沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 10月号

沖縄クライシス
〜欧米型生活習慣のツケ〜

田仲医院院長 田仲 秀明

【要 約】

人間ドックの断面成績から沖縄県におけるメタボリックシンドローム(MS)の 有病率を求めた。また、インスリン抵抗性の指標としてhomeostasis model assessment (HOMA-R)を算出しMS との関連を検討した。対象は、平成15 年5 月から 平成16年3月までに豊見城中央病院人間ドックを受診した30歳から79歳までの男性 3,839人(平均49.2歳)、女性3,146人(平均50.0歳)。MS の診断は、NCEP ATP III に基づいた。但し、腹囲は日本肥満学会の診断基準(2000 年)に準じた。MS の有 病率は、男性30.2% 女性10.3 %であった。ATP III 診断基準の危険因子数増加に伴 って、平均HOMA-R及び慢性腎疾患の発現比率の有意な上昇が認められた。欧米型 生活習慣に伴うMS の増加は、今後沖縄県のみならず、わが国、そしてアジア全体 の公衆衛生上の重大な問題となるであろう。

【Abstract】

We determined the prevalence of the metabolic syndrome (MS) in Okinawa from cross-sectional results of complete physical examinations. We also calculated HOMA-R as an index of insulin resistance, and examined the relationship between HOMA-R and MS. We studied 3,839 men (mean age 49.2 years) and 3,146 women (mean age 50.0 years), a total of 6,985 people aged from 30 to 79 years, who underwent a complete health examination in Tomishiro Chuo Hospital between May 2003 and March 2004. Diagnosis of MS was based on NCEP ATP III criteria. Abdominal circumference was assessed in accordance with the diagnostic criteria of the Japan Society for the Study of Obesity. The prevalence of MS was 30.2% in men and 10.3% in women. Mean HOMA-R significantly increased with an increase in the number of ATP III risk factors as well as the odds ratio of chronic kidney disease . As a westernized lifestyle tends to be more popular, MS will increasingly become a major public health concern not only in Okinawa but also in all Japan or Asia in the near future.

はじめに

沖縄は健康的な高齢者や百寿者の多い県とし て有名である。1995 年に、世界長寿地域宣言 が謳われたのは記憶に新しい1)。現在でも、人 口10 万当たりの百寿者の数は42.49 人と日本全 体の平均である16.13 人を大きく上回っている。 世界一の長寿国であるわが国の百寿率は、他の 先進国を大きく引き離しており、沖縄県は文句 なしの世界一であることは間違いない。

一方、若い世代では高脂肪食に代表される欧米型のライフスタイルが浸透しており、いわゆ る生活習慣病の増加が社会問題となっている。 2000 年の都道府県別平均寿命では、女性は1 位 を堅持したが、男性は20 年近く守った1 〜 5 位 の座を一気に26 位まで下げてしまった。

若い世代の凋落傾向を、超高齢者の長寿命で 補いきれなくなった“26 ショック”の瞬間であ った。

欧米型生活習慣の定着と肥満の増加

沖縄に初めてファーストフードが登場したの は1963 年であり、東京に先んずること8 年とい う早さであった。これが日本におけるファース トフード第1 号店であったことは言うまでもな い。沖縄県は回りを海に囲まれているにもかか わらず、戦後一貫して蛋白源とし て魚介類の摂取が低く、代わりに 獣鳥肉類の摂取が全国平均を3 〜 4 割上回っている(表1)。沖縄県の 脂肪摂取比が、現在の全国平均 (26 %超)のレベルに達したのは、 1972 年(祖国復帰)以前であり、 1993 年からは全国で唯一30%を超 え、欧米在住日系人並みの水準と なった(図1)。

表1
図1

戦後初の軌道交通機関として、 2003 年に都市モノレールの運行が 開始となったが、沖縄には今なお 鉄道を欠き、典型的なアメリカ型 車社会であることに変わりはない。 買い物先は近隣の店が半減し大型 店となり、交通機関はほとんど車 で徒歩が著減した2)。平均歩数を 見ても、男性7,655 歩(全国平均 8,071 歩)、女性7,091 歩(同7,392 歩)となっており、これを裏付け ている。

以上のような生活習慣の結果、 沖縄県の平均コレステロール値は 毎年上昇を続け、男性で約5mg/dl、女性で約10mg/dl 全国平均を上回っ ている3)

