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新生児脳低温療法について

琉球大学医学部附属病院 周産母子センター
吉田朝秀、長崎拓、比嘉利恵子、安里義秀
同 小児科   太田孝男

【要 旨】

新生児低酸素性虚血性脳症はすべての分娩において起こりうる予後不良な疾患で ある。近年、従来の呼吸循環管理、痙攣や脳浮腫に対する薬物療法に加えて脳蘇生、 脳保護を目的とした新生児脳低温療法が行なわれている。脳温を34 ℃前後に保つ事 で、低体温による重篤な合併症を回避しつつ脳細胞の死滅を最小限に留める事を目 指している。当院では重症新生児仮死の4 例に施行し、3 例で良好な経過を得てい る。低酸素性虚血性脳症の最大の防止法はハイリスク分娩と仮死児出生を予見し適 切な蘇生を行なう事であるが、それらの努力に関わらず発症した場合に新生児脳低 温療法は有効な治療手法となりうる。

はじめに

未熟児新生児医療が始まって以来、適切な体 温管理は最も大切な要素の一つといえる。我々 の先達が未熟児を救命するために保育器での体 温管理を始めてから、低体温の防止は未熟児新 生児医療の常識となり、新生児の疾患に低体温 を用いる方法は長く省みられることが無かった。

本稿で紹介するのは新生児仮死に続発する低 酸素性虚血性脳症に対する脳低温療法である。 新生児のタブーに触れる治療法でありながら、 1990 年代前半に国内外で報告されはじめ、現代 の多彩な支持療法に支えられて海外はもとより 国内でも広がりを見せている治療戦略である。

脳低温療法の目的

成熟した新生児の脳障害の原因となる代表的 な疾患は、低酸素性虚血性脳症(Hypoxicischemic encephalopathy: HIE)である。多 くは仮死に続発して心臓と脳の循環の破綻から 低酸素や脳虚血が起こり、新生児の死亡と神経 学的予後を悪化させる。新生児仮死は出生 1,000 人に対しておよそ20 人程度発症し、重 症のHIE になる児は出生1,000 人に対して2 〜 4 人といわれている。さらに重症のHIE の児の 15 〜 25 %は死亡し、生存しても25 〜 30 %は 永続的な脳障害をのこす。周産期管理の向上に より発症は減少しているとはいえ、新生児集中 治療の対象疾患の中でも最も重篤で予後の悪い 疾患の一つである1)

新生児の脳保護・脳蘇生を目標とした新生児 脳低温療法は出生前後の一次的脳障害機転(虚 血と再灌流による循環障害)が避けられなかっ た場合にその後に続く二次的脳障害(遅発性神 経細胞壊死、アポトーシス)を防止する事を目 的としている。(図1)

新生児低酸素性虚血性脳症の病態

HIE による神経細胞障害障害は、酸素とグル コース供給の途絶によるアデノシン3 リン酸 (ATP)の低下や、虚血後再灌流により発生す る神経伝達物質(興奮性アミノ酸等)の放出、 free radical 産生が複雑に関与している。(図1)

また神経細胞は時間的経過をもって壊死に陥 ることが知られている。低酸素虚血時には神経細胞、グリア細胞、周囲の血管などが障害さ れ、蘇生後の再灌流以後は神経細胞がより選択 的に障害される(selective neuronal death)

脳低温療法により期待される効果には、脳内 熱貯留の防止、脳内興奮性神経伝達物質放出の 抑制、シナプス機能抑制による遅発性神経細胞 死の防止、脳内毛細管内圧低下による脳浮腫と 頭蓋内圧亢進の防止、脳内酸素消費量の低下に よる低酸素への抵抗力増大、全身酸素消費量の 低下と全身の臓器保護、フリーラジカル活性の 抑制などが挙げられる1、2、3)

図1.

図1.HIE の発症と進展の概略図

実際の方法

日本で標準化された治療方法はまだないが、 いくつかの施設でパイロット的に行なわれてい る方法4)や厚生労働科学研究班(大野ら)が提 唱している方法1)をもとに当院で実際に行なっ ている管理方法を紹介する。

脳低温療法は脳への有害事象の発生(低酸 素、虚血)から引き続いて二次的障害が進行す る前に可能な限り早期に導入する必要がある。新生児の脳の温度(脳温)を安全に速やかに低 下させ、低体温による合併症を起こさないよう に管理しなくてはならず、その適用には厳密な 制限がある。

対象の選択基準と除外基準を表1 に示す1)

表1.HIE における脳低温療法の適応基準

表1.

