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看護師内診問題から

みやこ母子クリニック 砂川 恵栄
(宮古地区医師会)

日本有数の大規模産科医療施設で、看護師が 内診をしていたことが保健師助産師看護師法 (保助看法、昭和23年法律第203号)違反だと して警察の大捜索を受け、マスコミに大々的に 報道されました。同業者であってみれば、我が 身に降りかかった火の粉も同じで、情報を渉猟 し愚考を重ねざるを得ず、あれこれ尋ねまわ り、最近なんとか事態の理解に達し進むべき方 向が見えてきたように思えます。専門が同じで も事態把握にかなり難渋しましたので、医師会 員諸兄も専門を異とすれば事態がうまく飲み込 めず困惑されている方もおられるかと思い、こ の機会に私見を披露させていただきたいと思い ます。

内診とは分娩経過中に腟内にいれた手指で子 宮口の開大度、展退度、硬度、位置、児先進部 下降度をみる行為で、特に開大度、下降度を経 時的に頻繁にチェックしていくことで分娩の進 行を把握していきます。

時に長時間に渡る分娩経過で随時に頻回に行 なうことがあるため、産科病棟内医療従事者が 誰でもいつでも実施可能という条件が必要で す。ちょうど重症患者の血圧測定のようなもの で、医師でなければいけないとかICU看護師だ けとかいっていられないものです。自動測定装 置が望まれる領域であり、血圧については実現 してるわけですが、内診については開大度につ いてのみ試作機をみたことがありますが、まだ まだ実用にはという段階のようです。その内診 を看護師にさせないというのであれば、ことは 深刻です。

看護師内診は保助看法違反でも、助産師充足までの緊急避難として、環境整備までの温情的 措置として認めてほしい、警察の捜査・送検は ひどいというのが私の最初の認識でしたが、調 べていくうちにそうではない、少なくとも以前 の看護師による注射のように合法化してもらい たいとなり、そして今は、医師の指示下での看 護師内診は決して保助看法違反ではない、厚労 省医政局看護課の通達こそ是正されるべきもの であり、ゆがんだ意図のもとに出されたもので はないかと考えるにいたっています。

保助看法は第3条で、

この法律において「助産師」とは、厚 生労働大臣の免許を受けて、助産又は妊 婦、じょく婦若しくは新生児の保健指導 を行うことを業とする女子をいう。

同法第30条で、

助産師でない者は、第三条に規定する 業をしてはならない。ただし、医師法 (昭和23年法律第203号)の規定に基づ いて行う場合は、この限りではない。

とされ、結局、助産は、保助看法下で助産師が 行なうものと医師法下で医師が行なうものとが あることになります。

そして、医師法第17条で、医師でなければ 医業をなしてはならないとあるから、前者 は非医業としての助産、後者は医業としての助 産ということになります。

そして、助産の歴史をふりかえってみると、 この医師法・保助看法が制定された昭和23年 頃は非医業としての助産と医業としての助産と 二通りの助産が並行して行なわれていたことは まさに歴然としています。研修医の頃に聞いた 話ですが、若かりしK教授が大学で難産症例に 奮闘していた頃、自宅では奥様が助産師の介助 でお産をされていたそうです。まさに医業とし ての助産と非医業としての助産の並列です。

このように、整理しますと、助産には、

  • 1)保助看法の下で助産婦が行なう非医療 (業)行為としての助産
  • 2)医師法の下で医師が行なう医療(業)行 為としての助産

があることになります。

そして、保助看法第37条で、(保健師、助 産師、看護師は)診療器械を使用し、医 薬品を授与し、医薬品について指示をし その他ーーー衛生上危害を生ずるおそれ のある行為をしてはならない。ただし、 臨時応急の手当をし、又は助産師がへそ の緒を切り、浣腸を施しその他助産師の 業務に当然に付随する行為をする場合は、 この限りではない。とあり、

保助看法第38条で、助産師は、妊婦、産 婦、じょく婦、胎児又は新生児に異常が あると認めたときは、医師の診療を求め させることを要し、自らこれらの者に対 して処置をしてはならない。とされている のであるから、1)の保助看法の下で助産婦が行 なう非医療行為としての助産はいわゆる正常分 娩の助産ということになり、2)の医師法の下で 医師が行なう医療行為としての助産はいわゆる 異常分娩の助産ということになります。

