常任理事 友寄 英毅
厚生労働省は、平成17年4月に「医師等の行政処分のあり方等に関する検討会」を設置して、「医道審議会」が行なう行政処分のあり方について検討を進めてきたが、この程その報告書を発表した。これを受けて、平成18年度中に所要の法律改正が行なわれる予定である。本誌に「報告書の概要」を掲載してあるが、さらに要点をまとめてみると、下記のような事項が眼目であると思われる。
「戒告」という行政処分が加わる
現行の行政処分は「医師免許取り消し」と「医業停止(1ヵ月〜5年)」であるが、これに「戒告」が加わる。行政処分を受けた医師に対しては「再教育」が義務付けられるとしているので「戒告」を受けた医師も一定の「再教育」を受けなければならない。
「免許取り消し」が増える
現行の「医業停止」の範囲は1ヵ月〜5年であるが、報告書はこれを最長3年としているので、3年超〜5年の「医業停止」に相当する処分は「免許取り消し」になり、結果として医師免許を失う医師が増えることになる。
厚労省による立ち入り調査が増える
現在は診療報酬不正請求等がある場合に地方社会保険事務局による「個別指導」や「監査」が行なわれるが、「報告書」は調査権限を創設して立ち入り検査を行なう組織体勢の構築が望まれるとしている。これらの調査の端緒として、患者、一般国民、医療従事者による情報提供のほか、地域医師会の医療相談窓口や都道府県の医療安全支援センターに寄せられる苦情や相談などを挙げている。つまり、医師会も内部通報者になるわけである。私達は患者に苦情を言われないように一層の努力(特に説明義務と注意義務の遵守と医療安全)をしなければならない。日本医師会及び都道府県医師会は、厚労省の調査権限が乱用されないように注意しなければならない。
免許取り消し後は5年経過しないと再免許付与されない
現行の医師法では、取り消しされた医師免許の再付与までの経過期間は明記されていないが、これを5年にすべきだとしている。
医師の個人情報がホームページに載る
「ニセ医師が年間数千万円稼いだ」等というニュースがしばしば新聞を賑わす。報告書は「医師の氏名、性別、医籍登録年月日を、行政処分を受けた医師については行政処分の内容をその期間中、再教育を受けるべき医師の情報については再教育が終了するまでホームページに掲載すべきだ」としている。
被処分医師への再教育が始まる
これまで医業停止処分を受けた医師は、医業停止期間を過ぎれば、特段の条件もなく医業に復帰でき、実際に多くの被処分者が医療現場に復帰して医療を再開している。
「行政処分を受けた医師に対する再教育に関する検討会」は平成17年4月にその報告書を提出している。再教育の目的は「被処分者の職業倫理を高め、併せて、医療技術を再確認し、能力と適性に応じた医療を提供するように促すこと」である。
再教育の対象者は「戒告」、「医業停止」を受けた者と「免許取り消し」を受けた者で免許の交付がなされる場合となっている。
再教育の方法については、現在、内容、期間、教育カリキュラム、指導助言者の育成確保などについて同検討会報告書に方針が示されているが、具体的には今後さらに検討されると思われる。日本医師会及び都道府県医師会が主体的に関らないと、実施は困難と思われるが、「再教育に関する検討会」で日医代表の橋本信也委員が「委託されれば喜んでやるだけの用意がある」と述べたのに対し、大学代表委員や患者代表委員から厳しい反対意見が出ている。
平成18年3月11日(土)、12日(日)の2日間、埼玉県和光市の国立保健医療科学院において「行政処分を受けた医師に対する再教育のための教育ワークショップ」が開催され、私が参加してきたので簡単に報告したい。上記の「報告書」を受けて行なわれた事業であるが、日医会長選挙や各都道府県医師会役員選挙の時期であるためか、参加者はわずか11名であった。内容は基調的な講演と2例の被処分医師に対する再教育の方法を作るワークショップであるが、2日間で計17時間に及んだ。
参加者がA、B2班にわかれ、A班は「診療報酬不正請求:架空請求、5件、95回、926,429円 医業停止4年」の60歳台の医師の事例、B班は「業務上過失致死傷:中心静脈注射のために内頚静脈を穿刺すべきところを総頚動脈を穿刺した上、穿刺部を拡張してカテーテル挿入を進め、大量出血を惹起させ、出血血液による気管圧迫により窒息死するに至らしめた「医業停止1年」の30歳台の医師の事例」を検討した。ワークショップでは再教育プログラムの作成が最終目標となる。A事例は倫理研修が主となり、B事例では技術研修が主となるが、患者家族の心情、社会の批判非難を慮って両例とも厳しい再教育プログラムにせざるを得なかった。
