いなふくクリニック 稲福 薫
とんでもない荒唐無稽な話をしているように 聞こえると思いますが、これは本気の話です。 実は、わたしたちが毎日たずさわっている医療 の中に、この危機に瀕した日本や地球を救う原 点があるのではないかという話です。
人間の心の奥底にはだれしも全体の心という ものがあるのではないでしょうか。人は生まれ ついて自分のことだけではなく他人や地球や人 類全体のことを思う心をみんなが持ちあわせて いるのではないでしょうか。子供達に「このま までは地球はあぶない。地球を救おう。人類の 未来を考えよう」と言うと誰でもうなずくはず です。中でもそんな感覚の強い人間が医者にな ったのではないでしょうか。しかし、その後の 人生でいつのまにか自分のことにかまけたり、 あるいは心が現実にのみ込まれたり、仕事や生 活にあくせくしているうちにその全体の心を忘 れてしまったような気がするのです。そのよう に生きてきて今思うわけです。今までの人生は 何だったのだろう。何のために頑張ってきたの だろう。それなりに仕事をやりとげ、家族を養 い、趣味も色々あるけど、だから何なの?何か もっと大切なことを忘れているのではないか? と感じるわけです。
というのも、今まで自分が積み重ねてきたも のはいずれも死んだら終わりになるものです。 「だから何なの?」という言葉で一つ一つ消し ていって、それでも消えないであとに残るもの って何だろう。それは自分の死を超えて後世の ためにしておくべきことではないか。これが死 ぬまでにしなければいけないことではないかと 思ったわけです。
人には誰にでも故郷への愛情があるように、 この生まれ落ちた地球への愛着があるでしょ う。今、みんながその心に戻らなければいけな い時代になっているような気がするのです。一 昔前には隣部落同士でいがみ合っていた人間で も時代が変わって同じ県人としてまとまるのと 同じように、地球人同士でいがみ合っているの をみんなが変だと感じています。
命を扱う立場にある医者ならなおさらで、地 球上にいる人間や動物、植物といった命を代表 してみんなが救われる道を模索する責任のよう なものがあるような気がするのです。
しかしながら、衣食足りて礼節を知るといいま すが、地球のこと、人類のことを思えと言ったっ て、毎日が食うや食わずの生活をしている人間で は余程の天才でない限り無理かもしれません。だ から、衣食足りたわれわれが代表してそれをしな ければいけないような気がするのです。
それでは、どのようにして医者が地球を救う のでしょう。それは医療の原点に戻ることでは ないでしょうか。それが愛の医療です。それは、 医療の原点というより人間の原点でしょう。
患者は医者に命を預けます。そのときに、医 者が自分の家族と同じ様にわけへだてなく、自 分自身を見るように誠心誠意患者を診ること。 それを外に向けたパフォーマンスとして行うの ではなく、自分自身の心に誓って行うこと、そ れが愛の医療ではないでしょうか。それなら私 はいつもそうしていると言う人はそのまま続け ていただければいいのです。実はそんな人間が 次第に少数派になってきているのではないでし ょうか。
よく注意してみるとわかります。今の社会は 自分の隣にいる人を、ちょうど電車に一緒に乗 っている背中合わせの他人を見るようにして見 ているのではないでしょうか。それは自分と他 人の間に壁をつくる目です。表面は愛想のいい 顔をしていながら。それが愛とは逆の目、すなわち断絶の目です。そんな目が無意識のうちに 一人一人に染み付いてこの社会の根底を作って いるのではないでしょうか。そして、その影響 で医者も自然にそんな目になってしまったので はないでしょうか。
この目こそがこの世界の根源的な問題ではな いかというわけです。そして、その源は私たち 一人一人の心の中にあるのではないでしょう か。だから、地球や人類を救うのに、どこかに 何かをしに行くのではなく、私たち一人一人が 自分自身の心に気づき、自分で自分の意識を変 えていくことからしか始まらないのではないか というのです。
