理事 今山 裕康
今年の診療報酬改定はマイナス3.19%とかつて ないマイナス改定であったが、この改訂率はあ くまでも机上の計算であり、実態はさらに深刻 なものと考えられる。さらに療養病床の削減、 自己負担の増加といった改革が先の国会で医療 制度改革関連法案として成立した。このように 医療提供側に改革の嵐が吹き荒れる中、今回、 特に影響が大きいと考えられる療養病床を有す る医療機関にアンケート調査を行い、その影響 について推計した。沖縄県の医療療養病床は、 診療所127床(24医療機関)、病院3,480床(43 医療機関)で、そのうち特殊疾患療養病床は 1,365床(24医療機関)である。アンケート調査 の結果およびその結果を基に推計される影響な らびに日本医師会へ行った緊急提言については 別に掲載しているので参照していただきたい。 平成18年7月1日より医療療養病床については入 院基本料2を算定することとなるが、これは特殊 疾患療養病床の廃止と療養病床入院患者を新た に「患者分類」を導入し区別して入院基本料を 算定することである。アンケート調査に基づく 計算はあくまでも予測であり、場合によって30% 〜40%の減収となる医療機関も出てくるものと 予想される。
今回導入された「患者分類」は「医療区分」 と「ADL区分」といった新たなカテゴリーを用 いているが、その根拠、妥当性ならびに決定プ ロセスは不透明のままである。特に社会的入院 といわれる患者が「医療区分1」に分類される 一方で、高度の意識障害、身体障害を有する患 者も多くは「医療区分1」に分類され、医療お よび看護の必要度といった尺度から考えれば妥 当性に疑問を持たざるを得ない。
ところで、我々だけでなく、患者家族、行政 は、これからいわゆる社会的入院といわれる患 者をどのように地域で受け入れていくかという 課題に直面することになる。政府は、患者を老 健や特別養護老人施設、居宅系サービスへ移行 することを考えているが、現実にそのような施 設に空床はなく転院することは容易でない。ま た在宅に戻すといっても現実には在宅で見るこ とが出来なかったことを考えるとこれも困難で あり、実質的に患者を移動させることは不可能 である。従ってアンケート結果より明らかなよ うに、医療機関は減収という事態に甘んじなが ら、甚大なるボランティア精神を発起して、対 処せざるを得ないのである。
また、政府は今後、介護型療養病床13万床 を廃止し、医療型療養病床25万床を15万床に 削減するといっている。沖縄県にある医療型療 養病床は3,600床あまり、そのうち1,400床あま りが削減の対象である。この政策の内、現時点 で明らかなのは経過型施設が設けられ、その算 定要件と診療報酬だけで、転換の計画、実施を 担保する施策等は見えてこない。次期参酌標準 が制定されたとき、どのようになるのか全く不 明で、経過型に手を挙げたが実際は転換できな くなるのではないかといった不安から手を挙げ ることが出来ない医療機関も出てくると予想さ れる。厚生労働省は転換できるようにすると言 っているが、介護保険を拡大させないという基 本的考え方が大きく変わることは考えにくく、 さらに介護保険の事業主は市町村であり、それ ぞれの地域で事情が異なり、厚生労働省がいう ように手を挙げたところがすんなりと転換でき るかどうかは懐疑的である。
このような制度改革に社会のインフラ整備が ついてきていない。これは医療機関だけでな く、患者、患者家族さらに世論も不安をつのら せている。このような不安を払拭するためにも 制度改革は、インフラ整備を迅速に行うべき で、最低でも同時進行的に行うべきである。例 えば、療養病床を介護施設や居宅系サービスに 転換させようとするのであれば、具体的な制 度、施策を十分検討した後、少なくとも2011 年次期参酌標準が制定された後に実行すべきだ と考える。
沖縄県に現在、医療療養病床は有床診療所 (現に入院患者を有している診療所)が約127 床、病院が約3,480床(うち、特殊疾患療養病床 が約1,365床)ある。沖縄県医師会は県下の全医 療療養病床に対して、平成18年6月12日の時点 での「患者分布」の緊急調査を行い、約85%の 67施設、2,745床から回答を得た。
この調査結果を基に、平成18年7月1日から 実施される「患者分類」による入院診療報酬へ の影響を平成18年3月31日までと対比して試算 した。
患者分布は別紙(参考資料1)の通り。
[算出方法]
1.平成18年3月31目までの入院基本料
医療療養病床入院患者の殆どが老人のため、 すべて老人の入院基本料を基準とした。
