうどうにも ならないという閉塞 感の増幅。さらにバブル崩壊のつけによるリス トラ、失業、過重労働が絶望感へ連なっていく という社会的背景と関連づけてお話頂きまし た。また高齢男性の自殺は主に病苦や配偶者喪 失などから来る孤立が原因となりやすいことを 指摘して頂きました。一概に大家族であれば高 齢者自殺が少ないと考えられがちですがそうで はなく、東北では家族内孤立による高齢者の自 殺も多いという実態もあるようです。むしろあ る程度の距離を保ちながら、子供や孫が尋ねて くる沖縄的高齢者生活環境は一つの理想的あり方だとご説明されました。

沖縄県の高齢女性は最も自殺をしないという 特徴があります。沖縄高齢女性のライフスタイ ルに自殺予防対策のヒントがあるのではないか と言われております。また、沖縄県では高い失 業率を背景に20代後半男性の自殺も多く、希望 ある将来が見えない事への不安があるのではな いかと分析されておりました。若年自殺は死に 対する現実感が薄く、衝動的な自殺へ流れやす い傾向があること、また多くがうつ病などの治 療により効果が期待できる事が報告されました。

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自殺願望を打ち明けられたときの対応に関し てはここで誤った対応をご紹介しましょう。

1)転換:「そんなに思い詰めないで」「家族の事も考えて!」
2)楽観:「気を強く持って」「もっとプラス思考で考えようよ!」
3)激励:「しっかりして」「元気出して」「あなたらしくない」
4)説教:「命を粗末にしないで」「自殺はダメだよ」
5)批判:「馬鹿なこと考えないで」「苦しいことから逃げてはダメ」

これらの言葉はやっとの思いで自分の心を打 ち明けた自殺願望者に更なる孤立感と絶望感を 与え、黙って自殺を遂行させる危険性があると 指摘されました。

基本的な対応として、心配していることを告 げて傾聴し、率直に尋ねて、共感と受容を心が けること、一人にしないような配慮を提言して頂きました。希望が見えること、ふれあいが感 じられる事が自殺予防において最も重要な要素 であると結んで頂きました。

山本和儀先生

山本和儀先生

更に、産業保健の立場から山本クリニック院 長の山本和儀先生には働き盛りの男性に多い自 殺に関して、産業保健の果たすべきメンタルヘ ルスケアの重要性をご指摘頂きました。また、 男性が全国第3位と自殺率が高い一方で、対照 的に女性が全国一低いことから女性の生活から 学んでいく必要があります。気軽に相談し精神 科等の専門機関を利用して頂きたいとのアドバ イスを頂きました。追加発言として照屋勉先生 から、膝や腰が痛くて通院している人の中にも 自殺に関して悩んでいる場合がある、専門病院 の受診がはばかられるのなら、まずはかかりつ け医に相談する事も考えて欲しいとのご意見が ありました。

その後ディスカッションの時間となりました。

金城尚美委員からは、実際に職場での同僚の 自殺によって生じた職場の動揺に対してどのよ うな対応があるべきかとのご質問に、近藤教授 からできれば産業医 を含めて、この事に 対して個々に考える のではなくみんなで 集まって語り合う機 会(ディブリーフィ ング)を作るべきと のご提案をして頂き ました。自殺を取り巻く問題には、この様な残 された同僚、残された家族の精神的ケアが大切 であるとのご指摘を頂きました。山本先生から は「あなたがついていながらなんで止められな かったの?」等という言葉によって残された家 族は更に不幸のどん底に突き落とされるとのご 意見を頂きました。大城節子委員からは「 しーとぅやんめー や隠すな(※負債と病気は隠し通すと手が つけられなくなり、命取りになることもあると いう意。)」という沖縄の格言をご紹介して頂 き、このあたりのオープンな考え方が沖縄女性 の精神的強さの基本骨格なのだろうと一同感心 致しました。国吉守委員からは実際に命の電話 を主催しての感想を、とにかく聞くこと、傾聴 することに心がけているとお話がありました。 懇談会にはマスコミからも参加があったため、 近藤教授からはマスコミ報道のあり方に関し て、行きすぎた報道によって自殺は特に若年者 において影響されやすく、連鎖自殺、後追い自 殺が生じやすい状況を鑑み、節度のある自殺報 道と、自殺防止に向けた報道のあり方も是非取 り上げて欲しいとのご要望を出して頂きまし た。自殺願望を打ち明けられたときの対応に関 して具体的な言葉はありませんかとの委員のご 質問に対し、近藤教授は「あなたに死んで欲し くはないな」という言葉は、その方に寄り添い つつ自殺を思いとどまらせる率直な気持ちを伝 える事が出来るかも知れませんとアドバイス頂 きました。高嶺委員からは、生活苦によって借 金を家族に残さないために敢えて自殺を選択せ ざるを得ない人もいるとのご意見を頂きまし た。この意見には正直、面食らいました。自殺 はいったい何故いけないの?自殺をしてはいけ ない理由は何?という根本的な疑問を投げかけ られた感があり進行役の私自身これに対し言葉 を失ってしまいました。小渡副会長から、自殺 を選択するという事は人間にしかできない選択 肢ではあります。しかし、死しか選べないとす ればそれは大きな問題であろうと思われます。 このような社会病理に対しては今後行政を含め た対策が必要になると思われますとコメントし て頂きました。最後に近藤教授に、この自殺に 関する議論は今後も継続していくことが大切で あると締めて頂きました。

