おおうらクリニック内科医 大浦 孝
黒沢明監督が映画化した「赤ひげ」は、貧し い人から治療費を取らずに診療する名医の代名 詞となっています。一方、手塚治虫の漫画「ブ ラックジャック」では外科手術の腕は超一流 で、治療に法外なお金を要求する、ある意味で は悪徳医師として描かれています。
山本周五郎の「赤ひげ診療譚」を読むと、療 養所の運営費は幕府から支給されていても財政 逼迫で運営は大変だったようで、赤ひげは豪商 を往診して法外な治療費を要求し、不足分を賄 っていたようです。
ところが現代では、さる新聞記者曰く。「上か らものをいう」「専門用語で煙に巻く」「仲間内 でかばい合う」で、「もはや、パターナリズム (家父長主義)やムンテラ(口先だけの説明)に 立った“お任せ医療”は成り立ちません」と。
その新聞社の世論調査結果(2004/1)によ ると、一般市民は
1.医療に満足している 37%
2.医療に不満を感じている 60%
3.医療事故の不安を感じる 77%
4.別の医師からも意見を聞きたい 71%
5.医療事故をきちんと公表していない 89%
6.医療者の対応に不愉快な思いをした 40%
7.免許更新制の導入に賛成 95%
となっております。
更には医療機関への不満(数字は%)として、
1.待ち時間が長い 49.5
2.医療費が高い 40.9
3.薬や検査が多すぎる 25.3
4.医療費の内訳が不明 18.7
5.親身になって対応してくれない 14.7
6.診断や治療が信頼できない 12.0
7.医師や看護師の態度が悪い 8.7
8.施設や機器が整っていない 7.3
となっております。
又、続出する医療事故の背景として
1.医療が高度化・複雑化し小さなミスが取り
返しのつかない重大ミスにつながる。
2.医療を取り巻く環境の変化として
1)患者の権利意識の高まり−高学歴化・自己決定権
2)健康・医療への関心の高まり−医療への過度な期待
3)情報化社会の進展−情報で武装した患者の登場
4)医療費負担の増大−強まるコスト意識
と指摘されます。
その医療事故の要因としては
1.単純で基本的なミス(患者取り違え、血液
型のチェックミス、薬の投与ミスなど)
2.低レベルの医療技術(技量が未熟な医師が
十分なバックアップもないまま、高度な手
術に挑む)
と分析されます。
医療者の事故後の対応としては
1.不誠実な患者・家族への説明
2.隠蔽行為(カルテ改ざん、口裏合わせ、証拠隠滅)
3.情報開示への不協力
4.内部告発への圧力
と指摘されます。
高名な日野原重明先生(聖路加病院理事長)がプロフェッションとは
1.神学・法学・医学にかかわる職業
2.公のために貢献することを神から求められ
た者たちの意味
3.その使命を果たすために生涯を捧げる者た
ちのことを指した
と提唱された状況とは程遠い状態となってしま いました。
しかしながら一方では、日本では1960年代に 国民皆保険制度が整えられました。国民全員が 安価で良質な医療を安心して受けられるように なり、日本人の平均寿命は世界一となりました。
しかるに現状は、国家統制下で厳しい社会保 障抑制政策が遂行されております。赤ひげやブ ラックジャックの出現は不可能です。例えば、 OECD諸国の医療費対GDP比率(2003年)を 見てみますと日本は何と17番目になっておりま す。上位各国はまさしく富める国であり、つく づく羨ましくもあります。ちなみに医療提供体 制の各国比較(2003年)を見てみますと日本 では平均在院日数が極端に長く、病床数が2〜 5倍も多いのは腑に落ちますが、逆にその割に は医師や看護職員数が極端に少ないのは腑に落 ちません。すると病床数を減らし、入院日数を 短縮すると同時に医療職員を増やして、医療の質即ちQuality of Medecine(QOM)を向上 させることが、社会保障の富める国の条件と言 えます。と同時に上記不満不安は解消され、事 故防止にもなります。
医療は勝れて公共事業です。安全で安心し満 足する医療を実践するにはマンパワーが不可欠 であります。
この半世紀、きびしきハードの下、やわらか きソフトで高度成長期には順調に作動していた ものが、この「失われた10年」で除々に乖離 し、蝕まれてしまって近々破綻するかの瀬戸際 にあります。
それでも貧すれば鈍するに抗して、日本医師 会は医の倫理綱領の6条で「医師は医業にあた って営利を目的としない」と謳っています。そ の実践の検証は病院を訪れる読者諸賢にゆだね ます。
最後になりましたが高名な経済学者である宇 沢弘文先生(東大名誉教授)は「社会的共通資 本(医療や教育など)は、それぞれの分野の職 業的専門家によって、専門的知見にもとづき、 職業的規律に従って管理・運営されるものであ る。決して政府によって規定された基準ないし ルール、あるいは市場的基準に従って行われる ものではない」と述べております。
現実的には医療理念と経営理念とが乖離し、 利益追求至上主義の商業路線が跋扈すれば医療 の質は低下し、現場では事故が多発するとの先 人の教訓をかみしめております。
平成18 年4 月1 日(土)沖縄県医師会主催 「医療事故をめぐる医療者の社会的責務」五阿 弥宏安先生(読売新聞東京本社社会部長)の講 演を拝聴して、その対論とさせて頂きます。