また、特殊疾患療養病棟に関しては特殊疾患 療養病棟入院基本料(T)1,980点を算定する 病床が551 床、特殊疾患療養病棟入院基本料 (U)1,600点を算定する病床が814床であり、 その過重平均の1,750点を入院基本料とした。
有床診療所 798点
病院 1,151点
特殊疾患療養病棟 1,750点
2.「医療区分」の点数
「医療区分1」
「ADL区分1・2」とADL区分3」との 平均値とした。
有床診療所(520点+602点)÷2=561点
病院 (885点+764点)÷2=825点
「医療区分2」
殆どが「ADL区分2・3」のため「ADL 区分2・3」の点数とした。
有床診療所871点
病院1,344点
「医療区分3」
有床診療所975点
病院1,740点
[入院基本料の変化]
1.有床診療所
「医療区分1」561点−798点=−237点
「医療区分2」871点−798点=+73点
「医療区分3」975点−798点=+177点
2.病院
特殊疾患療養病棟以外の療養病床
「医療区分1」825点−1,151点=−326点
「医療区分2」1,344点−1,151点=+193点
「医療区分3」1,740点−1,151点=+589点
特殊疾患療養病棟
「医療区分1」825点−1,750点=−925点
「医療区分2」1,344点−1,750点=−406点
「医療区分3」1,740点−1,750点=−10点
[入院診療報酬の変化]
1.有床診療所
「医療区分1」
66.4(%)×127(床)×(−)237(点)
×10(円)×365(日)=−7,295万
「医療区分2」
33.6(%)×127(床)×(+)73(点)
×10(円)×365(日)=+1,137万
「医療区分3」
0.0(%)×127(床)×(+)177(点)
×10(円)×365(日)=0
合計 −6,158万…A
2.病院
特殊疾患療養病棟以外の療養病床
「医療区分1」
50.2(%)×2115(床)×(−)326(点)
×10(円)×365(日)=−126,335万
「医療区分2」
40.9(%)×2,115(床)×(+)193(点)
×10(円)×365(日)=+60,937万
「医療区分3」
8.8(%)×2,115(床)×(+)589(点)
×10(円)×365(日)=+40,013万
夜間勤務管理加算39点、日常生活障害加算
40点の廃止分の減収
2,115(床)×(−)79(点)×10(円)
×365(日)=−60,986万
合計 −86,371万…B
特殊疾患療養病棟
「医療区分2」
59.6(%)×1,365(床)×(−)406(点)
×10(円)×365(日)=−120,558万
「医療区分3」
40.4(%)×1,365(床)×(−)10(点)
×10(円)×365(日)=−2,013万
合計 −122,571万…C
※特殊疾患療養病棟においては、平成18年6月 30日現在、入院中の患者に対して「医療区分 2」又は「医療区分3」とする「みなし措置」が ある。従って、「医療区分1」の患者はいないも のとして計画した。
総合計 A+B+C=−215,100万
[平成18年3月までの保険収入]
1.有床診療所
798点×127床×10円×365日
=36,991万
2.病院
特殊疾患療養病棟以外の療養病床
1,151点×2,115床×10円×365日
=888,543万
特殊疾患療養病棟
1,750点×1,365床×10円×365日
=871,894万
3.合計 1,797,428万
全体△12.0%
有床診△16.6%
特殊疾患以外△9.7%
特殊疾患△14.1%
[入院診療報酬の減収額および減収率](参考資 料2)
今回の診療報酬改正は全体で3.16%のマイナ ス改正ということであるが、沖縄県の医療療養 病床群においては入院診療報酬だけで全体でマ イナス12.0%。個々に見ると、診療所がマイナ ス16.6%、病院では特殊疾患療養病棟以外の療 養病床がマイナス9.7%、特殊疾患療養病棟が マイナス14.1%の減収となっている。いずれの 療養病床も減収率がかなり高く、中でも特殊疾 患療養病棟は極めて高い。減収額で見ると、沖 縄県全体では約21億円強の減収が見込まれる。
今回の平成18年7月1日から実施される療養 病床入院基本料2の導入による減収は、診療報 酬改定のマイナス3.16%をはるかに上回るもの となることが明らかとなった。これにより殆ど の医療療養病床は平成18年7月1日以降、経営 上大きなダメージを受け、中でも有床診療所お よび特殊疾患療養病棟への影響は甚大なものに なると予想される。
[平成18年度診療報酬改正における医療療養病 床の「医療区分」についての緊急提言]
