老衰

石川清司・介護老人保健施設「あけみおの里」(2016年8月23日掲載)

当たり前に生きること


 医者と称され約40年が経過。「がん」の診療、特に呼吸器の「がん」の診療を担当し走り続けてきました。厳しい現実があり、振り向くと死亡診断書の山ができていました。


 死亡診断書には、病名と病悩期間の記載が必要です。「肺がん」「胃がん」「大腸がん」等に加えて「心筋梗塞」「脳梗塞」「肺炎」等々の病名がつけられます。病気の経過とともに、患者さんのさまざまな人間模様が描かれ、個性豊かな多くの物語が演じられてきました。


 約10年前に母親が100歳で天に帰りました。明治・大正・昭和・平成と、戦火と貧困にあえぐ沖縄の地をたくましく生き抜き、静かに息を引き取った、まさしく「老衰」と称する、ごくごく自然な流れでした。しかし、病名を「心不全」にしたような気がします。私は、「老衰」と称する病名を知らなかったのです。


 定年を迎え、「がん」の診療から一転して、介護老人保健施設でご高齢の方々の診療に携わるようになりました。まさに、「老衰」以外の病名はあり得ないお年寄りの人生の終焉に出会ったのです。勇気を振り絞って、医師生活で初めての「老衰」の病名を記載しました。


 しかし、待てよ。診断書の病気の発症年月日とその経過年数をどのように記載すればいいのか迷いました。冷静に考えると、老衰の始まりは、その人の誕生日にあります。病名を「老衰」とし、その原因は「不詳」。病悩期間は102年であるが、それも「不詳」としました。


 「生・老・病・死」。人の苦悩は絶えることがありません。しかし、「老衰」という病態には、難解な哲学の裏打ちは要らない。苦痛が全くない。家族に囲まれた安らかな経過でした。


 しかし、「老衰」の影にも、ごくごく、当たり前の努力は必要でした。粗食に耐え、良好な人間関係を保ち、散歩等の適度の運動を楽しみ、病気の早期発見と早期治療によって達成された「健康長寿」、そして「寿命」でした。


 「人生とは?」。頭で悩むことなく、当たり前に、体で生きることを教えてもらったような気がしたのです。感謝。

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