浦添総合病院救急総合診療部 澁佐 隆
この度、FM21「ゆんたく健康トーク」に出 演させて頂く機会があり、その時に準備した資 料を元に加筆してみました。
H17年4月より浦添総合病院に勤めています。 きっかけは群星沖縄臨床研修センター長の宮城 征四郎先生に紹介して頂き、同病院の井上徹英 副院長に病院を案内して頂いた事でした。北海 道では主に呼吸器内科医として勤務していまし たが、浦添総合病院では救急総合診療部に所属 し、総合内科医として入院患者の診療に従事し ています。
米国総合内科学会によると総合内科医とは、 ‘複数の慢性疾患を有する大人の患者を長年に わたってフォローするために必要な知識、技 量、態度を有する医師’である。
日本における総合診療は高度の臓器別専門診 療を誇っていた病院で、専門診療の谷まで、医 療への不満を持つ患者が少なくない事態を打開 するために導入された。
一般病院での総合診療は、研修医教育を中心 に、内科全般の疾患を網羅する。救急医療の初 期対応や、地域との連携を推進する原動力とな り、地域医療支援病院としての役割に貢献す る、病院全体の高度専門医療を推進し、専門科 との調整役を果たし、患者のために奉仕する。
残念ながら、力不足の私は、理想の総合内科 医とはほど遠く、日々知識不足に悩まされてい る。研修医教育どころか研修医に助けられなが ら日々診療に励んでいるのが実情である。私が担当している患者は、大多数が高齢者である。 浦添に勤務して以来高齢者医療について私なり に考えさせられている。
2004年度我が国の平均寿命は男性78.64歳、 女性85.59 歳であり、65 歳以上の高齢人口は 20%を超え、2015年には25%が高齢者という 超高齢社会を迎えることが予想されている。
65〜74歳の前期高齢者では個体の老化の徴 候が明瞭になってくるが、日常生活に大きく差 し支える機能障害を有する率はまだ低く、元気 で活動的な人が多い。英語でyoung-oldと呼ば れる。これに対し、75 〜89 歳の後期高齢者、 90歳以上の超高齢者では高齢者特有の対処の 仕方が必要となってくることが多い。日常生活 に関連した機能が低下し、全身の身体機能の保 持に対する注意が必要となる。
老年期に多い臨床徴候であって、種々の原因 で起こるが原因のいかんを問わずその徴候その ものに対する対症的なアプローチが必要なも の。誤嚥、転倒、認知機能障害、尿失禁などが 代表的である。それ故、老年疾患として骨粗鬆 症、認知症、動脈硬化性疾患(特に脳血管疾 患)などが代表的な疾患である。
整形外科医から内科的管理についてコンサル トされることがある。転倒・骨折と寝たきり防 止について調べてみた。
1)転倒・骨折
大腿骨頸部骨折は自由に外出できる元気高齢 者の割合を約2/3にする、寝たきり高齢者の割 合を約2.5倍にするなど、身体機能を著しく低 下させる。
国内の大腿骨頸部骨折発生件数は、1987年 に約53,200件であったが、2002年には約 117,900件と2.2倍にも増えてしまった。
大腿骨頸部骨折の原因として約85%の患者が 転倒をきっかけとしている。大腿骨頸部骨折の リスクに最も関与しているのは転倒の方向で、側方向への転倒はリスクが5.7倍に高くなり、続 いて立位や1段上のステップからの転倒など打 ち付けた際にかかるエネルギーで、それが大き いとリスクが2.8倍となる。3番目が低骨密度で そのリスクは2.7倍になるとの報告がある。
2)寝たきり防止
筋力と体のふらつきとは関連するといわれて いる。ストレッチ体操、下腿・臀部の筋力増強 運動、そしてバランス能力向上にかかわる応用 訓練などで歩容を安定化させることが転倒予防 に有効となる。
転倒予防教室などで訓練し、転倒予防策をと ることにより、転倒・骨折頻度は約1/2に減少 することが分かっている。
ヒッププロテクターを装着することにより、 大腿骨頸部骨折の発生率を半減できる。薬物療 法(アレンドロネート等)も大腿骨頸部骨折を 半減できたとの報告がある。
骨粗鬆症財団の推計値によると、国内には約 1,073万人もの骨粗鬆症患者がいる。骨粗鬆症 患者に対して、薬物療法、転倒予防、ヒッププ ロテクターでのガードなどを組み合わせた予防 策で大腿骨頸部骨折の発生頻度を1/8に少なく する事ができる。
最近では女性の1/2は85歳以上にわたって人 生を楽しめ、国内には90歳以上の高齢者が100 万人を超えることが分かっている。これらの高 齢者の身体面で生活の質を低下させる60%が転 倒・骨折、および加齢に伴う衰弱である。筋力 増強などによって転倒・骨折を防ぐとともに、 外出し社会と交流することは寝たきり防止、健 康長寿に欠かせないことが分かっている。
100歳のお婆ちゃんがトイレから出てこないこ とに娘が気づき、当院に緊急搬送され、入院と なった。右中大脳動脈領域の心原性脳梗塞であ った。何とか急性期を乗り越え全身状態が安定 し転院できたが、意識は戻らないままであった。
92歳のお婆ちゃんが、デイケアサービスから 施設に戻る際、車から降りた時に転倒され当院 に搬送された。右大腿骨頸部骨折であったが、 諸般の事情で手術せずに保存的に対処すること になった。心臓喘息を合併しており、私が担当 になった。喘鳴は利尿で軽快した。車椅子離床 を目指してリハビリ開始となったが、移動など で激痛が生じる事があり、顔が苦痛でこわばる ことが見受けられた。患者は自力で歩けなくな ってしまったことを後悔している様であった。
以上の例からも、今まで歩けていた人が突然 歩けなく、もしくは動けなくなることが老人に は起こりやすいと思われる。転倒を恐れるあま り歩かなくなると、引きこもりがちになる。引 きこもりも寝たきりになる要因となる。
老化することは誰しも避けられない。そうで あるならば、健康に老い、充実した人生を送っ て天寿を全うすることが理想の人生であり、無 駄な医療費を節約したい国にとっての究極の目 標であると思われる。日々、高齢者の医療に携 わりながら、患者および家族の方から自分にと っての老いについて教わる毎日である。
いつの日か私自身も動けなくなる日が来るの である。どうせ動けなくなるのなら、動ける間 は精一杯体を動かしてみたいと願っている。
参考文献
1.日本内科学会:総合診療の現状と展望.日
本内科学会雑誌,2003;92:2317-2336.
2.日本医師会:高齢者医療の特徴.日本医師
会雑誌,2006;6:1253-1308.