この地球上には愛の心と断絶の心がせめぎあ っています。断絶の心がはびこると愛が駆逐さ れます。そして、断絶の心は自己中を蔓延さ せ、人間不信を撒き散らし、孤独と恐怖をもた らし、みんなを競争に駆り立て、苦しみに導き ます。それがこの社会の現実ではないでしょう か。殺人、強盗、放火、暴行、詐欺、これらは すべて断絶の心が蔓延し、愛を駆逐しているか らではないでしょうか。地球規模で戦争や破滅 の危機が進行しているのもそこに原因があるの ではないでしょうか。
何千年や何百年も前の昔ならそれでも地球は 平気だったのかもしれません。なぜなら人間の 数に比べるとまるで無限のように巨大で圧倒的 な地球の存在があったからでしょう。しかし、 このように人間が地球上にあふれてしまったら 実は地球が無限ではなく、人間の暴走が地球全 体を危機に陥らせているということは誰でも知 っていることです。しかし、そんな危機にあり ながらも人類は暴走し続けています。それはち ょうど鼠の大群がお互いに競争しながら海にな だれ込んでいるようなものでしょう。鼠の一 匹、一匹は何かおかしい、このままでは危な い、と感じながら、あきらめて競争に身をまか せているのです。
医療界でも同じことが起こっています。厳しい医療経済情勢に影響され、いつのまにか算術 医療が大勢を占め、原点である愛の心が次第に 失われています。そして病院に断絶の心が蔓延 すればするほど、いよいようわべだけの愛想顔 が励行あるいは強要されています。そのことで みんなが苦しんでいます。医療人が何のために 医療をしているのかわからなくなり、夢と希望 を失っています。特に若い人たちほど混乱して います。こんな現状を打開し、次世代を担う若 い人たちが夢と希望をもって医療に携わっても らうためにも、われわれが原点に戻る努力をし なければいけないと思うのです。
でも、そんなに現実はあまくないよ、愛では 食えないよ、という人もいます。そのようにし てみんながあきらめて現実に流されているので す。本当にそうなのか、まず実践してみてはど うでしょうか。
どのようにして実践するのでしょう。「患者 に愛を!」「地球を守ろう!」などと書いたプ ラカードを持ってデモをすること?それは違う でしょう。何かの政治団体や宗教に入ること? それも変でしょう。どこかに寄付をすること? もっと大切なことがあるでしょう。国境なき医 師団に入ること?医者のみんながそんなことを してもしょうがないでしょう。
もっと本質的で重要なこと、その鍵がわれわ れの現場の医療の中にあると思うのです。その ことについてもう少し、説明してみたいと思い ます。
一本の草花が咲いています。その草花が咲く ためには、太陽が必要ですし、雨が必要です し、大地が必要ですし、風が必要です。そして まわりの草花との共生や受粉などという協力が 必要です。そのように、ひとつの草花はまわり のものすべてとつながってこそ生存できていま す。これは厳然とした事実です。だから、時期 がきたらちゃんと一斉に申し合わせたように花を開くことができるわけです。人間一人が花開 くためにも同じことが言えるのではないでしょ うか。人間も取り巻くすべてのものと心がつな がってこそ花開くのです。これを愛といってい るのです。しかしながら現代の人間は逆に、一 人一人が「私」という壁をつくり、他人や、取 り巻くすべてのものから、自分を孤立させてい ます。これが愛の反対、断絶の心です。これが すべてをうまくいかなくさせている原因であ り、一人一人がそこから抜け出すことが必要で はないかというわけです。
愛は個人の思想信条や立場を超えて人間の心 をつながらせるものです。今の世界は思想信条宗 教によって人間が断絶され争い、戦争にさえなっ ていますが愛にはそれを超える力があります。
愛の原点は母親がわが子を抱いている姿にあ ります。子供は母親に抱かれて安心し、母親も 子供を抱いて安らかにしています。例えば、子 供の考え方がどうであれ母親は息子を愛しま す。母と子は思想や宗教が一致したから結ばれ ているのではなく、それを超えた心で結ばれて います。わたしたちが日常診療において幸せと 感じるのも心がこの状態にあるからではないで しょうか。例えば、どんな思想宗教を持った患 者であるかは関係なく患者と医者の間では信頼 関係が築けます。患者が治って喜ぶ顔を見て幸 せと思い、患者も治してもらって幸せと思う。 たとえお互いに立場や考え方は違ってもそこに は心が通じ合うことの幸せがあります。すなわ ち愛が医療の原点であり、それが究極的に心や 体を癒す力で、人間がもどるべき原点ではない でしょうか。