※なお、当日は委員からその他に関するご質問を 頂きましたので、その概要を報告いたします。

○金城委員:総合病院での名前コールに関して

○和氣先生から:番号で呼ぶ等の対応をしてい るところもあるが、実際には同姓同名の多い地 域では○○村の○○さんと呼ばなくては患者の 取り違えを生じるところもある。各地域によっ て対応に違いが出てくることに関しても理解を して頂きたい。阿波連弁護士からも、個人情報 保護の拡大解釈の感があり、患者の取り違えミ スなどの予防の観点からもあまり神経質に対応 すべきではないとのご意見をうかがいました。

○大城節子委員:患者本人に病名告知をして欲 しいとのこと

○下地先生から:主に癌の病名告知に関しては かなり難しい対応がある。

現在は基本的に告知をする方向であり、本人 の意思が最も尊重されるべきとのお話でした。

○大城節子委員:軟膏の塗り方の説明が良くわ からない

○玉井:医師・薬剤師側はもっと具体的な説明 をすべきですね。

○山田委員:ジェネリック医薬品について

○近藤先生より:開発費のかからないジェネリ ック医薬品は安価ではありますが、メーカーに よって品質のばらつきがあります。よく主治医 と相談して変更された方がよろしいでしょう。 全てのジェネリック医薬品が中身は全く先発品 と同じという訳ではありません。

医療に関する県民との懇談会出席者

(順不同)

団 体 名(懇談会委員) 氏 名
1 沖縄県社会福祉協議会 山内 良章
2 沖縄いのちの電話 国吉  守
3 県調理師会 高嶺 貞裕
4 沖縄県婦人連合会 大城 節子
5 沖縄県経営者協会 又吉 民人
6 沖縄県中小企業団体中央会 上里 芳弘
7 沖縄県老人クラブ連合会 山田 君子
8 沖縄県土地改良事業団体連合会 金城 尚美
9 沖縄県銀行協会 比嘉  博
10 沖縄タイムス社 銘苅 達夫
11 琉球新報社 上原 康司
12 沖縄弁護士会 阿波連 光
13 主婦代表 玉橋 涼子
     
団 体 名(医師会関係者) 氏 名
1 琉球大学医学部精神病態医学分野教授 近藤  毅
2 山本クリニック院長 山本 和儀
3 沖縄県医師会副会長 玉城 信光
4 沖縄県医師会副会長 小渡  敬
5 ふれあい広報委員会委員 下地 克佳
6 ふれあい広報委員会委員 野原  薫
7 ふれあい広報委員会委員 照屋  勉
8 ふれあい広報委員会委員 和氣  亨
9 沖縄県医師会理事 玉井  修

印象記

下地克佳

ふれあい広報委員 下地 克佳

最近、度々自殺に関する報道がなされ、胸が痛む。今回の懇談会はたいへん重いテーマ「自殺 の問題」で、いつもより多くの県民側の委員(13名)が出席され、関心の高さがうかがえる。

そのうちの二人の委員より身近な方の自殺の報告があった。一人の委員は同業者で5名の自殺 者がいたとのことであり、自殺問題の深刻さを再認識させられた。

〈いのちの電話〉の国吉委員、近藤先生によると自殺願望を打ち明けられたときは、まず真摯 に傾聴し、聞き役に徹することが大切とのことである。そして共感、受容し、そのうえで必要な ら助言するとのことである。打ち明けられたほうは不安になって“そんなに思い詰めないで”“家 族のことも考えて”“命を粗末にしないで”と言いがちだが、それは誤った対応とのことである。 自殺願望を打ち明けられた時の対応の仕方も一般の方々に広く啓蒙することが大切と思われた。

