医療法人以和貴会
西崎病院・西崎クリニック
脳神経外科 國吉 毅
日常診療において、頭痛はきわめてありふれ た主訴の一つである。しかし、その訴えに対し て、はたして充分適切な対応がなされているだ ろうか。
ありがちな対応としては、問診や身体所見も 充分に取らず、すぐに頭部CTなどの画像診断 に走り、その結果明らかな異常所見がなければ 「頭の中は特に異常ありませんよ。」と話し、鎮 痛薬を処方するだけで診療終了というパターン である。患者としては、何も異常はないと云わ れても実際に“頭痛”はあるわけなので、それ に対するきちんとした説明もなされないまま不 満だけが残り、結局また別の医療機関に駆け込 むのである。
本稿では、日頃脳神経疾患の専門診療を行っ ていない先生方や研修医の先生方を主な読者と 想定して、頭痛診療のコツを、問診を中心とし て解説していくつもりである。したがって脳神 経外科や神経内科の先生方には、かなり物足り ない内容になっていると思われるが、本稿の主 旨に鑑み、ご容赦頂きたい。
頭痛を主訴とする患者を診察する場合、二つ の大事なポイントがある。一つは、頭痛をきた す重要な器質的疾患を見逃さない事と、もう一 つは、たとえ器質的疾患は認められなくても、 頭痛を訴えてきた患者のニーズを把握し、でき るだけそれに答える事である。まず、前者につ いて述べる事とする。
頭痛を主訴とし、見逃してはいけない疾患の 筆頭に挙げられるのが、くも膜下出血である。 くも膜下出血は見逃した場合、時に死の転帰を 辿る非常に恐ろしい疾患である。
筆者は、以前勤務していた病院で、多数の救 急患者の診療に当たってきたが、同時に多くの 研修医の先生方の指導にも携わってきた。その 中で、くも膜下出血の診断に関して、何回か薄 氷を踏む思いをしてきた。その経験より云える 事は、くも膜下出血の診断において、問診が極 めて重要だという事である。
救急車で来院し、激しい頭痛や嘔吐を来たし ている患者を診れば、誰でもくも膜下出血を想 定するのは容易だと思うが、walk-inで外来を 受診した患者の中にもくも膜下出血が紛れてい るのである。それを見逃さないようにするの が、充分かつ適切な問診である。それは、頭痛 の軽重に関わらず、たとえ、軽くても明らかに “突然”の発症であったという点につきる。こ のような軽い頭痛を“warning sign”と呼び、 くも膜下出血の約20〜70%に認められるとの報 告がある。そのような突然発症の頭痛に嘔気・ 嘔吐を伴っていれば、まず、くも膜下出血を念 頭に入れて診療を進めるべきである。
軽いくも膜下出血の場合、髄膜刺激症状であ る項部硬直は認めず、たとえ中等度以上のくも 膜下出血であっても発症当日は項部硬直は明ら かでない事が多い。
くも膜下出血を疑った場合、速やかに頭部 CT検査を行う。くも膜下出血の約95%は、頭 部CTにて診断がつくとされるが、微小なくも膜下出血や発症より数日間経過したくも膜下出 血の場合、その読影には注意を要する。即ち、 大脳縦裂、シルヴィウス裂、島槽など一部の脳 槽のみ高吸収域を示す場合やくも膜下出血が日 数を経過したために、脳槽が高吸収域ではな く、脳実質と比較して、等吸収域または、やや 低吸収域となっている場合がある。
前述のように、たとえくも膜下出血でも頭部 CTにて診断できないものが約5%ある事より、 可能ならば、引き続き頭部MRIを施行する事を お勧めする。FLAIR像にて脳槽や脳溝に一致す る高信号やMRアンギオ像にて直接脳動脈瘤が 描出される事もある。しかし、その読影には熟 練を要するため、脳神経外科、神経内科又は放 射線科へコンサルトするのが無難であろう。
それでも明らかな異常所見が認められない場 合やMRI検査が速やかに施行できない施設にお いては、最終的な確定診断(除外診断)のため には、腰椎穿刺による髄液検査が必要である。 ただし、侵襲的な検査でもあり、患者への充分 なインフォームド・コンセントを要する。実際に 検査をしない場合でも必ず患者や家族に対して は、CT、MRIのみでのくも膜下出血の診断は絶 対的でなく、腰椎穿刺が必要であることを充分 説明し、その事を診療録にきちんと記載してお く事が重要である。同時に、可及的早期の脳神 経外科への受診を勧める事も忘れてはならない。
