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エビデンスを作るということ

大屋祐輔

琉球大学医学部循環系総合内科学 大屋 祐輔

医学部の教員の仕事は、教育、研究、臨床と 言われています。そのいずれも重要な仕事で す。今回の原稿では、その中でも大学医学部の 使命の一つとされているエビデンスの構築につ いて書かせていただきます。

エビデンスは、科学的に証明または吟味され た根拠(証拠)であり、数年前から我が国でも 大流行をした、Evidence-based medicine (EBM)の頭についているエビデンスです。大 いなる勘違いか、意図された勘違いなのかは解 りませんが、EBM というと、マニュアルやガイ ドラインどおりに診療しなければならない、大 規模臨床研究の結果どおりに治療をしなければ ならない、というように世の中で理解されてし まいました。エビデンスを重視した診療を行う のはもちろん重要ですが、本来のEBM の考え では、エビデンスを患者さんにどのように適応 するか(または適応しないのか)を考える過程 が最も重要とされています。従って、欧米の患 者を対象にして作られたエビデンスによるガイ ドラインやマニュアルを、我が国に適応できる かどうかを吟味する過程を経ずに適応すること は、本来のEBM の趣旨からは外れていること になります。しかしながら、日本人を対象とし たエビデンスが不足しているのも事実であり、 望ましいEBM を実践するためにも、わが国の エビデンス、また自分たちの見ている目の前の 患者さんたちを対象にしたエビデンスを少しで も多く作り出すことが必要です。また、欲を言 えば、それが普遍的に通用するエビデンスであ るように構築することが望ましいと考えます。

エビデンスという言葉の捕らえ方にもいろい ろあります。たとえば、エビデンスとして、大 規模臨床試験以外は意味がないように言われる こともあります。しかし、科学的に証明されて いれば、エビデンスの重みが違うだけで、小さ な仕事でも、大きな仕事でも立派なエビデンス です。また、臨床研究、疫学研究、さらに基礎 研究の何れからでも、科学的過程を経て得られ るものはエビデンスです。どのようなエビデン スからも学ぶものが必ずあります。一方、科学 的吟味をされていないものは、どうでしょう か?これについては、新聞や週刊誌の広告に乗 っている、「○○で、うそのように直った」や「こ れを使えば、1 ヶ月○kg 減量のダイエットが成 功」という宣伝文句を思い浮かべれば判ってい ただけると思います。医師として仕事をするか らには、科学的な思考を身につける必要があり ます。

さて、エビデンスはどこで作られているので しょうか?厚生労働省が作るのでしょうか?製 薬会社でしょうか? 有名大学でしょう か?・・・エビデンスを作ることは、科学的思 考の出来る医師であれば、できる仕事です。ま た、エビデンスを作ることは、自分の貴重な経 験を社会に伝え、後世に残すという意味で重要 な仕事です。しかし、臨床の教室で研究を行う ことは、エビデンスを構築する意味で必要なこ とであるにもかかわらず、マイナスのイメージ として、一部の好きな人がすること、趣味のよ うなもの、大学の中で昇進するための手段な ど、とも考えられてきました。実際に、自分が 考えた仮説を、自分の症例や疫学データから、 または実験から証明し、さらにそれを世の中に 出すことで、大きな充実感や満足感が得られる のは事実です。しかし、科学的吟味が加えられ ることで個人の経験に普遍的な価値を持たせる ことは、個人にとってのみならず、医学の進歩 にとって非常に重要なことと思います。

最初に述べましたが、医学部の仕事の中で、 エビデンスの構築やその構築のサポートは非常 に重要な位置を占めると考えています。若い医 師たちが大学とのつながりを持つ理由の一つ は、科学的な思考法を身に付けることやエビデ ンスを作る経験をすることです。将来の臨床医 としての長い生活を充実したものにするために も、科学的思考を身に付けるチャンスを失って 欲しくないと思います。現在は、医局に属する 従来からの方法に加え、専門研修修練医に登録 する方法、大学院や社会人大学院に入る方法な ど、個人の考えやライフステージにあった方法 が選択できるようになってきました。どのよう な形でも結構ですから、エビデンスを作るとい った経験をしていただきたいと思います。

21世紀はポストゲノムの時代といわれていま す。また、20世紀から21世紀にかけて、コン ピューターサイエンスも大きく進歩しました。 これらの科学技術をベースにした研究が世界各 国で行われ、疾患そのものの発見、原因の発 見、新しい治療法の発見が相次いで報告されて います。これからの50年間は、医学の進歩にと って、また人類にとって、有史以来、最大の果 実を手にすることができる時代と考えられてい ます。若い世代には、このようなすばらしい時 代の中で、自分たちに寄せられている期待に沿 うように、いろいろな分野で活躍して欲しいと 思います。そして、沖縄発の、琉球大学発のエ ビデンスを世の中に送り出してもらいたいと思 います。