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ようやく会えた沙羅双樹の華

長嶺信夫

長嶺胃腸科内科外科医院
長嶺 信夫

1.星砂のような沙羅双樹の華

華はまるで星砂をちりばめたかのように咲い ていた。淡く黄色味をおびた白い華である。

夜空にきらめく星の趣でもある(写真1)。イ ンターネットで見る沙羅の華は薄黄緑色をおび た白い華であるがより白い華だ。

写真1.

写真1.沙羅双樹の華、草津市立水生植物園「みずの森」 にて、2009 年4 月4 日撮影。

中村元博士によると、大パリニッパーナ経の 中にブッダ(釈迦)が最後の旅の時、クシナガ ラで「さあ、アーナンダよ。わたしのために、 二本並んだサーラ樹(沙羅双樹)のあいだに、 頭を北に向けて床を用意してくれ。アーナンダ よ。わたしは疲れた。横になりたい。」と記載 され、また入滅の際の様子として「そのとき沙 羅双樹は時ならざるに花咲き、満開となった。 それらは如来を供養するために、如来の体に注 ぎ、降り注ぎ、散り注いだ。また天のマンダー ラヴァ華は虚空から降って、如来を供養するた めに如来の体に注ぎ、降り注ぎ、散り注いだ。」 と記載されているという。言うまでもなく、平 家物語の冒頭に登場するあの有名な沙羅双樹の 原典の樹である。マンダーラヴァ華は沖縄で見 られる真紅のデイゴの華のことで、デイゴはイ ンド原産の樹といわれている。沖縄では4 月中 旬から5 月にかけて咲き、青空を背景にすると さらに映え、南国にふさわしい華である。

昨年は沙羅の華を見るため1 月中旬から大阪 伊丹行きの早割りの航空券を買い求め、3 月下 旬の草津行きの準備をしていた。その年は華が 咲く気配はないと聞いていたものの、航空券を キャンセルすることもせず、京都から草津を素 通りして東京へとむなしい旅をしたのであった。

今年は待望の開花情報が寄せられていた。

目的地の滋賀県草津市立水生植物公園「みず の森」はJR 草津駅からタクシーで20 分ほどの 距離にある。バス路線もあるが、バスは1 時間 に1 本程度しかない。

琵琶湖に隣接した公園はこじんまりとしたも ので、その中にある「ロータス館」は良く整備 されていた。しかし、ゆっくり見とれているわ けにはいかない。予定している東京行きの新幹 線に乗るため京都駅に引き返さなければならな い。植物園での見学時間はわずか15 分である。 温室内を小走りして沙羅の樹を探す。小さな温 室なのですぐに目的の沙羅の樹を見つけること ができた。沙羅の樹はこんな小さな樹によくも 花が咲いたものだと思うほどの小さな樹で幹の 直径10cm ほどの幼木であった(写真2)。イン ドのクシナガラで見た沙羅の樹は樹高20m はあ った。沙羅の樹は大きくなると直径60cm、高 さ30m にもなる樹である。

写真2.

写真2.「みずの森」の沙羅の樹の前で。

沖縄の南部戦跡にブッダゆかりの「聖なる菩 提樹」の分け樹を植樹した後、まぼろしの沙羅 双樹を求めて、遠くインドのクシナガラを訪問したのは2006 年10 月のことである(沖縄県医 師会報2007 年4 月号「まぼろしの沙羅双樹を 探し求めて」)。その頃は日本国内に沙羅の樹が あり、また沙羅の華が咲いているとは夢にも思 っていなかった。

その後、沖縄県医師会のホームページに掲載 された筆者の随筆を見た方から自宅の温室で育 てている沙羅双樹や「みずの森」の沙羅の開花 情報が寄せられていた。

2.妙心寺・東林院の沙羅双樹(ナツツバキ)

正真正銘の沙羅の樹と異なり、国内の寺院で はツバキ科の「ナツツバキ」を沙羅双樹に見立 てて観賞されてきた。京都の妙心寺・東林院の 「沙羅双樹・ナツツバキ」が有名で、ナツツバ キが開花する6 月の梅雨の頃、しばしばメディ アに取り上げられている。

2007 年6 月、ナツツバキを見るため京都の 妙心寺・東林院を訪問した。「沙羅の花を愛で る会」と称して期間限定の一般公開である。訪 問者が次から次ぎ訪れて大変な賑わいであった が、写真で有名になっていた沙羅(ナツツバ キ)の古木はすでに枯れていた。庭には数本の 幼木が植えられていて、その樹に花が咲いてい た。京都ではほかにも数箇所の寺院で「ナツツ バキ」を見かけたのだが、ナツツバキを「沙羅 双樹」と称して観光客に紹介していた。シナノ キ科の「ボダイジュ」を正真正銘の釈迦成道の 樹である「インドボダイジュ」の代わりに紹介 しているのと同様に「ナツツバキ」を「沙羅双 樹」と称して観光客に紹介している(写真3、 4)。フタバガキ科の本物の沙羅の樹は、露地で育たないので、しかたないことではあるが、十 分な説明がないと誤解を招きかねない。

写真3.

写真3.京都・法金剛院門前、2007 年6 月16 日撮影。

写真4.

写真4.ツバキ科のナツツバキ。法金剛院にて、 2007 年6 月16 日撮影。

3.涅槃にはいった沙羅双樹

2006 年10 月にクシナガラの涅槃寺の高僧から 贈呈された正真正銘のフタバガキ科の沙羅双樹 はわが家の庭で新芽を出し、1 年間はよく育って いたが、鉢土の上にビートモスを撒いた直後から 急に樹勢が衰え、あわててビートモスを除去した ものの、その後樹勢が回復することなく今年にな って枯れてしまった。残念なことに、手元には在 りし日の沙羅の苗木の写真が残っているだけであ る(写真5)。インドより寒い沖縄の気候のせい だと指摘する人もいるが、沙羅の樹は、冬になる と沖縄より寒いインド北部やネパールで自生する 樹なので冬の寒さが原因とは考えられない。PH など微妙な土壌の質の差ではないかと考えてい る。いつの日か、また沖縄の地で沙羅の樹を育て たいものである(2009 年4 月記す)。

写真5.

写真5.在りし日の沙羅の樹、2007 年7 月7 日撮影