行政処分が今後、厳しくなることは明らかである。医師個人が医の倫理、注意義務、説明義務、生涯教育及び医療水準の維持等について地道に努力するとともに、事故を起こさない院内システムの構築、医療安全に必要な診療報酬制度を求める活動を続けなければならない。
私は今年3月を以て退任することになりました。会員の皆さん、理事者の皆さん、職員の皆さん、関係機関や諸団体の皆さんに大変お世話になりました。厚く御礼申し上げます。
医師等の行政処分のあり方等に関する検討会報告書(概要)
1.はじめに
○行政処分を受けた医師等に対する再教育制度の検討において明らかとなった行政処分に係る課題等について検討を進め、議論の結果を取りまとめたもの。
2.処分類型の見直し
○行政処分を受けた医師等に対する再教育制度の導入に当たり、従来医業停止処分等としていた事例の中には、医業停止等を行うことなく再教育を課することが適切と考えられるものがあることや、行政指導としての戒告としていた事例の中にも、再教育を課して被処分者の反省を促すことが適切と考えられるものがあることから、医業停止等を伴わない「戒告」という処分類型を設けるべき。
○戒告処分の新設に当たり、どのような行為が戒告処分に該当するのか、基準を定める必要があること。
○処分基準の策定に当たっては、行政処分と刑事処分はその目的を異にするものであり、同じ量刑の刑事処分が科された事例について、その内容を検討した結果、異なる行政処分を行うこともあり得ることに留意する必要があること。
○再教育を受けない医師等については、罰則を設けるなどの措置を講ずることにより、再教育の実効性を担保すべき。
○再教育を修了していない医師等については、医療機関の管理者になれないこととするなど、罰則等とは違った形での処遇を検討するべき。
3.長期の医業停止処分等の見直し
○長期間の医業停止処分等は、医業等の再開に当たっての支障が大きく、医療の安全と質を確保する観点から適切でないため、医業停止処分等の期間の上限を3年とすべき。この結果、現行では長期間の医業停止処分等となるような事例が、その処分理由により、免許取消となる場合があること。
4.行政処分に係る調査権限の創設
○必要な行政処分を迅速かつ適切に行う観点から、国に、行政処分の根拠となる事実関係に係る調査権限を創設すべき。
○調査権限の創設に当たっては、国民からの申立について、調査を実施する必要があるか否かを検討して振り分けを行うための基準や仕組みを整備する必要があること。
○調査権限の内容は、医療従事者等からの報告の徴収や資料の収集、医療機関への立ち入り検査等が考えられる。また、調査の実効性を担保するため、調査に協力しない場合の罰則を設けるべき。
5.医籍等の登録事項について
○再教育の義務付けに伴い、再教育の修了について医籍等の登録事項とすべき。
6.再免許等に係る手続の整備
○免許取消処分から再免許の付与が可能となるまでの最低経過期間を5年とし、再免許付与のための条件の一つとして法律上明記すべき。
○再免許付与の可能性を申請者が判断できるよう、再免許の付与の可否を判断するための目安となる基準を作成すべき。
○行政処分を回避する目的で免許を自主的に返上する行為に対応するため、行政処分に係る手続が開始された場合には免許の返上ができないこととすべき。
7.国民からの医師資格の確認方法等について
○医師等でない者からの医療の提供等を防止し、国民の生命・健康を保護する観点から、氏名、性別、登録年月日(国家試験合格の年月)により医師等の資格確認を行うことを可能にすることが適当であること。その際、電話照会だけではなく、ホームページ上で資格確認を行うことも可能にすることが適当であること。
○医業等を行うことを禁止されている医師等からの医療の提供を防止する等の観点から、医師等の資格確認の際、行政処分の情報を、医業停止処分等については処分終了時又は再教育修了時までの間、戒告処分については再教育修了時までの間、提供することが適当であること。
8.おわりに
○本報告書における結論を踏まえ、来年の医療制度改革のための法律案において必要な法律改正を行うなど、提言された施策の速やかな実現に努力されたいこと。