欧米型生活習慣に起因する、もう一つの重大 な懸念として肥満の増加がある。高コレステロ ール血症とは、互いに独立して動脈硬化の発症 リスクを高めると考えられているが、驚くべき ことに沖縄県の肥満率は男女共全国平均の1.5 倍以上となっている(図2A、2B)。肥満、特に 内臓脂肪型肥満に伴うアディポサイトカインの 分泌不全が、高血圧、高中性脂肪血症、高血 糖−メタボリックシンドローム(MS)を引き 起こすことが知られている。我々の調査によ り、予想通り沖縄県のMS有病率は高率である ことが明らかとなった4、5)

図2A
図2B

沖縄のメタボリックシンドロームの現状

豊見城中央病院の人間ドックを、2003 年5 月 から2004 年3 月までに受診した30 歳から79 歳 までの男性3,839 人、女性3,146 人の合計6,985 人を対象に調査を行った。

腹部肥満;臍高腹囲男性85cm および女性 9 0 c m 以上、高中性脂肪血症; 中性脂肪 150mg/dl 以上、低HDL コレステロール血症; HDL コレステロール男性40mg/dl および女性 50mg/dl 未満、高血圧;収縮期血圧130mmHg 以上または拡張期血圧85mmHg 以上、高血糖; 空腹時血糖 110mg/dl 以上を陽性とし、5 項目 中3 項目以上満たす者をMS と診 断した6、7)

インスリン抵抗性の指標として HOMA-R を空腹時インスリン× 空腹時血糖/ 405 で算出した。

対象の平均年齢は男性49.2 歳、 女性50.0 歳であった。BMI、腹 囲、中性脂肪、血圧、空腹時血 糖、HOMA-R は男性で有意に高 値であり、HDL コレステロール は男性で有意に低値であった(表 2)。対象が沖縄県全体を代表する ことを確認するため、BMI、中性 脂肪、血圧、空腹時血糖を、沖縄 県基本健康診査の約10 万人のデ ータと比較したが、いずれのデー タもほぼ同様のプロフィールを示 した。

表2

診断基準5 項目の各々の陽性率 は、低HDL コレステロール血症 を除きいずれも男性で有意に高 く、腹部肥満、高血圧、高中性脂 肪血症、高血糖の順に頻度が高か った(図3)。腹囲を目的変数として、以下の4 独立変数で重回帰 分析を行ったところ、やはり空腹 時インスリン値、最高血圧値、中 性脂肪値、血糖値の順となった (表3)。

図3
表3

年齢補正しないMS の有病率は、 男性30.2% 女性10.3 %であり、男 性で有意に高頻度であった(図4)。

図4

高血糖がある者では男性の 71.7 %、女性の53.9 %にMS を認 めた。一方、腹部肥満がないにも 拘らずMS と診断された者が男性 5.4 %、女性3.9 %に認められた (図5)。

図5

診断基準の5 項目中、0 項目陽性 者の平均HOMA-Rは男性1.6、女性 1.6、1 項目陽性者男性2.0、女性 2.1、2 項目陽性者男性2.7、女性 2.7、3 項目陽性者男性3.6、女性 4.0、4 項目陽性者男性4.9、女性 5.2、5 項目陽性者男性5.8、女性 5.9 であり、危険因子の重積に伴っ て男女ともインスリン抵抗性の有 意な上昇が認められた(図6)。同 様に、危険因子の重積に伴って慢 性腎疾患の発現比率が有意に上昇 した(図7)。

図6
図7

HOMA-R 3.0 以上でMS と診断 された者の割合は、男性では50 歳 未満55.9 %、50 歳以上59.9%と差 を認めなかったが、女性では50 歳 未満27.1 %、50 歳以上43.3 %と有 意差を認めた(図8)。

図8

MS の有無を従属変数とし、性、 年齢、HOMA-R を独立変数とした ロジスティック回帰分析において、 男性であることで3.6 倍、10 歳の加 齢につき1.4 倍、HOMA-R 1.0 の上 昇につき2.0 倍の有意な発現比率が 算出された(表4)。

