沖縄県立南部医療センター・こども医療センター
心臓血管外科 久貝 忠男
先日、親戚のトーカチ(米寿、88歳)があり、 親族で長寿を祝った。もちろん無病息災で齢を 重ねたのではなく、持病薬を飲み、時には手術 も受けて、現在の長寿と健康な肉体を勝ち得た のである。短命であった昔ではトーカチを迎え るのはごくまれで村や町をあげて祝ったらしい。 しかし、現在わが国は世界一の平均寿命を誇り、 2005 年度は男性78.64 歳、女性85.59 歳で、80 才以上は決して珍しくない。この世界にも類を みない急速な「少子高齢化」は、いかに「少子 化」を食い止めるか、「高齢者」の介護、医療を どうするか国策の大きな問題となっている。一 方、沖縄県は40 〜 50 代の健康が危ういと警鐘 されてはいるものの、現在でも日本有数の長寿 県であり、かつては敬遠されていた高齢者の心 臓手術(開心術)に遭遇する機会が増えている。 単なる高齢者ではなく、生活が自立し、目標を もった元気高齢者が増えていることが一因であ り、また、医療側では内科的治療やICU などの 周術期管理の進歩、手術手技の向上、医療機器 の性能や整備の改善に依拠している。
私は1994 年の県立那覇病院時代から2006 年 の南部医療センターの期間に約1,000 例の心臓 大血管外科手術に携わってきた。このうち、80 歳以上の超高齢者は65 例を数え、トーカチ (88 歳)以上は10 例、90 歳以上は5 例であっ た。92 歳が最高例であった。幸い、手術死亡い ないが、半数以上が緊急手術であったことを鑑 み、超高齢者の手術に常に疑問をもっていた。
患者さん及び家族の同意を得て、一つの症例 をご紹介する。
F.N さんは2002 年3 月13 日、87 歳4 ヶ月で 急性A 型大動脈解離を発症した。実はF.N さ ん、86 歳より、上行から弓部にかけ、50 〜 55mm の動脈瘤を指摘されていたが、高齢を理 由に手術を拒否していた。幸い解離は DeBakey のII 型で、上行置換のみを行った。 年齢から予後は長くないと考え、救命を優先 し、弓部は放置した。家族も本人も私自身もそ の後の弓部の追加手術には触れようとはしなか った。しかし、2006 年8 月3 日呼吸困難、嚥下 困難のため、救急車で来院した。弓部瘤が8cm に拡大し、気管と食道を圧迫し、瘤の拍動が薄 い胸壁から確認できた。91 歳8 ヶ月になってい た。破裂の危険も高く、手術以外に救命の方法 はない。意識は清明で、亀背はあるがそれなり にADL も高い。完全弓部置換は手術成績が安 定してきているとはいえ、現在でも難易度の高 い手術である。特に、脳合併症は何としても回 避したかった。患者や家族への十分な説明と万 全の合併症対策を講じ、無事手術を終えた。写 真は退院前の笑顔で、11 月26 日には満92 歳の 誕生日を迎える。本症例は無事手術を乗り切っ たとはいえ、すべての外科医が持つ超高齢者の 手術適応の難しさを内包している。90 歳以上 の心臓大血管手術の文献を検索すると、症例報告が散見される程度である。それも緊急CABG、 急性A 型解離で、ほとんどが緊急手術である。 超高齢者であるという理由から手術をはじめと する積極的な治療、検査を行わなかった結果、 最終的に緊急手術を余儀なくされ、緊急手術と なったがため救命できない例が少なからず散見 される。この年齢になると患者や家族がよほど 強く希望しないかぎり待期手術は施行されない ようである。「90 歳まで生きたのだから、心臓 の手術なんて・・・」これが現状のようであ る。しかし、瘤の拡大、難治性心不全は手術時 期を逸する可能性が高い。「運命」と捉えるこ とも出来るが、手術治療があることを考えると 内心忸怩たる思いがする。
高齢者の呼び名も時代とともに変わり、いま では70 歳以上を指すことが多い。80 歳以上の 手術が増えるにつれ、最近では70 歳は“若い” と感じるようになった。「ひとは動脈とともに 老いる; A man is as old as his arteries.」とは 有名なWilliam Osler の言葉である。年をとれ ば、循環器疾患は増える。そして急変すること が多く、緊急性も高い。「年だから、本人も家 族も何もしないで」と言っても、急変時は「さ っきまで元気だったのに・・・」と手術を望む 家族は多い。ならば、条件の悪い緊急ではな く、条件の整った待期で手術適応を吟味すべき だったと条件を悪くしたことを悔やむ。もちろ ん、最初の決意を貫き、手術せずに天寿を全う した患者さんも経験している。従来、超高齢者 の手術に“決まった方程式”はなく、case by case で対処しなくてはならなかったが、今後も そうであろうか?。2006 年の長寿番付をみる と100 歳以上が28,000 人を突破し、沖縄県には 268 人の百寿者がいる。人口10 万あたり54 人 で全国トップである。沖縄では近い将来、90 歳 があたり前になり、100 歳の心臓手術も荒唐無 稽ではなくなる。心臓手術は人工心肺を使用す るため、他の手術よりも過大侵襲と言われる が、心拍動下冠動脈バイパス手術をはじめ、低 侵襲化している。心臓外科医はさらに安全性を 高め、良質な手術を提供しなくてはならない。トーカチの次ぎはカジマヤー(97 歳のトユシビ ー)である。カジマヤーは最高の長寿祝いであ り、盛大な祝賀が催される。「超高齢化時代」 の超高齢者に対する心臓手術は本人、家族、医 療側にも重い課題である。
★リレー状況
−平成14 年以前掲載省略−
32.川平稔先生(コザクリニック)Vol. 39 No. 1
33.長嶺文雄先生(湘南病院)Vol. 39 No. 4
34.松岡政紀先生(北部病院)Vol. 39 No. 7
35.小橋川悟先生(読谷村診療所)Vol. 39 No. 10
36.鳥谷裕先生(ライフケアクリニック読谷)
Vol. 39 No. 12
37.玉井修先生(曙クリニック)Vol. 40 No. 3
38.田川辰也先生(琉球大学大学院医学研究科
薬物作用制御学分野)Vol. 40 No. 4
39.藤本奈央子先生(徳山クリニック)Vol. 40 No. 6
40.戸澤雅彦先生(安立医院)Vol. 40 No. 9
41.大湾勤子先生(独立行政法人国立病院機構
沖縄病院)Vol. 40 No. 11
42.宮城茂先生(独立行政法人国立病院機構
沖縄病院)Vol. 41 No. 2
43.祝嶺千明先生(しゅくみね内科)Vol. 41 No. 3
44.宮城裕二先生(みさと耳鼻科)Vol. 41 No. 4
45.親川富憲先生(おやかわクリニック)
Vol. 41 No. 6
46.折田均先生(ハートライフ病院)Vol. 41 No. 7
47.湧田森明先生(わくさん内科)Vol. 41 No.9
48.宮良球一郎先生(宮良クリニック)Vol. 41 No.10
49.蔵下要先生(浦添総合病院)Vol. 41 No.12
50.樋口大介先生(独立行政法人国立病院機構
沖縄病院)Vol. 42 No.3
51.古謝淳先生(南山病院)Vol. 42 No.5
52.城間清剛先生(城間クリニック)Vol. 42 No.7