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困ったなあ…亀田の勝利。
批判もしたく、擁護もしたく…

勝連啓介

社会福祉法人五和会名護療育園小児科 勝連 啓介

ボクシングの歴史と権威は誇り高く、幾多の 真の名勝負が繰り返されてきただけに、もしス ッキリ勝てなかったら亀田興毅選手に対する世 の中の反発は大きいはず、そう覚悟していたと はいえあの結末。判定の直後、ケータイが鳴り ました。親父でした。「どう見たって亀田の負 けだよ。早々とテレビの前に座ったのに、散々 ドキュメント見せられた挙句にあの判定はない よなあ。大体、亀田のエラソーな態度は善くな いよ」ご立腹です。切ってすぐ今度はいつも評 論家のような口調でお話しになる先輩の声「こ れは出来レースだ。審判が興行元から貰ってる だろ。KO されない限り結果は決まってたんだ よな」キビシイことをおっしゃる。困ったなあ …説得力のある「僅差」ならば、判定が出た瞬 間「えー!?」とは思わないはず。でもなぁ… 「えー!?」って気持ちになってたよな、俺。確か に「嘘!?」って思っちゃったよな、俺。うーん、 世間一般的にもそう見えただろうな…いっその こと今回は潔く負け、という結果なら良かっ た。するとアンチの方々にも「よく頑張ったじ ゃないか、やはりボクシングは甘くない」なん て見直されたかもしれないのに。弱っちゃった なぁ。これがボクシングおたく、ボクサーの処 遇を良きものにしたいと願っている私の心象風 景でした。その翌日、職場では男性職員はもと より、普段スポーツの会話なぞしたこともない おばちゃん保育士さんでさえ「せんせー昨日の カメダ、アレなんねー」だって。視聴率50 %、 亀田人気の凄まじいこと。話題の一戦を振り返 ってみましょう。

8 月2 日横浜アリーナ、WBA 世界ライトフラ イ級王座決定戦、亀田興毅がファン・ランダエ タを2-1 の僅差判定で破り、弱冠19 歳でチャン ピオンになりました。が、「判りにくい採点結 果」でした。良いこととは思いませんがスポー ツの世界では、ホームタウンディシジョンいわ ゆる地の利はいくらでもあります。世界タイト ルマッチの会場は異様な雰囲気です。例えばサ ッカーのテストマッチや阪神戦の甲子園球場も 同様ですが、圧倒的なホーム状態です。今回も 観衆は超満員の1 万5 千人、総亀田応援体制の 中での戦いであり、ジャッジはその状況下でラ ウンドマストシステム(毎ラウンドを独立した 一試合と考え、例え微差であってもどちらが優 勢かを振り分ける)で採点した訳です。決して 公平な戦い、判断にはならないでしょう。しか し勝負事はそんなものです。より有利な状況で 勝負したいと願うのは陣営にとって当たり前。 当然スポンサーや中継局もその流れを作ろうと します。さらに、現代の日本スポーツメディア は、単純に試合を放送するだけでなく、深入り して演出にまで凝って、視聴者の感動を招こ う、感情を操ろうとします。そこに大きな問題 があると思うのです(K-1 やバレーボール中継 も然りです)。亀田選手は精一杯のファイトを し、世界レベルの実力を証明してみせました よ。しかし物議を醸し出してしまいましたね、 やはり。どんなに擁護しようとしても、試合 (判定)に勝って勝負に負けたという印象がね ぇ、困ったなあ…

微妙な判定に泣く者、笑う者。これまでもタ イトルマッチで多くの悲喜劇がありました。亀 田批判派ファンが夢に描いていたシナリオは、 「負けて」「反省して」「謙虚になって」「やり直 す」ことだったでしょう。しかしですよ、年に 何十試合も出場できるプロ野球・サッカー・ゴ ルフと違い、せいぜい4 試合しか出来ないボク シングではひとつの負けが即引退へと繋がりま す。ひとつ負けるとそこで周囲に見放されてし まうことが実に多いのです。簡単に次は無いの です。際どい判定を物にした亀田興毅には運が あったということ。先に繋がったという事実だ けが殊の外大きいのです。厳しい人生の中で、 ある瞬間わずかでも自分の方へ運が傾いたとし ます。それをその時本当に自分の物にできるか どうか、それは運をも味方に付けるだけの努力 を普段からどれほどやってきたか、そこに懸か っているに違いないと思うのです。そこに勝負 の神様は存在するのかもしれません。亀田の練 習の量と質は群を抜いています。寝ても覚めて もボクシング、つまりは傾きかけた運をしっか りと物にするだけのことを奴はやってきたはず だと私は強調したいのです。努力することにか けての天才、その男がベルトを手にしたという 事実。ただし、あらゆる運を味方にしてのこと でした…。

このように考える私のようなファンは甘い… ですかね?試合後のリングで興毅は「親父、今 までありがとう。おかあちゃん、俺のことを産 んでくれてありがとう」と涙しました。ならば もう一声“今日の自分は弱かった。けど皆さん の応援のお陰で勝てました。ありがとうござい ました。次はもっと強くなります”そう言って 欲しかったなあ…、今後のために。この試合内 容で「どんなもんじゃい!」はマズいでしょ。 亀田親子には「巨人の星」などスポ根番組を彷 彿させるような、一途に頑張る昔懐かしい本来 の日本人を体現する姿がダブります。「興毅は 自分でヘタな試合したと言っとる。それが分か ってるからもっと強くなる」父、史郎氏の言葉 に頷きたくもなりませんか?

実は、西部日本ボクシング協会広報を担当す る立場にある私の、憂えることがもうひとつ。 現在、県出身ボクサーには亀田以上の逸材が数 多くいます。嘉陽宗嗣(白井具志堅ジム)、竜 宮城(沖縄ワールドリング)、名城信男(大阪 六島ジム)ほか。願わくは、亀田人気に便乗し て業界あげてローカル選手にもスポットライト を、なんて期待していたのですが。世間的に は、もうボクシングは見たくもない、そんな方 向に行ってしまいそうで…やはり困ったなあ… 亀田の勝利。その代償は郷土のボクサーが被る のだよ、と半ば被害妄想的な感情を未だ消化で きずにいる中、10 月に嘉陽が世界初挑戦すると いうニュースが舞い込んできました。いったい どれほどの県民が関心を抱き、応援してくれる のでしょうか?