ここで、「わかった。でも本当にこんなもの で地球や人類が救えるのか」という疑問がある でしょう。「人類五十億人のうちのたった一人 や二人がいくらじたばたしてもどうにもならな いのではないか。それは燃えさかる大海にたらした一滴の水のようなものではないか」という 疑問があります。
でも、よく注意してみてください。人間一人 一人が砂粒のように孤立した五十億分の一と勘 違いしているから微力と思うのです。そんな勘 違いは先に述べたような、この時代の影響で個 人の心に染み付いた断絶の心からきています。 確かに心が砂粒のようにみんな離れ離れならど うしようもなく、そこには絶望しかありませ ん。実は現代が孤立からくる不安と恐怖の時代 になっているのもこの断絶の心の蔓延から来る ものです。
しかし、事実を良く見ることです。事実はそ うではありません。一滴の水も大海のすべての 水と同じです。たらされた一滴の水は大海と一 つになり大海全体に影響を与え大海そのものを 変えるでしょう。最近の科学研究によると、一 滴の水の分子は自然の対流により数年後には地 球の反対側にまで届いているといいます。その ように、人間一人の心は地球や人類全体とつな がっています。目の前のあなたと、東京駅前の ベンチに座っている人も、ロンドンの街中で新 聞を読んでいる人も、イラクで戦争をしている 人も、中国で反日デモをしている人も、心はみ んなつながっているのです。そう思いなさいと 言うのではなく、心の事実をよく見るとそうだ とわかるはずです。
うらみ、つらみ、などで心が離れ離れになる のも人類共通、それが共感で解消されるのも人 類共通です。あいつらはひどいやつだ。あの民 族は悪だ。あの国は悪だ。そんなイデオロギー によるレッテル貼りが断絶の心からくるのもす べて人類共通です。そのレッテルが国であり、 民族であり、地域であり、宗教であり、人種で あるわけです。その根源を追及していくと、わ たしたち一人一人の心が隣人と壁を作ることか ら始まっているというわけです。だから、1対 1の人間関係である私たちの毎日の医療の中に その解決の鍵があるのです。
心はつながっているから、共感した一人の人 間は必ず周りの人と共感します。例えば、ある一人の医者が一年で百人の患者と共感したとし ます。すると、共感した患者は必ずその後に出 会う人と共感します。これが人間のすごいとこ ろで残された光です。1人が1年間で数十人の 人間と出会うとします。百人×数十人=数千 人。その数千人がまた、数十人に出合う。数千 人×数十人=数十万人となります。これが愛の 広がりです。このようにして共感の心が地球全 体に広がっていくわけです。もちろん逆に断絶 の心もそのようにして広がりこの社会を窮地に おちいらせています。だからこそ、誰かが愛を 広げる必要があるのです。
今の時代はみんなが幸せになろうと努力して いるのになぜか不幸になっています。ここに何 か根源的な問題があるのではないでしょうか。
私が幸せであるためには、自分の家族が幸せ でなくてはならないし、そのためには職場の同 僚が幸せでなくてはならないし、そして患者が 幸せでならなくてはならないのです。すなわ ち、自分が幸せになるためにはみんなが幸せに ならなくてはいけないのです。なぜなら心はつ ながっているから。これは感傷や理想論などで はなく厳然とした事実なのです。この事実に気 がつかないで一人一人が断絶の心で孤立しなが ら自分だけ幸せになろうとするから逆に不幸に なってしまうのではないでしょうか。