しかし、正常分娩といっても結果的にそうい えるのであって、前もって正常分娩を保証され る分娩はありえません。このような正常と異常 が瞬時にめまぐるしく交替するお産の特徴とあ いまって、お産の知見と技術が高度化している こと、少子化傾向でお産の1例1例がゆるがす ことができないことなどから、近年異常の発生 前からお産を医療機関でみることが増え、いま や分娩の95%以上が医療施設で行なわれてい る現状です。結果的に正常分娩となったときも 医師法の下での医師による分娩は医療行為であ り、予防医療と解釈されます。医師法の下での医師による医療行為であれば、医師の指導・監 督のもと医療補助者(コメディカル)に医療補 助行為をしてもらうことができます。内診は血 圧測定・採血・注射のような医療補助行為であ り、医師の監督・指導下で看護師が実施するこ とができ、医師に報告のうえ医師の診断に従う ことになります。

ここで例えば、レントゲン撮影と違うのは、 レントゲン撮影については診療放射線技師法で 第24条 医師、歯科医師又は診療放射線 技師でなければ、(同法)第2条第2項に 規定する業をしてはならない。と明記され ており、医師の指導・監督下でも看護師にレン トゲンを撮らせることはできないということで、 法律上は別の範疇になります。助産行為につい ては保健師助産師看護師法第30条で、「助産師 のみに限る」と規定したのち、但し書きで「医 師法の規定に基づいて行う場合は、この限りで はない。」と否定し、第38条で助産師は異常が あるときは医師の診療を求め助産師が自ら処置 をしてはならないと明言しておりますので、法 は助産においても医師の裁量を最重視している と解釈されます。100歩譲って看護師の内診が 適法か否かは、内診が医療補助行為か助産行為 かの判断によるということにしても、助産行為 の具体的な内容は法的に規定されていないので すが、助産現場の実際のありようや保健師助産 師看護師法制定以後の50年余の実情からも「内 診は、分娩介助(助産行為)とはちがい、助産 師のみに限られない医療補助行為である」とす るのに現場の異存はないと確信します。もちろ ん、助産師がいる場合は助産師が内診を行な い、正常かどうか判断することができます。助 産師は正常と判断すれば分娩介助(助産行為) まですすめることができます。但し、助産師の 監督・指導で看護師に内診を行なわせることは できません。分娩介助の際、かなり高頻度で発 生する会陰裂傷についても異常となりますの で、助産師による縫合などはできないことにな ります。もちろん会陰切開はできません。同様 に急速遂娩としてかなりの頻度になる吸引分娩 も助産師ではできないことになります。胎児切 迫仮死で児心音低下がおこったときも、体位変 換まではできても酸素投与はできないことにな ります。その体位変換も厳密にいえば異常分娩 への対応ですから医師の指示が要件となるでし ょう。私は個人的には助産師は医師の指導・監 督下であれば会陰裂傷縫合(浸潤麻酔をふく む)、会陰切開(浸潤麻酔をふくむ)、胎児ディ ストレスの酸素投与などは可としたほうがお産 の現場のニーズに適合すると考えるのですが、 現行法上は違法ということになります。

お産への医療介入の適応は厳密にすべきです が、逆にお産への医療介入を嫌うあまり、正常 分娩の枠内にむりやりに押し込んで必要な医療 処置をも避けてしまうことは、より以上に慎む べきことで、たいへん危険なことです。

お産が本来正常と異常が瞬時にいれかわるこ と、非医療行為と医療行為がめまぐるしく交差 すること、筋書きのないドラマであることを考 えると、お産はますます医療化それも高度医療 化していくものと思われます。産科医が全体か つ最終の解決を計り責任をとり、助産師と看護 師が医師をサポートしていく産科医療が今後の めざす方向だと考えます。現代の日本で医師主 導のお産が普及していて保助看法下の助産師の みによるお産が全分娩数の1%程度となってい ることが、表1にみるように、日本のお産が世 界最高の安全なレベルを実現できている最大要 因だと考えます。それはまた先進国で最も安価 な産科医療でもあるのです(表2)。

表1.新生児死亡率と妊婦死亡率の、60年前との比較

年  度 新生児死亡数 妊婦死亡数
昭和23年(1948年) 64,142人
4,117人
平成16年(2004年) 1,622人 49人
1948年/2004年 (1/40) (1/84)

表2.お産料平均各国比較

アメリカ
100万円
イギリス 80万円
日本 30万円(助産所分娩もほぼ同額)

それではなぜ、厚労省看護課はこのようなまずまずうまくいっているお産の状況で、助産師 と看護師の対立も就職争いもない中で、看護師 の内診を違法とする強引な通達を出し、日本の 産科医療に混乱を惹き起こしているのでしょう か?