脳低温療法の分類

いわゆる低体温療法は目標とする温度によっ てmild hypothermia(35 〜 33 ℃)、moderate hypothermia(33 〜 30 ℃)、deep hypothermia (30 ℃以下)、profound hypothermia(15 ℃以 下)に分類される2)。新生児におい最も有効な 温度は未だ確立されていないが、より安全性を 優先する観点から脳温は前額深部温度や鼻腔温 を指標にして34 ℃に冷却しつつ核温(直腸温) を35 ℃前後に保ち、心機能の低下や末梢循環 障害、凝固異常、免疫力低下などの有害な作用 を最小限にするようにしている。

脳低温療法の実際:治療のプロトコール

体温のコントロールには以下の様なプロトコ ール(図2)があり、呼吸循環動態を安定させ、 合併症を回避するため様々な補助療法を行なう。

図2.

図2.新生児脳低温療法のプロトコール

【低温導入期】

受傷から低温を導入するまでの期間は6 時間 以内が望ましい。それを超えると二次的脳障害 も進行し治療効果が失われる。重症仮死の従来 型の管理を行ないながら適応基準、除外基準を 基に速やかに導入するかどうか決定する。

呼吸管理は鎮静下での人工呼吸管理を原則とし、過換気は脳血流の低下を招くため避ける。 観血的動脈圧連続測定を行ない平均血圧 50mmHg 以上に保つ。鎮静・筋弛緩を必要に 応じてパンクロニウム、やミダゾラムを用いて 行なう。

体温のモニタリングと温度制御は脳温を直接 測定する事が困難であるため前額深部温や鼻咽 頭温により代用する。この指標は脳を潅流して きた内頚静脈球部温によく追従する。そのほ か、足底深部温、表面皮膚温、直腸温をモニタ リングする。温度は鼻咽頭温で35 ℃までは1 〜 2 時間で低下させ、循環状態を再評価しなが ら34 ℃まで徐々に下げる。頭部冷却中に核温 (直腸温)を37 ℃以上に保つ事は困難なため 3 5 ℃程度とし、さらに末梢皮膚温は3 2 〜 33 ℃程度までは許容する。(軽度脳低温+軽度 低体温)(図3)

図3.

図3.脳低温療法の全景(左)とクーリングキャップ
自動制御式頭部冷却水灌流装置(Medi Cool MC- 2100、Mac8)を用いて鼻咽頭温を設定温34 ℃に オートコントロールする。通常は± 0.1 ℃程度に維 持できる。

【低温維持期】

熱喪失が生じると、核温を維持するため熱産 生が増加する。新生児はシバリングによらない 熱産生(褐色脂肪細胞、肝臓)が主であるが、 生後12 時間以内、仮死、HIE 児では障害され ていることがあり極端な低体温に陥りやすい。

34 ℃程度の低体温では直接心筋障害は起こ らないと考えられているが、肺出血やPPHN (遷延性肺高血圧症)を若起させる可能性があ り、心エコーを用いた心機能の観察は12 から 24 時間ごとに施行する。心拍は徐脈となりや すく、体温が28 ℃になると心室性不整脈が出 現するとされており注意を要する。脳浮腫を警 戒しての水分制限を行うが、循環血漿量も低下 するため極端な水分制限をしてはならない3)

低体温の影響と合併症

低体温では低K 血症が起こるが、復温により 改善するので導入期と復温時の電解質管理は慎 重に行う。肝臓、脾臓への捕捉により血小板数 は低下するが、血小板機能は低下しないとされ る。連日凝固系の検査を行ない、凝固因子活性 の抑制による出血傾向をきたす場合は凝固因子 の補充、輸血、復温を検討する。

免疫系の抑制については白血球遊走能と貪食 能の低下、IgG の減少、CD4/CD8 の低下、サ イトカイン産生抑制により感染症の発症リスク が上昇する。成人例ではとくに腸内環境の悪化 からBacterial translocation をきたしたり、人 工換気による肺障害、肺炎による予後の悪化が 問題となる2)。新生児では軽度低体温が主流で あり、また出生直後の腸管内が無菌である事が 有利に働いているのか、感染症による予後の悪 化を問題とする報告は少ない。