例えば、オレオレ詐欺をしている人たちがい ますが、あれは他人を不幸にしてでも自分だけ 幸せになろうとしている行為でしょう。それも 断絶の心からくるものです。心はつながってい るから、人をだまして平気な彼の心は周りにい る人や家族にうつります。そのため彼の周りは 断絶の心の人だらけになります。そのことで彼 は孤独に陥り不幸になります。誰の罰を受ける わけでもなく、心がつながっているという事実 がその結果を招くのです。それは理屈ではな く、理想論でもなく、宗教でもなく、明白な事 実なのです。
心がつながっていることに気づいた人は自然 に自らの意思で行動をします。それは人から指 図されたり強制されて行うものではありませ ん。倒れている人に手を差し伸べるでしょう。 そうせざるを得ないから。人をだまそうとする と、できないと心が自分に言うでしょう。だま される人の苦しみがわかるから。そして、人を だますとめぐりめぐって自分が不幸になるのを 知っているから。いじめを見るとやめさせるで しょう。なぜなら心が痛むから。戦争で人を殺 せと指示されたらいやだというでしょう。なぜ なら自分が殺されるように思えるから。山や海 を汚すのはいやだと言うでしょう。それは自分 が汚されるように感じるから。彼のつながって いる心がそうせざるを得ないのです。そんな心 は動物や植物でさえわかります。いや、動物や 植物にこそ純粋な愛があるのではないでしょう か。わたしたちが動植物に癒されるのはここに あり、この地球上の動植物と共存するためにも 愛なのです。
人間なんてこんなものさ、と知ったかぶりの 悲観論者になってもしょうがないのです。わた したちの子や孫、そしてその先の未来にわたっ てこの地球上に生きていかなければいけないの も事実です。子や孫のためにいくら財産を残し てみても、地球が住めなくなるほど汚れ、ある いは戦争にでもなったら、何の役にも立ちませ ん。それどころか、そんなものを追い求めるあ まりいつのまにか愛を忘れ悲惨な事態になって いる家族が目の前に山のようにあるはずです。
愛の医療はその気があれば誰でも今すぐに実 践できるものです。別に勉強も努力も訓練も必 要ありません。なぜなら愛は誰でも生まれつい て持っているもので、今までの断絶の心で蓋を していたのを開けばいいだけのことです。そし て誰の指図も受けずに自分が愛だと思う医療を 実践すればいいのです。
例えば、今まで通り過ぎるようにしていた回診を「今日は天気がいいね」と患者と立ち話を してみたり、つい稼ぎばかり気にしていたのを 反省したり、つらい顔をしている患者に「どう したの」と声をかけたり、自分の医療が本当に 患者のためになっているか反省したり、外来で つい患者をさばいていたのを反省したり、そん な自分の日常の医療を自分自身で振り返ること から始まるのではないでしょうか。
人それぞれが実践した愛の医療は自然に波動 のように共鳴し、浸透し、つながっていくもの です。それは宣伝活動などといううわべなもの ではなく、この社会の心の深層でじわりじわり と共感によって浸透していくものです。あなた が実践すると患者やまわりの人間は必ず答えて くれます。なぜならすべての人間は心の奥底で は愛を求めており、苦しんでいる患者ほど愛の 医療を求めているから。それによって誰も犠牲 になることはなく、それどころか自分の家族が 本当に幸せになることでもあるのです。誰に許 可を得る必要もなく、あなたや私が一人で勝手 にやればいいのです。公言するのが恥ずかしい なら黙って一人でこっそりやることです。それ が本物かもしれません。
これが理想的な愛の医療だ、このとおりやれ ばいい、なんていうのもありません。でも、不 思議なことに、はじめのうちはわからなくて も、そのうちどんどんわかってくるようになり ます。というのも、まわりの人から患者から家 族から動物から草や木から空から大地から、自 然に愛を教えてもらうことになり、やればやる ほどいよいよ実感してきます。だから、やれば やるほど医療をすることが喜びになり、生きて いることが喜びになり、いよいよ追求せざるを 得なくなるのです。それは究極的に自分が救わ れることであり、そしてそれは私たちの子や孫 が、そして地球が救われることでもあると思う のです。
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