器質的疾患のために頭痛を来たし、初期診 断・治療が適切に行われなければ重篤な状態に 陥る可能性のある二次性頭痛(症候性頭痛)の 筆頭が、前述のくも膜下出血である。
一般的に、二次性頭痛(症候性頭痛)を疑う 頭痛の特徴としては、1)突然起こる激しい頭 痛、2)いつもと違う頭痛、3)発熱・嘔吐を伴う 頭痛、4)意識障害を伴う頭痛、5)局所神経徴候 (運動麻痺・言語障害など)を伴う頭痛、6)複 視・視力障害を伴う頭痛、7)基礎疾患(悪性腫 瘍など)に伴う頭痛などが挙げられる。
突発する頭痛の代表的なものとしては、まずくも膜下出血が挙げられる。その他脳出血があ るが、局所神経徴候(運動麻痺・言語障害な ど)を伴う事が多い。強い頭痛に発熱を伴う場 合には、髄膜炎を念頭におく。また、精神症状 や痙攣を伴う時は、脳炎も疑うべきである。さ らに、局所神経徴候を伴う時は、脳膿瘍を鑑別 に入れる。咳・いきみなどで頭痛が増強する場 合、頭蓋内圧亢進を考え、症候性頭痛を念頭に おき、検査を進める。その中で、頭痛が漸次進 行性で、長期間にわたり、「頭痛で眼が覚める」 「起床時が頭痛が一番ひどい」などと訴える患 者の場合脳腫瘍を考える。頭を下げると頭痛が 増強する場合は、脳腫瘍、副鼻腔炎などの可能 性がある。眼痛・霧視・視力低下・散瞳などを 認めた場合、急性緑内障を疑う。外傷後1〜3 ヶ月又は高齢者・大酒家・血液透析患者が、頭 痛を訴え、片麻痺・言語障害・痴呆症状などが 漸次進行する場合、慢性硬膜下血腫の可能性が ある。悪性腫瘍(肺癌など)を基礎疾患にもつ 人が頭痛を訴えた場合、転移性脳腫瘍の可能性 を常に念頭におく必要がある。
Sakaiら1)の調査では、15才以上の日本人の 約40%が慢性頭痛患者であると報告されてい る。そのうち緊張型頭痛(疑いも含む)が 22.3%、片頭痛(疑いも含む)が8.4%、その 他9%であった。また、下村ら2)の調査では、 全頭痛患者の約51%が緊張型頭痛、約29%が 片頭痛であった。
このように、きわめて多数の患者が存在する と思われる一次性頭痛(機能性頭痛)である が、それに対する医療従事者および患者の認識 はまだまだ乏しいというのが、筆者の実感であ る。このような患者が来院した場合、二次性頭 痛(症候性頭痛)の除外診断のため、すぐに CT、MRIなどの画像診断に頼り、明らかな異 常所見がなければ、鎮痛薬などの対症療法のみ でお茶を濁すというのが、これまでの一般的な 頭痛診療の姿であったと思われる。しかし、こ れでは、大部分の患者は、不満足な思いを抱いたまま、医療機関をあとにするのである。
症候性頭痛もそうであるが、神経学的にも画 像診断上も明らかな異常所見を認めない機能性 頭痛の診断においては、詳細な問診こそが極め て重要であり、その結果を受けて患者へ充分説 明し、その対処方法まで指導する事が必要であ ると強調したい。
多忙な日常診療の現場で、詳細な問診を聴取 する事は、容易ではないため、事前に必要事項 を患者自身にチェックしてもらう簡便な問診票 がある3)(図1)。筆者もこの問診票を利用して、 診察前のナースによる問診の際に記入してもら い、その後実際の診察時に、この問診票を参照 しながら効率的に問診を聴取するようにしてい る。以下に、そのポイントを示す。
1)発症年齢・性別・家族歴:片頭痛の発症年 齢は、10才代50%、20才代30%、10才未 満も15%程度いるとされ、多くは30才まで に発症する。中高年の頭痛は緊張型頭痛が 多いが、中高年で初発した頭痛の場合、症 候性頭痛を念頭に置く必要がある。
片頭痛は、女性が男性の2 〜 3 倍多く、 群発頭痛は、大多数が男性である。緊張型 頭痛は、やや女性に多い。