納得できる解釈ができず悶々としてきました が、情報を得ていくうちに少しずつ筋書きがみ えてきたように思います。

まず、厚労省医政局看護課の課長職は看護師 資格がなければつくことができないいわゆる技 官ポストで、代々助産師がついており、退官後 は看護協会・助産師会の幹部に就任することが 慣例のようです。看護協会・助産師会は国会議 員3人を擁し、そのおひとりである南野知恵子 氏は法相時代にその特異なキャラクターと能力 で名をはせた方です。その看護協会・助産師会 の政治力は医師会をはるかにしのいでいるのだ そうで、20万人近い会員がいて、巨額の政治献 金をしている大圧力団体のようです。これでは 看護協会・助産師会の意向を受けて厚労省が動 いたという解釈に説得されてしまいます。ま た、看護課は上部組織である医政局も手を焼く ほどactiveで”ideologisch”だという情報も あります。しかし、看護協会・助産師会の主張 である看護局通達の看護師内診違法がまかり通 って、お産の現場が混乱し、産科医療機関が閉 鎖されていくと、助産師・看護師も職場を失う のではないか? そのような疑問については次 のような眉唾のようなそうでないような解説が あります。

「一時的にはそうですが、出産施設の減少が社 会問題化することによって世論の後押しを受 け、将来的には、助産師の地位を“助産医”的 な存在にまで向上させ、いずれ医師抜き(現行 の嘱託医制を廃止し)、助産師だけで出産施設 を運営(助産行為の範囲を拡大)しようという 目論見があると言われています」(週刊文春 '06年10月5日号)。

ほんとかな?という感じですが、助産師会の HPをみると、助産施設開業支援に熱心であり、 産科医からの独立を望んでいる様子です。看護 協会・助産師会は一体に地位向上運動にたいへん熱っぽく、ことあるごとに医師と同等同等 と、まるで開放運動のように思えるところがあ ります。南野法相の時に保健婦・助産婦・看護 婦が保健師・助産師・看護師と改称し、看護師 などは「看護」と「師」が矛盾かなと思った り、弁護(士)、保育(士)、博(士)、消防 (士)、楽(士)、楽(師)、技(師)、漁(師)、 猟(師)、医(師)、40歳未満は医(士)が元気 そうでいいかなと思ったり、ずいぶんと頭が捩 れたものでした。

産婦人科医会のクローズドなメーリングリス トに匿名で脅迫的な書き込みがされたので、IP アドレスを調べたところ、何と厚労省看護局内 のパソコンから発信されていました。mihoka というのが匿名の偽名でしたが、そこには「阿 部みほか」という名前の主査がいたという「み ほか事件」というのも最近ありました。どうも 看護協会・助産師会と厚労省看護課の一体とな った胡散臭い動きがありそうな雰囲気です。 ('06年8月24日から25日までの間にヤフーのフ リーメールを使用しIPアドレスは厚労省で送信 名mihokaのメールが3通、私もそのメーリン グリストのメンバーですので事実としてヴィヴ ィッドに見聞しました)

インターネット等に求めれば、他にもいろい ろと情報・解説・主張があり、まだ次々と追加 されている状況ですが、これまで知りえたこと で私なりに愚考いたしますと、

結論:看護師内診は保助看法違反ではなく、医 師法のもとでの適法な医療補助行為です。厚労 省看護課通達には不純な政治的意図が見え、現 在の産科事情に反し、産科の将来像にも齟齬し ます。

追記:当院では医師法のもとで産科医の管理指 導により助産師・看護師が医療補助をする 医療行為としての分娩を行ないます。保助 看(保健師助産師看護師)法のもとでの助産師 の管理による非医療行為としての分娩では ありません。お産は自然分娩とか正常分娩とか いっても結果的にそういえるお産があるだけ で、前もって安全を保証されるお産はありえま せん。正常な分娩経過をたどっていながら、急 に母児が危険な状態に陥ることは、当院でも以 下の経験があります。

1)初めての妊娠で正常な妊娠経過、妊娠41週 の妊婦健診を受診時、NST(Non Stress Test)の最中に突然心音悪化し、体位変換や 酸素投与でも回復しない。

2)2回の正常分娩の既往、今回も妊娠経過順調、 妊娠38週の陣痛発来で入院、分娩監視装置 で心音・陣痛とも異常なかったのに子宮口 4cmまで開大した時点で出血増量・児心音悪 化、ひきつづき母親が血圧低下・意識消失。

1)、2)とも緊急帝王切開で母子とも救命しえ たこの半年間の当院での例ですが(1)は胎盤機 能不全、胎児ディストレス、2)は常位胎盤早期 剥離でした)、万一に備えた準備がなければ大変 なことになりかねませんでした。特に2)のお産は 救急車による搬送どころか、分娩室から手術室 への移送すら不可能なケースで、たまたま無痛 分娩希望で硬膜外チューブがはいっており、点 滴中でもあったことから、直ちに分娩台上で硬 膜外麻酔による帝王切開ができたので母子とも 救命しえたまさに九死に一生を得た症例でした。

