正常細菌叢ってなに?
金城武士・国立療養所沖縄愛楽園(2013年5月6日掲載)
免疫力アップに一役
インフルエンザや結核など、新聞にはさまざまな感染症に関するニュースや情報が掲載されます。私たちの身の回りには無数の微生物が生息していますが、その一部の病原微生物が人に感染し、感染症を引き起こします。微生物は人間にとって百害あって一利なしと思われがちですが、実は人間の体にはさまざまな細菌が定着しており、これらは正常細菌叢(そう)を形成し、私たちとは相利共生の関係にあります。
人間の赤ちゃんは母胎内にいるときは無菌状態ですが、生後、外部環境にさらされることでさまざまな微生物の暴露を受け、その一部が皮膚、鼻腔(びくう)、口腔(こうくう)、消化管内に定着して正常細菌叢が形成されます。
たとえば私たちの腸には100種類以上、100兆個以上の腸内細菌がいて、お互いが均衡を保ちながら生息しています。このように出来上がった「縄張り」に外部から新参者がやってきても、そう簡単には居場所をみつけることはできません。つまり、正常細菌叢は病原細菌の攻撃から私たちを守ってくれているのです。また正常細菌叢は私たちの免疫細胞に刺激を与えることで免疫系を活性化し、感染抵抗性を高めています。腸内細菌はこのような感染防御だけではなく、ビタミン産生やホルモン代謝とも深く関与しています。
このように私たちにとって有益な正常細菌叢ですが、これを崩す要因として挙げられるのが抗菌薬、いわゆる抗生物質(抗生剤)の使用です。抗菌薬を投与するとこれまで均衡を保っていた正常細菌叢のバランスが崩れてしまいます。私たちは病原細菌によって引き起こされた感染症を治療する目的で抗菌薬を処方しますが、必要以上に抗菌薬を処方しないよう心がけています。
ところが、かぜ症状のある患者さんから抗菌薬の処方をお願いされることが多々あります。かぜ症状を引き起こしているのはほとんどの場合、細菌ではなくウイルスなので、抗菌薬は無効どころか、正常細菌叢にとっては有害といえます。ですから医師は、病歴や身体所見、検査結果などから細菌感染の可能性が低いと判断した場合には、原則として対症療法、すなわち解熱鎮痛薬や咳(せき)・鼻水止めなどを処方して経過をみます。ただしインフルエンザウイルス感染症は例外で抗インフルエンザウイルス薬という選択肢がありますが、これは抗ウイルス薬なので正常細菌叢に対する影響はありません。
私たちの体には正常細菌叢というものが存在し、健康維持に一役かっていることをご理解いただけましたでしょうか。