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がん征圧月間に因んで
〜肺がんの早期発見への挑戦〜

石川清司

独立行政法人国立病院機構沖縄病院 院長 石川 清司

要旨

長寿県沖縄を脅かす疾患に「肺がん」があり ます。病気を早期に見つけるために検診、そし て健診が行われます。この検診や健診の意義を 制約する要因は数多く挙げることができます が、重要な因子として、その疾患の治療法が確 立されているかどうかが大きな問題になりま す。残念ながら、肺がんの治療にはいまだ限界 があり、早期発見・早期治療のみが最良の策と 言えます。

はじめに

かつて、「沖縄の肺がん」というテーマで肺 がんを語ることができた時代がありました。典 型的な高分化扁平上皮癌が多いというのが、沖 縄県の肺がんの特徴でした。本土復帰後、食生 活を含めて、交通・通信網の発達があり、文化 の均一化が起こり、肺がんの中味も本土並とな りました。1989年を境に、扁平上皮癌の時代 から腺癌の時代へと、肺がんも大きな転換期を 迎えました(図1)。

扁平上皮癌の発見には、喀痰細胞診が偉力を 発揮します。そして、腺癌においては胸部X線 写真、CTを含めた画像診断が有力な早期発見 の手段となります。

図1

図1:1989年に腺癌が有意に増加、10年後は極端な差異を示す。

たかが1枚、されど1枚

腺癌の増加傾向は、画像診断の意義を増すも のです。CTによる肺がん検診の意義は、いま だ確立されておりません。被爆の問題、コスト の問題等多くの課題が残されております。CT の普及に伴い、胸部単純X線写真の読影がおろそかにされる傾向にあります。肺がんの早期発 見のためには、1枚の胸部単純X線写真の中に 多くの情報を見いだす努力が求められます。

症例1:58歳の主婦。非喫煙者。
主 訴:胸部X線写真上の異常陰影。
家族歴、既往歴:特記すべきことなし。
現病歴:毎年、欠かすことなく住民検診を受診。今年、はじめて胸部X線写真上の 異常陰影を指摘された(写真1)

写真1

写真1:心陰影に重なって腫瘤陰影を認める。

胸部X線写真所見:

左心陰影に重なって2cm大の腫瘤陰影を認め た。検診の受診歴から、過去のフィルムを追跡 してみて愕然としました。実に、この症例は6 年前の間接フィルムでも陰影は指摘可能でした。

臨床経過および考察:

本症例は、毎年検診を受けていたにもかかわ らず、精査の時点で多発肺内転移、胸膜播種を 認め切除不能でした。このように、胸部単純X 線写真には、心陰影や縦隔、肝等の臓器との重 なりで陰影が見落とされやすい部位が存在しま す。胸部X線写真には盲点があり、その盲点を 意識した読影が必要です。1枚の読影で、大き く予後が左右されます。

疑わしきは胸腔鏡

症例2:60歳の主婦。非喫煙者。
主 訴:胸部X線写真上の異常陰影。
家族歴、既往歴:特記すべきことなし。
現病歴:1年前の住民検診で胸部X線写真上の 異常陰影を指摘され、近医にてCTガ イド下肺生検1回、気管支鏡検査を2 回受けたが確診が得られなかった。4 ヶ月間に2回のCT検査を施行、陰影 に変化がないため経過観察とされた。 1年後の住民検診で再度異常陰影を指 摘された。陰影は約2.5倍に増大して いた。

臨床経過および考察:

遠隔転移を認めないため、切除が行われた。 術後の病理診断では、縦隔リンパ節転移を認 め、臨床病期VA期と判定され、術後化学療法 が追加された。


肺の小さな病変の確定診断は困難を極めま す。疑わしきは、胸腔鏡検査に持ち込むべきで す。平成17年度に沖縄病院で切除された最小 の肺がんは4mm大でした。1cm以下の肺がん を見つけることにより治療成績の向上が期待で きます。

高齢化社会を迎え、80歳代の肺がんも増加の 傾向にあります。胸腔鏡による切除は侵襲が少 なく、高齢者にも応用可能であり診断・治療に 有用です。

検診(健診)で早期発見

平成16年、17年の2年間に国立病院機構沖縄 病院で診療の行われた肺がん新患症例452例を 発見動機別に検討してみました。

男性318例、女性134例。自覚症状による発 見が204例、検診発見151例、他疾患経過観察 中の発見が97例でした。発見動機と臨床病期 の関係を図2に示します。

肺がんは早期発見・早期切除が大原則です。 初診時に手術の対象となったかどうかの視点で みると、自覚症状で発見された肺がんの4割が切除可能であり、検診発見例 の8割は完全切除可能でした。 肺がんは、症状の無い段階で見 つけることが肝要です。

発見動機と年齢の関係で注 目されることがあります(図3)。 60 歳代は自覚症状で発見され る機会が多くなります。定年退 職を迎えて、職場検診から住 民検診へ移行する過渡期は注 意が必要です。殊に、男性の 60 歳代は注意が必要です。意 識して検診を受けるようにした いものです。

CTの有効活用

肺がんのリスクの高い方は、 積極的にCT検査を受けましょ う。1)重度喫煙者。とくに10 歳代で喫煙を開始した方。2)何 らかの肺の病気(結核など)を わずらったことのある方。3)身 内に「がん」が多い方(がん家 系)。4)胃がん、大腸がん、子 宮がん、乳がん等の治療を受け た方は、再発と第2癌発生の観 点から定期のCT検査が必要で す。沖縄病院のデータからは、 高血圧の持病をお持ちの方も CT検査をすすめます。

まとめ

肺がん診療も着実な進歩がみ られます。ひとえに、早期発見 による切除率の向上によるもの です。胸部単純X線写真の慎重 な読影とCT、胸腔鏡の活用に より、症状の無い段階で、1cm 以下の小型肺がんの発見に努め たいと思います。

図2

図2:自覚症状発見肺がんはV期、W期の進行がん。

図3

図3:60歳代は自覚症状発見例が多くなる。