そして、全てのお産が無事終わるまでは、こ のようなことが絶対にないとはいいきれないも のなのです。

このようなきびしい産科医療へ皆様のあたた かい御理解を得ながら、誠実に謙虚に精進し、 地域医療機関の連携を深め、どの地域にも負け ない安全で安心な良いお産のできる島にしてい きたいと思います。

そして、宮古島ではそれが充分可能だと考え ています。

追々記:このように思いを千々に巡らせている と、湧き上がってくる思いがあります。宮古地 区医師会のスローガンは「宮古島の医療はひと つ」ですが、今やまさに文字通り「宮古島のお 産はひとつ」を真剣に検討する好機ではないか ということです。これまでも宮古島では県立 宮古病院の産科とNICUを核に開業産婦人科と の連携で行なわれるお産システムがスムーズに 運営されており、他地域の範となっていると思 います。

しかし、今回の看護師内診問題は不当として も、産科医不足、小児科医不足、勤務条件のハ ード化、夜勤のある業務への人材募集難、産科 への要求水準の高度化、医療訴訟の増加等を考 えると、しかもそれは将来その度を増すであろ うと考えると、そしてまた厚労省のみでなく産 婦人科医会中央も産科医療の未来像として大規 模施設への統合集約化をすでに既定方針として いるらしいこと、そしてまたなによりもお産の 現場を身をもって長期間体験してきた産科開業 医からみても、現在のお産の現場が冷や汗もの の綱渡りであり、個人開業産婦人科が理想の医 療形態であるとはとても思えないこと、先に引 用したK教授の話のように、日本の三世代はそ れぞれ違うお産のあり方の中で産まれてきてい ることからわかるように、まだ変化のまっただ 中に日本の産科医療はあるということ等々を考 えると、宮古島の産科医療はこの機会に(折り よく、県立宮古病院の新築移転は具体化に向け 動き出し、しかも前倒しに急がれているようで す)、新生宮古病院を中核に他地区に先駆けた 集約化を図るべきではないかという思いがふつ ふつと湧いてきます。

宮古病院を核とするオープンシステムの産科 医療ということになりますが、具体的なありよ うはいくらでも考えられるように思えます。例 えば、妊婦健診は開業産科医でおこない、妊娠 36週(?)で宮古病院産科に紹介する、宮古病 院の産科医不足(特に当直問題)は開業産科医 が嘱託医として参加するetc.です。少数のハイ リスク妊婦は宮古病院で妊婦健診も行なうと か、宮古病院への紹介のしかたの詳細とか、検 査や記録の統一とか、嘱託医の身分待遇問題と か詰めなければならない問題も多々あると思い ますが、宮古島では他のどの地域よりもそれが 実現可能でその成果も大きいように思えます。 如何でしょうか?

想えば、国費医学留学生として米施政権下の 沖縄から東京の大学へすすみ、故郷の島へ産婦 人科医として戻るときの技量の目標は「ナース 相手で緊急帝王切開ができる」でした。そして そのように島の県立病院の産婦人科開設者とし て帰郷しました。他科の医師の応援を得ること ができ、ナース相手というわけではありません でしたが、いわゆる一人医長として7年余、理 不尽な不当逮捕の犠牲者である福島県大野病院 産婦人科の一人医長は「明日は我が身」ならぬ 「昨日の我が身」でした。「立ち去り型サボター ジュ」ということばも思いつきませんでした が、まったく医師増員の動きがなく、どうせ一 人ならむしろ開業のほうが思いがかなうことが 多いと結論付けて、開業からはや20年、理想の 選択ではなく消去法での選択ですから万感込み 上げるものもありますが、幸い大過なく過ごせ てきました。息子も何の因果かとくにすすめも しないのに同業産婦人科医となりましたが、自 らの教訓から息子には早期の帰郷は勧めず、い ましばらく別の道を歩んでもらっています。

医学生の次男には、正直なところ、産婦人科 は避けよという気持ちです。親子ともども思案 の種は尽きないようです。

注:以上の論議や提案は開業産婦人科医の月例 勉強会の折などに話題として出させてもらいま したが、まだ“公議”に付されたものではな く、単なる私案かつ試案であることをお断りい たします。

補遺:本稿は、医事新法2006/10/14号掲載の 八木謙先生の論考「看護師の内診は違法か」に 触発され、同論への賛意を自己の内にも構成し ようと試みたものです。

補遺2:本稿は、「宮古地区医師会だより」'06 年11月号に寄稿・掲載されたものですが、当地 区医師会長のおすすめもあり、貴誌へも投稿さ せていただきました。