職場で自殺者がでた後の対応の仕方の質問があったが、山本、近藤両先生によると、連鎖的自 殺者をださないようにするために憶測による情報が出ないようにしっかりと情報管理をすること と、残された方への心のケアが大切で、産業医もしくは専門医に対応してもらうのがよいとのこ とであった。自殺(既遂、未遂)が一件生じると、強い絆のある人の最低五人は深刻な心理的影 響を受けるとのことである。自殺者がでた後の対策を聞く機会は少なく、非常に貴重なお話だっ たと思う。

沖縄県の男性の自殺率は全国3位、女性は47位とのことであり、男性は深刻である。自殺の原 因・動機として失業を含む経済問題、健康問題、アルコールの問題、家庭問題、職場の問題など があり社会的、地域的対策が非常に重要である。一方、自殺した方の多くはその行動に及ぶ前に、 うつ病、アルコール依存症、その他の精神疾患状態に陥っていたとの報告がある。また、自殺す る方の40〜60%は自殺する以前の一ヶ月間に医療機関(一般診療科)を受診しているとのことで ある。早い段階で一般医より専門医へ繋げるとかなりの自殺防止が可能と考えれる。医師、特に プライマリケア医の責務は非常に重いと思われた。

印象記

照屋勉

ふれあい広報委員 照屋 勉

『自殺』という重いテーマの懇談会でありました。まず、琉球大学医学部精神病態医学分野教 授〜近藤毅先生に「自殺の現状分析とその予防対策に向けて」というタイトルでご講演頂きまし た。様々なデータの分析を基に、「全国的な傾向」、「沖縄県の特徴」、「若年者の自殺」、「自殺予 防」対策までお話頂きました。小生が特に印象に残ったポイントは…1)「98ショック!」〜自殺 死亡者数の年次推移のなかで、1998年に急増し、ついに3万人を超えることになるのです。バブ ル崩壊、経済不況、倒産、リストラ、失業、過重労働…“さもありなんの感”であります。2)「か かりつけ医のメンタルケア」〜以前に山本先生からもご指摘を受けたのですが、かかりつけ医療 機関によるメンタルケアが重要だということであります。やはり、小生(整形外科)などは、も う少し勉強して、“痛み”に悩む患者さんと同じ目線に立ち、心理的サポートをしていかなければ ならないということをあらためて痛感いたしました。アルコールへの逃避、絶望感、自責感、閉 塞感…うちあたいする鋭いキーワードの連続でありました。3)「TALK!」〜Tell:心配してい る旨伝える。Ask:率直に尋ねる。Listen:傾聴する。Keep safe:一人にしない、安全を確保す る。これは、近藤先生の紹介した「自殺願望を打ち明けられた時、周囲の取るべき基本的な構え 方!」であります。「自殺予防」対策で最も重要な要素は、“希望”が見えることや、“ふれあい” が感じられること…といった素晴らしいメッセージで理路整然とした講演が終了となりました。本 当に有難うございました。

次に、山本クリニック院長〜山本和儀先生から、特に産業医の立場におけるメンタルケアのお 話がありました。膨大な情報をお持ちの山本先生のコメントは、何度聞いても重い説得力を感じ るのでありますが、今回、特に気になったポイントは、1)学校の先生の休職数が年間300人を超 えるという事実…。2)県職員の自殺死亡者が以前は10年間で9人であったのに対し、昨年は半年 で3人であったという事実…。3)沖縄県の女性の自殺が極端に少ないという事実…。近藤先生も 話をされておりましたが、沖縄県の高齢女性のライフスタイルの検討が、今後の「自殺予防」の ヒントになりうるとの事でした。その後も、忌憚のない質疑応答が行われ、予定時間をはるかに オーバーするほどの白熱した懇談会でした。

最後に、一般医における「自殺予防」へのかかわり方についてですが、うつ病患者の約90%が 内科・婦人科・整形外科など精神科以外の科を初診しているとのことですので、詳しい診断は無理 だとしても、うつ状態を確認し早々に精神科へ紹介することが重要であると考えるのであります。 ある月刊誌に、大阪における「一般医・精神科医ネットワーク(G・Pネット)」構想の話が掲載 されていました。精神疾患における情報の共有、患者紹介などを通して連携を深め、開業医・勤務 医など所属を問わず、各科の医師・産業医・学校医・精神科医・さらに弁護士も加わって、懇談会 を開催したり、インターネットによる情報ネットワークの構築を行っているとのことでした。交通 死亡事故(年間約7,000人)撲滅キャンペーンと同様に、自殺(年間約3万人・1日約80人)撲滅 キャンペーンを、家庭・職場・学校・地域・医師会・行政など大きなネットワークの中で大々的に とり行う必要があると思うのであります。今後、沖縄県においても、「G・Pネット」のような連 携機能の充実が図られ、自殺防止につながっていくことを切に切に願っております。