表4

メタボリックシンドロームは 生活習慣病である

診断基準5 項目中、男性では腹 部肥満の陽性率が最も高く、次 いで高血圧、高中性脂肪血症、 高血糖、低HDL コレステロール 血症の順であった。重回帰分析 で腹囲との関連の強さを見ても、 空腹時インスリン値、最高血圧 値、中性脂肪値、そして血糖値 の順であった。これは、MS の病 態において内蔵脂肪型肥満が最 上流にあり、高インスリン血症 によって代償され得る空腹時血 糖は比較的最期まで保たれると いうことを示している。10 年ほ ど前より我々は、MS の概念を 「だんご四兄弟」(図9)として紹 介して来たが、ほぼその通りの 順番となった。女性では腹部肥 満の陽性率が低HDL コレステロ ール血症のそれより低かったが、 このことは日本人女性における MS 診断のための腹部肥満基準 を、内臓脂肪型肥満の診断基準 とは別に設定する必要があるか もしれないことを示唆している。 男女共通で、しかも小学生以上 の子供にもよく当てはまるユニ バーサルな腹囲基準として、 我々は腹囲身長比0.5 以上を提唱 している8)

図9

高血糖があれば男性の約7 割、 女性の約5 割に、既にMS を認め た。糖尿病境界型は、予備軍と も称されるが、糖尿病の定義は 血管増殖性網膜症を来たし得る 慢性高血糖状態であるから、厳 密には網膜症予備軍という意味 である。脳・心血管合併症を含 めて考えれば単純に予備軍と呼ぶことはできない。それはここに示されたよう に多くの場合、高血糖あるいはそれ以前に、肥 満、高インスリン血症、高血圧、高中性脂肪血 症を伴いMS となっているからである。

インスリン抵抗性の指標であるHOMA-R と、 MSの危険因子数とは、男女共正の相関を示し、 インスリン抵抗性の上昇が、この病態の進行と 関連していることが示された。また、慢性腎疾 患の発現比率も危険因子数と相関し、危険因子 数4 以上(= MS)での危険比率が約2 倍となる ことが示された。これは糖尿病の9 倍、心筋梗 塞・脳梗塞の3 倍に次ぐものである。

同じ生活環境にあっても女性のMS の有病率 が、男性に比し高くないのは何故だろうという 疑問が生ずる。MS の上流には内臓脂肪の蓄積 とそれに伴うインスリン抵抗性の上昇が等しく 存在すると考えられるが、女性において閉経後と考えられた群では、中等度以上のインスリン 抵抗性があれば半数近くにMS を認めたが、閉 経前と考えられた群ではMS は3 割に満たなか った。同様の現象は男性では認められなかっ た。これは若年女性においては、MS の発症と いう点から見れば、インスリン抵抗性−抵抗性 ともいうべき生理的状態が存在することを想定 させる。

NHANES Vの報告によれば、米国における MS の有病率は、男女共加齢に伴って上昇して いる9)。沖縄女性においても同様の傾向を認め た。しかし、沖縄男性においては、若年層を含 む幅広い年齢層にMS が蔓延していた。一般的 に、わが国では若い世代ほどより濃厚に欧米型 生活習慣が浸透しており、このことが加齢によ る影響を相殺した可能性がある。10 歳の加齢よ りも、インスリン抵抗性の上昇がより強くMSの発症に関連したこともこれを裏付けている。 一方でこのことは、生活環境を改め、インスリ ン抵抗性を改善させる努力により、不必要な MS の発症を予防できる可能性を示唆している とも言える。すなわち、わが国においては、 MS は加齢に伴う疾患というより、生活習慣病 としての側面が大きいと考えられた。

まとめ

沖縄男性の3人に1人がMS であったという事 実は、慢性腎疾患、心筋梗塞・脳梗塞、糖尿病 の各々の発現比率を考えれば、今後若い世代が 健康で長生き出来ないのではないかという強い 危惧を抱かせる。

やや遡るが、1993 年の沖縄県脂肪摂取比調 査によれば、百寿者の平均は23%、80代24%、 50代26 %、中学生30 %、小学生31 %と若い世 代ほど高脂肪摂取となっており、最近もこの傾 向が続いていることが指摘されている。小児の 肥満も全国平均の約1.5 倍であり、大人の肥満 と同様に深刻な状態である。このままでは益々 動脈硬化性疾患の若年化が進むであろう。

