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子どものスポーツ指導

大嶺啓

沖縄リハビリテーションセンター病院
スポーツ整形外科部長
大嶺 啓

今年の夏は、高校野球、そしてスポーツの祭 典北京オリンピックと例年になく熱く盛り上が り、そして見るものすべてに夢と勇気と感動を 与えてくれた夏でした。さて、皆さんはその 「スポーツ」の語源をご存じでしょうか? 語 源はラテン語のdesportare「ある物を別の場 所に運び去る」転じて「憂いを持ち去る」とい う語感から、古代フランス語desport「気晴ら しをする、遊ぶ、楽しむ」を経て現在のsport に至ったと考えられています。つまりスポーツ とは元来気分転換ための「遊び」なのです。

近年、スポーツの発展はめざましく、それに 伴ってスポーツ人口は急増し、スポーツも多様 化してきています。スポーツの世界にも「科学」 が導入され、ウエアやシューズだけでなくトレ ーニング方法、栄養・サプリメントに至るまで 最先端の科学的知識が用いられてきています。 しかし、小・中・高校のクラブ活動では、いま だに精神論が重視され、毎日何時間も練習すれ ば強くなるという迷信が強いようです。また、 マスメディアもそういった面を強調し、称賛す る傾向もあります。そのため、学生時代に活躍した選手が、スポーツ障害の後遺症に苦しんだ り、リタイアするケースも少なくないのです。

もうひとつ、日本の競技スポーツの特徴は、 非常に小さい時期から特定の競技だけをさせる ことです。からだを動かす能力は発達に応じて 伸びていくものですから、特定のスポーツだけ をさせることは、発達の偏りを生むと同時に、 スポーツ障害の原因ともなります。沖縄県スポ ーツ少年団の登録数は平成18 年度までに517 団体、団員数11,637 名、指導者数1,647 名と なっており、年々増加しています。我々が以前 に行った県内の小中高生のスポーツ障害の調査 では、小学生男子27.2 %、女子13.4 %、中学 生男子2 6 . 6 %、女子2 2 . 4 %、高校生男子 26.6 %、女子18.4 %にスポーツ障害が認めら れましたので、競技人口の増加と伴に、スポー ツ障害も年々増加していると思われます。ここ でいう「スポーツ障害」とは、強い外力によっ て急激に起こるケガ(外傷)ではなく、繰り返 しの小さな損傷が積み重なって慢性的に発症す る炎症(痛み)や疲労骨折のことです。一般的 に、スポーツ活動が生理的な許容範囲内であれ ば、それぞれの運動器官は好影響を受け発達 し、競技適応力は強化されるはずですが、運動 強度(負荷の大きさや時間)が生理的許容範囲 を超えるような場合には、障害は発生しやすく なります。このことは逆に、生理的許容範囲が 狭いと障害が起きやすくなる理由にもなりま す。成長期はまさにこのような時期に当たるの です(図1)。

図1

図1 競技適応力とスポーツ外傷・障害の発生

このようなスポーツ障害を予防するために は、まず子どものからだと成長・発達の特徴を 理解することが重要です。大人と比べて子ども のからだは、1)骨が弱い、2)筋力が弱い、3)関 節が柔らかい、4)関節軟骨が厚い、5)成長軟骨 (骨端線)がある、6)骨の伸びと筋肉の伸びの アンバランスなどの特徴があります。このため に繰り返される運動のストレスによって骨や関 節に障害を起こしやすく、正常な成長過程が阻 害されて痛みを生じたり、将来、変形を引き起 こす可能性があります。次に、子どもでは図2 のようにいろいろな器官が異なった発達パター ンを示しますので、年齢に応じたスポーツ指導 が大切です。小学生の年代には脳・神経系の発 達が非常に早いので、スポーツに必要な基本動 作(走る、跳ぶ、投げる、打つ、蹴る、泳ぐ、 滑るなど)を、とくに幼児期から小学校低学年 で行うことが大切です。またスポーツの楽しさ を教えることも大切であり、遊びで良いと思い ます。特定の運動にかたよらずに、いろいろな 種目をやらせましょう。「好きにやらせて細か い指導はしないこと。」その中で自然に基本的 な動作が身についていきます。

図2

図2 運動能力や体力はいつごろ発達するか
(実践スポーツクリニック、文光堂より引用)

小学校高学年から中学生の年代にかけては呼 吸循環系が発達しますので持久力・スタミナを つけるのに、最も良い時期です。基本的には小 学生年代の延長で良いのですが、少しずつ長時 間の運動を続けたり、特定種目に多少絞られて いくのも良いでしょう。またこの時期は身長の 伸びと伴に、関節や筋肉の柔軟性が低下してき ます。いわゆる体が硬くなる時期ですので、柔 軟性のチェックと十分なストレッチは障害の予 防には不可欠です。この時期の筋力トレーニン グはまだ骨が弱いので、バーベルなどのおもり などは使わずに体重を利用した腕立て伏せや懸 垂など、また軽いダンベルやゴムチューブを用 いた方法が望ましいでしょう。

高校生の年代では身長の伸びのピークの後に 筋骨格系が発達しますので、成長がおさまりか けた頃から重い負荷での筋力強化と技術の鍛錬 を行うようにします。また自分の専門とするス ポーツを持たせましょう。

以上に述べたことは、成長に沿ったトレーニ ングの原則です。もちろん個人差が大きい時期 ですので考慮すべきですが、基本動作を習得す る前に、体力強化を中心としたり、早期から筋 力トレーニングや高度なテクニックの習得を目 指すと、スポーツ障害を招くことになりますの で、この原則は守るべきです。

スポーツ障害の発生要因にはこれまでの述べ た個人の要因以外にも、方法(スポーツの方 法・内容・仕方など)の要因、環境(施設、設 備、用具、自然条件、社会環境など)の要因、 指導・管理(スポーツの指導方法・内容・管理 体制など)の要因があり、これらを整理するこ とで問題点が明らかとなり、具体的な予防策を 講じていくことが可能と思われます。

一方では、運動をしない子どもが増えてきて おり、子どもの体力低下や肥満が大きな問題に なってきています。一人でも多くの子どもたち がスポーツに参加し、障害を起こすことなくス ポーツを楽しんでもらいたいと切に望みます。

文献
1. 深代千之:年齢に応じたスポーツ指導の科学的基礎 実践スポーツクリニック(武藤芳照編)、p2-14, 東京、 文光堂、1997
2. 奥脇透:ジュニア期のスポーツ障害と予防、p6-14, 東 京、少年写真新聞社、2005
3. 武藤芳照:スポーツ障害、整形外科 59 : p712-719, 2008