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天空の都・チベットを訪ねて 後編

長嶺信夫

長嶺胃腸科内科外科医院 長嶺 信夫

外貨獲得の観光資源・ポタラ宮

ラサではまず、ポタラ宮の観光である(写真 3)。ガイドがパスポートと入域許可証を提示 し、入場券を購入、持ち物検査をうけ、石でで きた高い階段を登る。体重オーバーの上、 3,650 メートルの高地での階段はさすがに息が きれた。宮殿入口に江沢民が揮毫した扁額がか かげてあった。読んでみると「維護民族団結 宏揚民族文化」と書いてある。中国は文化大革 命が始まる4 年前までに、チベットの約6,000 におよぶ仏教寺院を破壊したといわれている。 そして今も、チベット仏教や民族を弾圧してい る。いかにも場違いの額であった。

写真3

写真3.マルポ・リの丘に建つポタラ宮。外貨獲得の観光資 源である。

ダライ・ラマが政務をおこなった場所、宗教 儀式の場所など約1 時間の案内であった。宗教 儀式の場所には死去した歴代のダライ・ラマの 彫像があり、その前に中国語と英語の説明版が あった。「ダライ・ラマ」の説明版に「ダラ イ・ラマの称号は、北京の皇帝から授けられ た」と記載されていて、チベット人の女性ガイ ドもそのように説明していた。私が「ダライは もともとモンゴル語で、ダライの称号はモンゴ ルの皇帝から授けられたと聞いている」とガイ ドに言うと「本当はそうかもしれません、政治 的なことですから」と暗い表情で答えていた。 ガイドにもそのように説明するように強制して いるのであろう。

ガイドに「チベットには外国から仏教やダラ イ・ラマに関する正確な情報が入っていない」 と言うと、「家捜し(家宅捜索)がある」と言 葉少なに話していた。西寧の駅で会ったチベッ ト人男性ガイドも「中国人(漢民族)のガイド はうその説明をしている」と小声で話していた が、それは事実だと確信した。現在チベット人 ガイドは全体の僅か5 %しかいないとのことで あった。事情を知らない人達は史実に反した説 明を真実と思うだろう。

ノルブリンカ離宮、ジョカンをまわる

ノルブリンカ離宮ではかってダライ・ラマ14 世が使用した謁見室、ベッドルーム、シャワー ルームなどが公開されていた。庭園は綺麗に整 備され、色とりどりのダリアの花が咲きみだれ ていた。チベットでは当初ダリアの花と仏教の ハスの花とが混同され、ダリアの花が沢山植え られたという(写真4)。

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写真4.ダライ・ラマ法王14 世が夏を過ごしたノルブリンカ 離宮。

また、離宮の庭園は休日には多くの人で賑わ い、丁度私達が観光で訪れた時はお祭りの季節 だったのでチベットの伝統的な踊りである「仮 面舞踊」が上演されていた。地方からラサを訪 れた巡礼者にとっては久しぶりの娯楽なのだろ う、多くのチベット人が観賞していた(写真5)。

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写真5.ノルブリンカ離宮の庭園で上演されていた「仮面舞踊」

2008 年の暴動の発端となったジョカン(大 昭寺)も見学したが、出入口は公安警察で固め られ、入場券も公安が切っていた。暴動で寺か ら排除されたラマ(チベット僧)は2 度と寺に入れないようにしているのだろう。現在チベッ トでは許可なく僧院・尼僧院の開設はできな い。僧院にも定員制がしかれ、中国当局の厳重 な管理下におかれている。このことは今回チベ ット人ガイドにも確認することができた。

僧院のなかでは敬虔な巡礼者が灯明に注ぐバ ターを小皿に入れ、菩薩像や釈迦像の前に列を 作り、並んでいた。その横を私達一般観光客が ガイドの説明を聞き流しながら通りすぎていく。

ジョカンの周りのお土産品店でにぎわうバル コル(八廓街)では完全武装した武装警察隊が 自動小銃を手に隊列を組んで巡回し、要所で公 安警察が目を光らせていた。監視カメラも多数 設置されているという。その様子を写真撮影し たいと思ったが諦めるしかなかった。

敬虔な巡礼者たち

チベット南部のヤムドク湖を訪ねて車を走ら せていた時である。道路わきの岩肌に白いペン キで沢山ハシゴのようなものが描いてあった。 不思議に思って訊いてみると、「天空から神様 が降りてくるハシゴ」との返事であった(写真 6)。またポタラ宮近くを歩いていたときであ る。道路沿いで、中国人がタライやプラスチッ ク製の容器を水槽がわりにし、フナやカエルを 売っていた。ふと目をやると、チベット人の巡 礼者がそのフナを買っている。二重になったビ ニール袋に水と魚を入れ、袋を酸素で満たして いた。チベット人は魚を食べない。渡辺一枝さ んの「わたしのチベット紀行」の本に書いてあ ったことをすぐに思い出した。買ったフナを池 や川に放すのである。現金収入の少ない貧しい 巡礼の人達にとっては大変な出費であろう。生 きとし、生けるものに憐れみをいだくこの敬虔 な仏教徒の住んでいるチベットに中国の侵略、 やりきれない気持になった。

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写真6.天空から神様が降りてくるハシゴ。

バター茶とツァンパ、ヤクの肉を食べる

チベット人ガイドは、昼食と夕食のとき、チ ベット人が経営するレストランに案内した。大 麦で造るチベットの酒・チャンを指で天に弾い て飲み、バター茶やチベット人が主食にしてい るツァンパやヤクの肉料理をはじめて食べた。 ツァンパは高地産の大麦を煎って、それを粉状 にしたもので、バター茶で捏ねて食べる。携帯 にも便利で、チベット人が遊牧や長期の巡礼を する際ヤクの干肉とともに持参する欠かせない 食料である。

私も何時の日かツァンパとヤクの干肉、バタ ー茶をかつぎ、チベット人ガイドとともに、 「聖なるカイラス山」の巡礼に行きたいと思っ た。そしてチベットの純朴なガイド達と星空の もとチャンを飲み交わしたい。ところで、ガイ ドによると、チベット人は巡礼の途中に亡くな った時、今でも「鳥葬」にすると言っていた が、それだけは勘弁願いたい。

最後に短期間のチベット旅行であったが、幸 いにも2 人のチベット人ガイドに会うことがで きた。同時に2 人のチベット人ガイドに会う確 率は5 %× 5 %、すなわち400 分の1 である。 中国人のガイドでは知ることのできない色々な ことを教えてもらい、交流できたことに感謝し ている。チベットの人達の願望が1 日も早く達 成されることを祈りたい(2010 年10 月記)。