スローフードという言葉がある。食のグロー バリゼーションに対抗しようとするものであ る。60 年代初頭にファーストフードの洗礼を受 けた沖縄県には、もっと早く登場して欲しかっ た言葉である。スローフードの理念は土地に固 有の味、昔から伝わる各地の味を守ろうという ものであり、急増する生活習慣病の救世主とな り得る深い哲学を含んでいる。伝統的な食べ方 やメニューは、それが昔からその土地で食べ継 がれて来たというだけで、その土地に住む人々 の健康に、最も適したものであると言ってよい。何故なら我々の祖先は、その中で遺伝子を 育み、子孫を残して来たからである。しかし、 沖縄県民の食生活は、米軍の統治下、無批判に 西欧化を受け入れ、短時間のうちに様変りして しまった。そして遺伝と環境のギャップにツケ を払う羽目になった。これを沖縄クライシスと 呼ぶならば、近い将来の日本クライシスを予見 しているとも考えられる。

欧米型生活習慣に伴うMS の増加は、今後、 沖縄県のみならず、わが国、そしてアジア全体 の公衆衛生上の重大な問題となるであろう。

文献

  • 長寿のあしあと, 長寿の検証と世界長寿地域宣言, 沖縄 県環境保健部, 1996 年
  • 平成11 年度健康づくり等調査研究結果報告書
  • 平成15 年国民健康・栄養調査, 沖縄県基本健康調査
  • Tanaka H, Shimabukuro T, Shimabukuro M: High prevalence of the metabolic syndrome among men in Okinawa. J Atheroscler Thromb 12(5): 284-288, 2005
  • Tanaka H, Shiohira Y, Uezu Y, Higa A, Iseki K:
  • Metabolic syndrome and chronic kidney disease in Okinawa, Japan. Kidney Int 69(2): 369-374, 2006
  • Executive Summary of The National Cholesterol Education Program ( NCEP) Expert Panel on Detection, Evaluation, and Treatment of High Blood Cholesterol in Adults (Adult Treatment Panel III). JAMA 285: 2486-2497, 2001
  • 日本肥満学会肥満症診断基準検討委員会:新しい肥満 の判定と肥満症の診断基準肥満研究6: 18-28, 2000
  • 田仲秀明: 腹囲測定の意義と問題点 那覇市医師会報 33(2): 21-23, 2005
  • Ford ES, Giles WH, Dietz WH.: Prevalence of the metabolic syndrome among US adults: findings from the third National Health and Nutrition Examination Survey. JAMA 287: 356-359, 2002

著 者 紹 介

田仲秀明

田仲医院
  田仲 秀明

生年月日:昭和35年7月14日

出身地:沖縄県 那覇市

出身大学:琉球大学医学部 昭和62年卒

専攻・診療領域
 内科、糖尿病・生活習慣病

その他・趣味等
 ジャズ・ロック鑑賞、ドライブ等

Q U E S T I O N !

次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答いただいた方に、日医生涯教育講座 5 単位を付与いたします。

以下の選択肢の中から正しくないもの を一つ選んでください。

  • 1)現在でも沖縄県の百寿者数は世界一である。
  • 2)沖縄男性のMS の有病率は約3 割である。
  • 3)女性は男性に比べてMS になりにくい。
  • 4)糖尿病予備軍(境界型)は未病であるから合併症は起こらない。
  • 5)MSでは慢性腎疾患に2 倍、心筋梗塞・脳梗塞に3 倍、糖尿病に9 倍罹りやすい。

CORRECT ANSWER! 7月号(vol.42)の正解

論文:「より安全な中心静脈穿刺:エコーガイ ド下中心静脈穿刺法〜どうしてエコー ガイドが必要なのか?〜」
問題:正しいものを選べ。(1 つとは限らない)

  • 1)Landmark technique とは、解剖学に基づい た論理的な手法であり、穿刺成功率も90%と 高い。
  • 2)Landmark technique は、解剖学に基づいた 方法であるため、血管の走行異常があっても 成功する。
  • 3)超音波断層像を用いた中心静脈穿刺を、エコ ーガイド下穿刺と呼び、リアルタイムに静脈 の穿刺が行えるため、穿刺成功率が高く合併 症発生率が低い。
  • 4)エコーガイド下中心静脈穿刺は、血管を超音 波で観察できるため、どのように穿刺しても 安全で成功率が高い。
  • 5)エコーガイド下中心静脈穿刺を正しく行うに は、そのピットフォールと穿刺のコツを知り、 シミュレーターによる練習が必要である。

正解 1)、3)、5)