沖縄県立南部医療センター・こども医療センター産婦人科
村尾 寛
今年も11/25〜12/01の期間、「性の健康週 間」(主催:性の医学健康財団、後援:厚生労 働省、文部科学省、日本医師会等)が実施され ます。これは性感染症について、特に若い人達 に正確な情報を提供し、全国でHIV感染症を含 め、性感染症の防止を目指したさまざまな取り 組みを行うものです。ポスターやリーフレット の配布、健康相談の実施、市民公開講座の開催 等が行われます。
以下の事柄は産婦人科や泌尿器科の医師には よく知られた出来事なのですが、他の科の先生 方のために、本邦における性感染症の実態を紹 介させていただきます。
かつて「花柳病」と言われた性感染症は、歓 楽街で遊んだ男性達が感染した「不道徳な感染 症」と見なされてきました。感染する女性も歓 楽街で働く「玄人」の女性たちに限定された病 気でした。
しかし「性の自由化」が進んだ現代では、感 染者の大多数が歓楽街とは無縁の「素人」によ って占められています。現代の性感染症の特徴 として、総性感染症罹患率でみた場合、15〜 24歳の若年層が、他の年齢層よりも4〜6倍程 度高くなっている事が挙げられます。その理由 としては、まずは初交年齢の低年齢化が挙げら れます。今や高校3年生の性体験率は約4 〜6 割、中学3年生では約1割と報告されていてい ます。その他の理由としては、若年層での性的 パートナー数の増加、そしてオーラルセックス など性行為の多様化がみられる一方で、若年層 は性感染症に対する知識に乏しい、ということが挙げられます。
その結果、現代の性感染症は一般の若者を主 体とした病気となっているのです。
90年代以降、急速に広まっているのがクラミ ジアとHIV感染症ですが、どちらも感染しても 自覚症状に乏しいのが特徴です。
クラミジアは15〜19歳の陽性率が26.5%、20 〜24 歳の陽性率が17.0%(東京都予防医学協 会、2006年)と極めて高値を示しています。ま た、近年は若者世代のオーラルセックスの一般 化に伴い、クラミジアや淋菌の咽頭感染陽性例 が性器感染者の10〜30%にのぼっており、耳鼻 科領域でも性感染症の知識が必要な時代となっ ています。クラミジアは治療も容易で、アジス ロマイシンを一日経口投与するだけでよいまで になっています。それでもご本人に感染の自覚 が無いと、病院まで足を運んでくれないため、 未治療のクラミジア感染者が大量発生すること になっています。
一方、本邦のHIV感染者およびAIDS患者の 累計患者数は年々増加しており、全国で11,680 名(エイズ動向委員会報告、2006年8月)、県 内では87名となっています。全国的にはHIV感 染者とAIDS患者発症例の人数比は約2:1なの ですが、沖縄では49名対38名の割合であり、 県内には未発見のHIV感染者がかなり潜在して いるものと推測されています。また昨年の日本 国籍のHIV新規感染者は、男性709名に対し女 性32名と圧倒的に男性優位であり、その大半 は男性同性愛者の性的接触によるものとされて います。
淋菌陽性率は15〜19歳で11.8%、20〜24歳 が6.40%(東京都予防医学協会、2006年)とク ラミジアに次いで頻度の高い性感染症です。以 前は淋菌感染症に対してペニシリン系の薬が用 いられていましたが、80年代に入るとぺニシリ ナーゼ産生淋菌が増加したため、代わりにニュ ーキノロン系薬が用いられるようになりまし た。しかし近年ニューキノロン系にも耐性菌が 急増しています。現在のところ保険適用があっ て有効なのは、セフォジジム、スペクチノマイ シン、セフトリアキソンの3種類のようです。
さる8 月4日、4年ぶりの改訂となる「STD Treatment Guidelines,2006」がCDCより公表 されました。しかし日本は欧米を上回るスピー ドで耐性菌が急増しつつあります。「耐性菌先 進国」の日本は、こと性感染症に関しては米国 のガイドラインが役立てられない国になりつつ あります。むしろ「日本性感染症学会」のガイ ドラインを参考にされる事をお奨めします。
コンドームは避妊と性病予防の双方のために 重要なものなのです。出荷量の全国統計を見ま すと、1980年に7億3,700万個だったのが2004 年には4 億2,200万個と43%減少しています。 HIVの出現と共にコンドームの出荷が急増して きた他の先進国の世界的趨勢と比較しますと、 日本だけが正反対の方向に向かっています。
実際、高校生の場合、性行為の際のコンドー ム使用率は2割程度にすぎないとされています。 その理由として性の知識の欠除のみならず、コ ンドームの必要性を知っていても、「親からも らうお小遣いと比較してコンドームが高価なた めに、買いたくても買えない(一晩の性行為だ けで5〜6個必要(!))」という、笑うに笑え ない実態があります。
近年、妊婦検診で妊娠初期に行う検査として 梅毒・淋病・クラミジア・HIVを妊婦全員に調べます。何故でしょうか?全ての性病を妊婦全 員で予め調べておかないと、お産の際に性感染 症に垂直感染する赤ちゃんが続出する可能性を 否定できないからです。
今では妊婦のHIV感染症ですら決して例外的 なものではありません。本邦ではすでに380名 が報告されており、県内にも報告例がありま す。ちなみに沖縄県では、妊婦のHIVスクリー ニング検査に対して半額の助成金を出す制度を 設けていますが、検査率は82.7%にとどまり、 全国平均よりも12%下回っています。
女子高校生が産婦人科を受診し、親の前で自 分の性体験をあからさまに話し、親も平気な顔 で聞いている、という光景は日常のものとなっ ています。しかし殆どの親達は家庭できちんと した性教育を施すわけではなく、学校側にその 責任を負わせようとします。一方で全国の学校 現場では、性教育の授業時間の割当自体が殆ど 無いも同然ですし、学校で性教育を行おうとす ると、PTAから「寝た子を起こすのはいかがな ものか」というレトロな横やりが今でも入りま す。
PTAを説得して漸く学校で性教育を行う事に なっても、性の知識に自信のない教師は、医師 に講義を丸投げしようとします。ところが医師 に講義を依頼する際に、医師への謝礼などの予 算は全く組まれていない学校が大半です。学校 での講義時間が医師の診療時間と重なる「平日 の昼間」かつ「無報酬」という条件では収入減 につながるため、医師も引き受けたがりませ ん。
こうやって大人達が性教育の責任を互いに押 し付けあっているうちに、若者たちは本能のま まに無防備な性行為を行っているわけです。
性感染症がここまで広がっている原因には、 「中学・高校生の性行為」「同性愛」という、旧 来の社会がタブー視してきた領域の出来事である事、そして学校で性教育を行なおうとする と、「純潔教育」を叫ぶ一部の保守的あるいは 宗教的勢力との軋轢が避けて通れない事などか ら、教育者側が逃げ腰であったこと、などが挙 げられます。
しかし現実の性感染症が若者主体である以 上、若者の性感染症を抑止するには、彼らが社 会に出る前の中学・高校生のうちからしっかり とした性教育を行なう必要があります。である ならば講師を引き受ける医師への謝礼まで含め て、予算の裏づけのある本格的な対策が必要で す。また、HIVの新規感染者は男性同性愛者が 大多数で、かつ年々増加する一方です。男性同 性愛者をタブー視することなく、正面から向き 合い、同性愛者独自のコミュニティやネットワ ークの中まで入り込んだ上で、より実効性のあ る政策を行なう必要があります。
以上、「性の健康週間」にちなんで、本邦の 性感染症の実情を、かいつまんでお話させてい ただきました。
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