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「麻酔の日(10/13)」に因んで

宮田裕史

琉球大学医学部麻酔科 宮田 裕史

10月13日は何の日でしょうか?この日は、 社)日本麻酔科学会が「麻酔の日」と定め一般 の人々に麻酔について啓発する日です。それで は何故10月13日が「麻酔の日」なのでしょう か? 1804年10月13日、華岡青洲が世界で初め て全身麻酔下に乳癌摘出術に成功しました。こ れは、広く世界に知られたハーバード大学にお けるモートンのエーテルによる全身麻酔の公開 実験(1846)の約40年も前のことです。日本 麻酔科学会はこの偉業を記念して10月13日を 「麻酔の日」としました。

華岡青洲:

青洲は、麻酔という概念すらなく「痛み」に 耐えることが美徳とされた時代に、実験を重 ね、朝鮮アサガオを主成分とする「通仙散」を 合成し、自分の母親や妻をも実験に使ってこの 偉業を成功させました。この偉業は1954 年シ カゴで行われた国際外科学会に発表され、その 栄誉館には現在も青洲に関する資料が展示され ています。曼荼羅華(朝鮮アサガオ)は、3世 紀頃中国の名医、華侘によって全身麻酔薬に使 用された説があります。青洲はそれを参考にし たと考えられますが、動物実験を重ね曼荼羅華 を主とする6種類の薬草により「通仙散」を調 合し、世界で初めて全身麻酔下に乳癌摘出術の 手術に成功しました。

曼荼羅華は、現在でも麻酔の準備薬(麻酔前 投薬)として使用されています。青洲の行った 麻酔は中枢神経作用の強いスコポラミンによる ものと考えられています。

高嶺徳明:

沖縄県においては1689年に高嶺徳明が麻酔 下に口唇裂の手術を施行しています。高嶺徳明 は、1653年2月15日生まれ10才の時福州へ渡 り3年間滞在して中国語に習熟していました。 後に琉球王より魏姓を賜り中国名を魏士哲と 称し琉球王府の中国語通事となりました。時の 琉球王尚貞は孫の尚益に口唇裂があることを深 く憂慮しこれを整復する補唇術が福州にあるこ とを知って、徳明にこの術の習得を命じまし た。徳明は福州に赴き補唇術を行う医師黄會友 を訪ねてその術の教示を懇願しました。會友は これを秘伝として教示を固辞したが徳明の熱意 と真撃な人格に心を動かされて徳明を身辺に置 き昼夜補唇術を伝授しました。徳明はついに13 歳の童子の欠唇を師の面前で治癒させました。 かくて會友からその傳方の一切を受け秘書一巻 を授けられて1689年5月に琉球に帰国しまし た。帰国後沖縄で5人の欠唇を療治し中国で学 んだ通りに治癒することを確認し、同年11月 23日当時10歳の王孫尚益に補唇術を施し治癒 させました。その後徳明はこの補唇術を薩摩藩 医伊佐敷道與に伝授しました。右上の主旨は高 嶺家に現存する「魏氏家譜」に基づいていま す。琉球史研究家東恩納寛淳・金城清松らは徳 明の補唇術が全身麻酔下で行われたと記載して います。これは青洲より115年前のことです。 しかしその後の調査研究では徳明の補唇術が全 身麻酔で行われた傍証は多数あるが確証が明ら かでなく、最近では局所麻酔であったとする説 が有力とされています。

「麻酔の日」(10/13)には日本麻酔科学会 を中心に全国各地で「市民講座」が開催されて います。琉球大学医学部麻酔科においても平成 13 年度より「市民公開セミナー」を開催してい ます。平成13年・14年度は、土曜日の午後1時 から4 時まで琉球大学医学部附属病院外来ロビ ーを使用し、セミナー形式で行いました。内容 としては、“麻酔の歴史”、“麻酔科医の役割”、 “麻酔の安全性(麻酔偶発症を中心として)”、 “ペインクリニックについて”、それぞれについ てポスターを提示し、参考資料を配布し詳しく 説明を行いました。まだ一般の人々に良く知ら れていない麻酔とはどんなものであるか、また 麻酔科医が手術中にどのような役割を果たして いるかを提示しました。麻酔の安全性に関して は、日本麻酔科学会が毎年統計を出している指 導病院における偶発症の発生率の結果を示しま した。これは日本の麻酔指導病院のほぼ90%か ら回答が得られた90万例に近い症例からのデー タであり、信頼性の高いものです。具体的には 麻酔が原因での死亡率や重篤な合併症の発生率 などの結果で、また、麻酔科医が活躍するペイ ンクリニックとはいったいどのような患者さん を診察治療しているのか、実際の神経ブロック の種類等について解説しました。さらに、麻酔の実際として独自にビデオを作製し、手術室入 室から硬膜外麻酔手技、全身麻酔導入から手術 開始までの一連の流れを上映しました。全身麻 酔のデモンストレーションとして高機能麻酔患 者シミュレーターを用いて、実際に研修医と指 導医による全身麻酔導入から麻酔からの覚醒を 実演しました。その中では手術中の危機的状況 をシミュレートし麻酔科医によるその処置、対 応などを参加した人々に紹介しました。その後 患者シミュレーターを市民の人にも触れて頂 き、マスクベンチレーションや挿管手技などを 体験してもらいました。さらに市民相談コーナ ーも設け参加された方々からの質問や疑問に直 接答える事としました。この市民公開セミナー に関しての広告を新聞に掲載し、また関係医療 機関にポスターを貼付し、広く宣伝を行うよう にしました。このセミナーに参加した方々にア ンケートを行いましたが、麻酔に関する関心は かなり高いものがあると考えられました。

平成15・16・17年度の3 年間は、10月13日 前後の3日間琉球大学医学部付属病院外来総合 受付のパネルに“麻酔の歴史”、“麻酔科医の役 割”、“麻酔の安全性(麻酔偶発症を中心とし て)”、“ペインクリニックについて”のポスタ ーを貼り、毎日11時から13時までの2時間は麻 酔科医がポスターの前に立ち質問等に答えると いう方法で開催しました。本年度も開催する予 定です。琉球大学麻酔科では、麻酔の日を通じ て“麻酔というもの正しく理解し、安心して手 術が受けられる環境づくりに邁進します”をス ローガンに、一般市民の方々に麻酔の進歩とそ れに伴う安全性の確立ならびに麻酔科医の役割 を紹介しています。