片頭痛では、家族歴の聴取が重要で、患 者の母親の20%、父親15%、その他(祖 父母・兄弟など)20%がいわゆる“頭痛も ち”であったとの報告がある。また、母親 に片頭痛があると、娘の約70%、息子の約 30%に片頭痛が出現するとされる。父親の 場合には、それぞれ約半数とされる。
2)発症様式:1分以内に症状が完成する突発 頭痛は、くも膜下出血をはじめとする頭蓋 内疾患を疑う必要がある。群発頭痛は10分 程度、片頭痛は1時間程度で最強に達する。 緊張型頭痛はいつとは知れずに始まる。
3)頻度:片頭痛は発作的に月2〜3回、緊張 型頭痛は持続的に1週間から10日間以上、 群発頭痛は1年に1〜2回、数週間にわたっ て毎日1〜2回起こる。
4)持続時間:三叉神経痛・後頭神経痛は、数 秒から30秒間位発作的に繰り返す。片頭痛 は4時間から72時間、緊張型頭痛は30分〜 7日間、群発頭痛は15分〜180分間である。
5)好発時間:群発頭痛は、夜間や早朝のほぼ決まった時間に多い。片頭痛は決まってな く、緊張型頭痛は午後に悪化する事が多い。
6)部位:緊張型頭痛は通常両側性で、片頭痛 も名前と違って約40%が両側性である。群 発頭痛はいつも決まった片側に現れる。痛 みの最強点は、緊張型頭痛は後頭部、片頭 痛はこめかみ、群発頭痛は眼窩部が多い。
7)性状:片頭痛は、「ズキン、ズキン」と表 現されるような拍動痛が多い。緊張型頭痛 は、頭重感や「ギューッと鉢巻でしめつけ られたような」緊迫感、被帽感が特徴とさ れる。群発頭痛は、「眼の奥をえぐられる ような」激しい痛みを訴える。
8)程度:じっとしていられない程強く、頭を 抱えて転げ回る程強烈なのは、群発頭痛の 特徴とされる。痛みのひどい時は、何もで きず寝込む程であり、できるだけじっとし ていたいのは片頭痛である。緊張型頭痛で は、仕事や家事はできる程度の軽い場合が 多い。
9)随伴症状:閃輝暗点は片頭痛の約15%に認 められるとされるが、その他にも頭痛が起 こる30分〜2時間前に生あくび、首筋のは り、やる気のなさ、眠気、何となく変な気 持ちなどの予兆を認める事が多い。
悪心・嘔吐も片頭痛の診断基準の一つで あるが、くも膜下出血、髄膜炎、脳腫瘍に も随伴する。一方、緊張型頭痛では悪心は あっても嘔吐を伴う事はない。また、肩こ りを伴う事も多く、軽いめまい感を訴える 事もある。患側の結膜充血、流涙、鼻汁分 泌、発汗などの自律神経症状は、群発頭痛 に特有の随伴症状とされる。また、片頭痛 には、頭痛時に軟便傾向となる事がある。 意識障害、運動麻痺、痙攣などの神経徴候を伴う時は、症候性頭痛を疑う事は云うま でもない。
10)増悪因子と軽快因子及び誘因:起立すると 15分以内に頭痛が悪化し、臥位になると30 分以内に軽快するのは、低髄液圧性頭痛の 特徴である。副鼻腔炎は、前かがみになる と悪化する傾向がある。運動・労作で悪化 するのは片頭痛、影響がないか楽になるの は緊張型頭痛である。血流を良くする行為 (入浴、飲酒、マッサージ)で改善するの は緊張型頭痛、増悪するのは片頭痛であ る。アルコールでてきめんに誘発されるの は群発頭痛である。また、片頭痛は、睡眠 後に軽快する事が多いが、逆に過眠やスト レス・疲れから開放された時に誘発されや すいとされる(Sunday’s headache)
以上頭痛診療のポイントを問診を中心に解説 した。稿を終えるにあたり、二次性頭痛(症候 性頭痛)を見逃さない事と、実際には、頭痛患 者の大多数を占める一次性頭痛(機能性頭痛) の診断においては、充分かつ適切な問診こそが 極めて重要である事を再度強調したい。先生方 の日常診療の一助になれば幸いである。
1)Sakai F, Igarashi H : Prevalence of
migraine in Japan;a nationwide survey.
Cephalalgia 17:15〜22, 1997
2)下村登規夫他:鳥取県西部における片頭痛
の疫学的検討. 頭痛研究会誌 19:93〜
95, 1992
3)岩田誠・監:ADITUS Japan, 2001