沖縄県医師会の緊急調査結果の通り、「患者 分類」による「医療区分1 」の患者割合は 50.9%と、平成17年11月11日の第4回診療報 酬調査専門組織・慢性期入院医療の包括評価 調査分科会で示された50.2%とほぼ同程度であ った。
厚労省は「医療区分1」は介護保険へ移行さ せると位置づけている。しかし、現状では受け 皿側の制度も未整備である。また、今回の「患 者分類」による「医療区分」の設定には多くの 問題点、矛盾点があり、状況を調査・把握した 上での各「医療区分」の算定要件および設定点 数の再検討を強く要望するものである。
記
<要望点>
・時期の問題、経過措置
医療機関への周知徹底が不充分なままで、 本年7月1日の実施では極めて拙速過ぎ、介 護施設への転換を図るにしても医療現場では この短期間での対応は極めて困難であること から、療養病棟入院基本料2の算定を各制度 間の整合性が図られるまで凍結することを強 く要望するものであり、さらに急激な収入の 変化は医療機関の経営上好ましくなく、特段 の配慮をお願いするものである。
沖縄県医師会は会員の全医療療養病床群67 施設に対して平成18年6月1日の時点での「患 者分布」の緊急調査を行い、約85.1%の57施 設、2,745床から回答を得た。
[算定日数制限について]
平成18年4月13日、厚労省での「療養病床に 関する説明会」において、各「医療区分」の項 目に初めて詳細な算定要件が示された。(参考 資料1)その中で「医療区分2・3」の8項目の 疾患等に3日、7日、14日間の算定日数制限が 付加された。この8項目の疾患等は算定日数を 過ぎれば、当該「医療区分」での算定は不可と なるため、初めからランクダウンさせてカウン トした。沖縄県医師会はこの算定日数制限の 付加を極めて重要視しており、算定日数制限を 加味しない場合と、加味した場合とに分けて、 沖縄県の全医療療養病床群(回復期リハ病棟を 除く)に対し緊急調査を行った。
[緊急調査の結果]結果は別紙(参考資料3) の通り。
平成17 年11 月11 日、診療報酬調査専門組 織、慢性疾患入院医療の包括評価調査分科会に て発表された「医療区分」での算定日数制限な しの場合の調査結果は、病院の場合、「医療区 分1」が42.6%、「医療区分2」が47.4%、「医 療区分3」が10.0%。診療所の場合、「医療区分 1」が52.5%、「医療区分2」が47.5%、「医療 区分3」が0 %。病院と診療所を合わせると 「医療区分1」が4 3 . 1 %、 「医療区分2」が4 7 . 4 %、 「医療区分3」が9.5%とな っている。
逆に平成18年4月13日、 算定日数制限を付加された 8項目の疾患等を、文頭で 述べたように初めからラン クダウンさせてカウントさ せると、「医療区分2」は 「医療区分1」に、「医療区 分3」のうち「医療区分2」 に該当する者は「医療区分 2」に、「医療区分2」に該 当しない者は「医療区分1」 にランクを下げて統計をと ったところ、上記算定日数 制限なしの場合と比較し て、病院の場合、「医療区 分1」が50.2 %と7.6 %上 昇、「医療区分2」が40.9% と6.5%下降、「医療区分3」 が8.8%と1.2%下降。診療 所の場合、「医療区分1」が 66.4%と13.9%上昇、「医 療区分2 」が3 3 . 6 % と13.9%下降、「医療区分3」が0.0%。病院と診 療所を合わせたデータでも「医療区分1」が 50.9%と7.8%上昇、「医療区分2」が40.6%と 6.8%下降、「医療区分3」が8.5%と1.0%下降 している。
[算定日数制限付加の影響]
当初の厚労省の療養病棟を有する病院の患者 分布調査データで「医療区分1」は50.2%であ った。今回の沖縄県の緊急調査の結果で「医療 区分1」の患者は病院で5 0 . 2 %、診療所で 66.4%、合計で50.9%と厚労省のデータを若干 上回るものであった。これは算定日数制限付加 の影響によるものと考えられた。
[「医療区分1」の患者の行方]
平成18年4月13日の厚労省での「療養病床に 関する説明会」および平成18年4月19日の第 86回中央社会保険医療協議会・総会での「療 養病床に係る診療報酬・介護報酬の見直しにつ いて」の資料にもあるように、厚労省はこれら 「医療区分1」の患者を経過型介護療養型医療 施設や介護保険移行準備病棟等の介護施設等も しくは在宅へ移行させる施策をすでに打ち出し ているが、これらの施設が充足するには相当の 時間を要する。
沖縄県では50.9%に当たる1,398人、全国で は医療療養病床25万床に対する沖縄県と同率 で推定した場合の約12.7万人にもおよぶ「医療 区分1」の患者の受け皿としての介護療養施設 および在宅医療サービス体制は、まったく不足 しているのが現状である。