冷却期間中の栄養

筋弛緩が行われているため腸の蠕動も弱い。 経静脈的栄養は積極的に行う。

神経学的評価と復温開始の目安

脳波により脳受傷による抑制と機能回復の評 価を行ない、頭部エコーでは前大脳動脈血流速 度波形のRI(resistance Index : 0.6 以上)を 目安として脳浮腫や脳血管自動能の回復を評価 する。NIRS(near infrared spectroscopy)に よるrSO2 測定を行なう事もある。脳低温療法 児では低温療法中にrSO2 が上昇し低温により 脳内酸素代謝が低下していることが示唆される。

二次的脳障害(second energy failure ; ATP は急性期が過ぎた頃に再び枯渇するため 脳神経細胞が死に至る。)を防ぐために個々に 低温維持期間を設定する。

【復温期】

頭部超音波検査で脳室の描出があり、原則と して前大脳動脈血流速度波形のRI が0.6 以上となった時点で復温を開始するが、低温維持期 は最小3 日間、最大7 日間とし、それ以降は復 温を開始する。脳エコーや全身の所見が再び悪 化しない事を確認しながら0.5 ℃/day のペース で徐々に復温する。(ステップアップ法)途中 で馴らしのため一日復温しないでおくこともあ る。冷却中に偏在していた細胞外液や電解質が 復温により回復してくるため冷却期と同様に厳 密な輸液、電解質管理が必要である。核温が 36 ℃になるまで鎮静し、36.5 ℃以上で治療終 了とする。

フォローアップ:

退院後も発達の評価、脳波、MRI、ABR 等 を施行し神経学的異常が認められれば、適切に リハビリテーションを行なう。

倫理面への配慮:

安全性、有効性の評価が定まっていない治療 法であるため医療倫理面での配慮(インフォーム ドコンセント、倫理委員会への申請など)が必要 である。治療中止の判断を下す場合(両親の希 望、重度の脳出血の出現など)も急激な復温は、 脳循環やバイタルの悪化の可能性があるため復 温期間をおくなど慎重な対応が必要である。

考案

新生児脳低温療法は重度のHIE を発症した 新生児に対する、脳蘇生と脳保護を指向した 治療手技であり、その有効性が認められつつ ある5、6)

当院では2004 年9 月に本治療法について当 院倫理委員会より承認を得て以来、約2 年間に 新生児仮死症例(アプガール5 分値6 点以下) を33 例経験し、適応基準、除外基準に照らし た後に重症新生児仮死の4 例に本治療法を行っ た。(図4)いずれも従来の手法では永続的中 枢神経障害が予想される重症例であり、仮死と なった理由は胎盤早期剥離3 例、母体褐色細胞 腫合併による仮死1 例であった。この4 症例の うち1 例は治療導入後に遷延性肺高血圧症が悪 化し、途中で復温を余儀なくされ、後にてんか んを発症したが、他の3 例はプロトコール通り に治療を行ない神経学的な後遺症をきたす事無 く良好な経過をたどっている。

図4.

図4 適応と対象児
平成16 年9 月からの2 年間に入院した、アプガース コア6 点(5 分)以下の児33 名の内、4 名が脳低温 療法の適応となった。

新生児脳低温療法の適応基準には乳酸値の上 限や治療導入までの制限時間が定められてい る。これはHIE の発症した新生児の中には現 在の管理方法では効果が期待できない“重症す ぎる”群や、手遅れの群が存在すること示して いる。Gruckman らの行なった多施設共同研究 によれば、選択的脳低温療法(34 〜 35 ℃)は 生後18 ヶ月時における生存者数は有意に減少 しないが、中等度のHIE 群では有意な効果が あったとされている6)。現在の冷却維持温度 (34 ℃)は安全性、治療効果のバランスから定 められており、将来より重症な児や軽症な児に 対してより最適な温度設定が細分化される可能 性がある。今のところ新生児仮死全例に脳低温 療法を施行することを支持する研究は無いが、 少なくとも出生直後の過剰な体温の上昇を避け ることは推奨されている9)

