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粟国島紀行

玉井修

曙クリニック 玉井 修

ゴールデンウイークを前に沖縄県は梅雨入り したと発表された。粟国島へ出発する5 月3 日 の朝、目が覚めると土砂降りだった。折角自転 車に乗れると思って楽しみにしていたのに、こ の雨では断念せざるを得なかった。インターネ ットで雲の動きを見てみると、沖縄本島の北に は更に多くの雨雲が押し寄せている。粟国島で 爽快に自転車ツーリングするという期待は万に 一つもあるまい。泣く泣く、泊港に雨の中タク シーでやってきた僕は連休を離島で過ごそうと いう観光客でごった返すフェリーの切符売り場 で往復¥6,310 の乗船券を買った。

粟国島は沖縄本島の北西約60 キロに位置し、 一周12 キロほどの島である(下記地図参照)。 沖縄本島からは泊港から毎日カーフェリーが一 往復しており、約2 時間ほど船に揺られると到 着する。もちろん自家用車を持ち込む事も可能 であるがその場合は軽自動車でも往復5 〜 6 万 の追加料金が出る。ちなみに自転車は¥750 で 持ち込み可能である。

【島に着いたらやはり土砂降り】

カーフェリーは快適そのもので、悪天候で出 港を早めたにも関わらず、全く船酔いはしなかった。しかし、周りを見ると結構気分が悪そう な方も多く、2 時間の船旅は辛そうだった。僕 は以前よく船酔いしたものだが、最近ではほと んど気にならなくなっている。お酒に酔う事が 多くなったので、船には酔わなくなったのだろ うか?

粟国港に着いたが、案の定土砂降り。早速持 ってきたビニール傘が必要となった。船を降り 立ったものの、さてどこへ向かって歩けば良い のやら途方に暮れる。港のターミナルビルがポ ツンとあるだけで、あとは何も見あたらない (図1)。土砂降りで、長袖のシャツを着ていて も寒いのに、あたりには民家らしいものも見え ずとても心細い。緑地らしき構造物があったの でそこへ向かうと少しずつ民家が見え始めてき たので少し安心した。雨の中、民宿を探し回る のは風邪をひきそうだったが、程なく今日宿泊 予定の民宿寿ことぶきを探す事が出来た(図2)

図1

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図2

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【そてつ、もちきび、そして土砂降り】

民宿で荷物を置いて、早速島を散策に出かけ た。まず民宿の目の前に拡がる稲の様な作物が ある。民宿の主人に聞くと「もちきび」という イネ科の作物で稲より低く、黄色い穂を垂れて 今が収穫時だという。甘みがあって、ご飯に混 ぜて今日の夕食に出してくれるとのお話しであ った。大変楽しみである(図3)。

図3

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粟国島は西に行くに従って海抜が高くなり、 最大90 メートルほどになる。粟国港は丁度南 側の真ん中あたりにあり、その周囲に民家が拡 がっているので西に向かえば上り坂になり東に 向かえば下り坂になる。まずは西に向かってみ たが、何しろこの大雨である。足下はおぼつか ないし、地理にも不慣れ、おまけに寒いし、ひ とりぼっちの寂しさもあって早々と上り坂は断 念した。粟国島にも多くの名所があるが、早々 に諦めてしまったのでむしろ周囲をゆっくりと 眺めながら雨のお散歩となった。ふと気が付く とマンホールにソテツのデザインがしてある (図4)。粟国島は昔、饑饉用にソテツを多く栽 培していたらしい。今回はあまり多くのソテツ を見かける事は無かったが、離島の厳しい生活 の一端を想起させるデザイン画である。僕は雨 の中更に安易な東の方に向かった。すると遊歩 道があり、そこには多くの切り立った岩場とそ こに自生する植物が見えてきた。波に浸食され て不思議な造形をしており、まるで鋭利な刃物 の様になっている(図5)。ハリーポッターの映画に出てきそうな風景が拡がり、何とも不思議 な光景である。感心して岩場を歩いていたが、 どれほど歩いても誰にも会わないし、海鳴りし か聞こえない。雨は相変わらずの土砂降りで、 足下は刃のような岩場の連続である。転んだら この岩に串刺しかな?等と考えると少々恐ろし くなってきた。

図4

図4

図5

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【夕食、夜の散歩、そしてやっぱり翌日も土砂降り】

身の危険を感じたので、雨の散策を切り上げ て民宿に帰ってきた。民宿の醍醐味は何と言っ てもその土地の食事にありつける事である。先 ほどのもちきび入りのご飯と、島で採れた魚介 類をたっぷりご馳走になった。どれも美味しか ったが、もちきびの混ぜご飯はモチモチした食 感が楽しい。夕食の後、腹ごなしに港まで少し 散歩することにした。離島の夜は暗い、聞こえてくるのは海鳴りだけ、漆黒の闇というのはこ の事だろうかと思いつつ、夜は暗いものだとい う当たり前の現実を思い出させてくれる。静寂 や暗闇にこれほどの恐怖を覚えるのは、僕自身 が都会の生活に毒されている事の裏返しなのだ ろう。身体が冷えないうちに民宿に帰り、暗い 部屋でぼーっと天井を見ていたら自然に眠気が 襲ってきた。日頃は不眠症の僕なのだが、その 夜は不思議と自然な眠りについていた。

翌朝、目が覚めるとやっぱり土砂降り。どこ へ行くというあてもないので、朝食を済ませると フェリーの出航予定時間を確かめるために、ま ずは粟国港のターミナルビルに向かった。フェリ ーは予定通り出港は14 : 00 だという。フェリ ーは天候によって時間が繰り上がったり、欠航 になるので一応確認は必要である。さて、確認 終了したら後は何もやる事が無くなってしまっ た。ターミナルビルの外を見ると雨は更に激し く叩きつけるように降っている。僕はそのままタ ーミナルビルで4 時間ほど読書をしていた。

5 月4 日の夕方には僕はせわしくフォークリ フトが行き交う泊港に帰ってきた。今回は全く 天候に恵まれなかった旅となったが、それもま た旅の一部である。雨も風も寒さも寂しさも、 全てが旅の一部である。