新生児で施行する際に不利な面としては、成 人で可能な生体情報計測(スワンガンツカテ、 脳温、脳圧直接測定など)が困難であり脳循環 動態の把握が難しい事が挙げられる。しかし、 過度の低体温(33 ℃以下)を避ける事で合併 症の少ない管理が可能である事が明らかになっ てきている5 〜 8)。本治療法の安全性を高めるた めには呼吸、循環、免疫、脳神経、内分泌代 謝、血液凝固などの経時的かつ横断的な観察が 必要であり、施行可能な施設には限りがある。

しかし、国内における統一された手法が確立す れば、今後の適応症例の増加とともに経験が蓄 積され、今以上に一般的な治療法になるであろ う。なお、沖縄県内では現在、琉球大学医学部 附属病院、沖縄県立中部病院、沖縄県立南部医 療センター・こども医療センターで施行可能な 状態にあり施行症例も年々増えてきている。

新生児の脳を守るためには、ハイリスク分娩 のスクリーニング、分娩経過から抑制された児 が娩出することを予想して適切な蘇生が行なわ れることが最も大切である。娩出直後の新生児 に対する心肺蘇生法9)の習熟はHIE 発症防止、 悪化の防止に決定的な意味を持つ。新生児仮死 はどのような分娩にも起こりうるため、すべて の産科医と助産師、周産期に関わる医師、看護 士への普及が望まれる。今回紹介した新生児脳 低温療法は、それらの努力が払われてもなお不 幸にして発症した突発的かつ重篤なHIE にたい する最後の砦と位置づけられるべきであろう。

参考文献
1)大野勉ら.新生児低酸素性虚血性脳症に対する脳低温療法の有効性・安全性に関する研究:試験実施計画書,NeonatalResearch Network.URL:http://nrn.shigamed. ac.jp/ 2004.
2)新井達潤: 脳蘇生と低体温療法, 真興交易医書出版部, 東京, 7-45, 1997.
3)Stevenson, DK. et al. Fetal and neonatal brain injury. Mechanisms, management and the risks of practice. 3rd ed. Cambridge University Press, UK, 2003, 715- 734.
4)Ohno T, Kimoto H, Shimizu M, Nozawa M, et al:Brain hypothermia in neonates with hypoxic-ischemic encephalopathy. The 6th World congress of perinatal medicine, Osaka 2003.
5)Gunn AJ, et al. Selective head cooling in newborn infants after perinatal asphyxia: a safety study. Pediatrics.102: 885-892.1998.
6)Gluckman PD, Wyatt JS, et al. Selective head cooling with mild systemic hypothermia after neonatal encephalopathy: multicentre randomised trial.Lancet. 365: 663-670, 2005.
7)Shankaran S,et al; National Institute of Child Health and Human Development Neonatal Research Network. Whole-body hypothermia for neonates with hypoxicischemic encephalopathy. N Engl J Med. 353: 1574- 1584.2005.
8)Wyatt JS,et al.Determinants of Outcomes After Head Cooling for Neonatal Encephalopathy.Pediatrics 119: 912-921, 2007.
9)田村正徳(監約): AAP/AHA 新生児蘇生テキストブ ック第一版: The American Academy of Pediatrics and American Heart Association. Illinois.2006.



著 者 紹 介

吉田朝秀

琉球大学医学部附属病院
周産母子センター 
吉田 朝秀

生年月日:
 昭和44年 12月 6日

出身地:
 沖縄県 那覇市

出身大学:
 琉球大学医学部 平成7年卒業

略歴
 平成9年4月〜平成10年6月
 県立八重山病院小児科
 平成11年4月〜平成13年3月
 埼玉県立小児医療センター 未熟児新生児科
 平成13年4月〜
 現職(助教)

専攻・診療領域
 小児科、新生児学

その他・趣味
 写真撮影



Q U E S T I O N !

問題:新生児脳低温療法について正しいものを一つ選んでください。

  • A.出生直後であれば重症脳室内出血に有効で ある。
  • B. 出生直後であれば髄膜炎に有効である。
  • C. 超低出生体重児にも行なわれる。
  • D. 直腸温を30 度以下に冷却して管理する。
  • E. 2 次性神経細胞死の防止を目的とする。