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急増する沖縄県のHIV/AIDS患者の現状
−世界エイズデー(12/1)に寄せて−

健山正男

琉球大学医学部附属病院第一内科准教授
健山 正男

はじめに

1981年に出現したHIV感染症は瞬く間に世 界中に蔓延し、日本でも急速な感染者数の増加 が報告されている。沖縄県における現状もかな り深刻であり、本稿では本県のHIV/AIDS診療 の現状と問題点について報告する。

T.HIV/AIDS患者の疫学

A.世界の現状

WHOの国連合同計画レポート(UNAIDS) の最新版(2006年12月)によるとHIV感染者 は3,950万人に達し、この中には2006年に新た にHIVに感染したと推定される430万人が含ま れる。2006年にエイズで死亡した者は290万人 と推定されている。最も顕著な増加は、これま で報告されたアフリカに代わって日本の隣国で ある東および中央アジア、東ヨーロッパに認め られた。これらの地域の感染原因は売春婦との 性交渉、麻薬摂取のための不衛生な注射器が大 部分を占める。

B.日本の現状(図1)

当初は感染者数が先進国で最も少ないとされ た日本では、2000年頃より先進国でもっとも高 い感染者数の増加率を示し、サーベイランスデ ータが発表されるたびに過去最高を更新してお り、その増加に歯止めが掛からない状況であ る。2006年の新規HIV感染者は1,358人で過去 最高となった。これは1日あたり3.7人が感染し ていることになる。(厚生労働省エイズ動向委 員会報告)。HIV感染者の推定感染地域は87% が国内で、国籍別では82.7%が日本人男性であ り、異性間、同性間を含めた性的接触感染が全 体の86.8%と大部分を占めている。またこれま で報告数が多かった関東・甲信越に加えて、近 畿、東海ブロック、沖縄県で報告数の増加が著 しい傾向にある。

図1

C.沖縄県の現状(図2)

沖縄県では1987年に最初の1例が報告されて 以来、年間数例で推移していたが1999年以降 急激な増加を認めている。特に2007年は半期 の集計であるが既に年間報告数の過去最高記録 を上回っており非常に憂慮される事態となって いる。

本県と全国の動向を比較すると本県の急激な 増加は全国のそれを凌駕する勢いで伸びている ことがより明らかとなる。最新の8月度のエイズ動向委員会報告(4〜6月度集計)では、沖 縄県は実数で全国5位、人口で補正した報告数 は東京都とほぼ同じで全国2位である。このよ うな状況から沖縄県は厚生労働省より、 HIV/AIDS患者が急増している地域として2006 年2月に重点支援地域に指定されている。

図2
U.沖縄県におけるHIV/AIDS診療の問題点 と課題

A.行政の統計数と診療実態との乖離

本県における患者数については前述したが、 この数字は県内の保健所や医療機関で診断され た数のみである。他府県で診断されて本県に転 居した患者は含まれていない。当院でも患者数 の30%以上が他府県で診断されており、この割 合は他の県内のエイズ拠点病院でも同様であ り、実際は県の報告数の3割以上も多くの患者 が県内で診療をうけている。行政の公表した数 も甚大であるが、実際にはその30%以上も多い ことはマスコミも知らず、積極的に開示すべき と考える。医療体制の整備の基本となる患者数 の正確な把握と公表は必須であり早急にこの点 を是正する必要がある。

B.本県のHIV医療体制の現状

本県では琉球大学附属病院、南部医療センタ ー、中部病院の3施設がエイズ拠点病院として 診療にあたっている。しかしながらHIV/AIDS 診療体制は専門医や専門看護師およびコメディ カルの数、施設の整備状況等、どれをとっても 他府県におけるHIV診療体制と比べるもなく大 変脆弱である。また沖縄県は他府県で診断され たAIDS患者が紹介されてくる割合が多く、実 際に当院の外来患者の半数がAIDS である。 AIDS 患者の診療に要する時間と医療資源は HIVキャリアーの比ではなく、このことも診療 を圧迫する要因となっている。新規患者の8割 以上を受け入れている琉大病院では診療環境は かなり窮迫しており、新規患者の受け入れは極 めて困難な状況となっている。現状のままでは ごく近い将来に県のHIV診療体制の破綻は目に 見えており、行政主導による県全体の診療体制 の整備が急務である。

C.母子感染の問題

日本全体では2006年末までに49例の母子感 染が報告されている。本県でも2例認められて いる。母子感染防止のための医療技術はほぼ 100%確立しており、妊婦のHIVスクリーニン グ検査はコストパフォーマンスに大変優れた検 査である。本県は新生児領域の医療体制が通常 診療でも逼迫していることが報告されている が、HIVに感染した新生児の管理は大変な労力 と専門的知識を要し、県にはそのための小児科 医を配置する余裕は殆どない。また真っ先に考 慮すべきはHIV感染児の将来背負う問題の深刻 さであり、是非とも妊婦におけるスクリーニン グ検査を他府県の浸淫地域と同じく100%の実 施を目標とすべきである。

V.初期診療でHIV感染者を見逃さないため のポイント

HIV感染者の殆どが体調の悪化から、当院へ 紹介されるまで数回の市中病院での通院または 入院歴がある。AIDSを発症する前にHIV感染 を診断することは、前述したように当県の脆弱 な医療体制を勘案すると拠点病院の負荷の軽減 からも重要である。HIV検査を実施すべき患者 について、詳細は紙面の関係から割愛するが、 下記の点に留意することが必要である。尚、 HIV検査の実施においては、患者より同意を取 得する必要がある。

A.帯状疱疹:短期間に繰り返す場合や複数の デルマトームにまたがる場合、若年者では特 に注意が必要となる。

B.性感染症:梅毒、尖形コンジローマ、淋 病、クラミジア、トリコモナス。感染経路が 同じでこれらの疾患を認めた場合はHIV検査 を実施する。

C.カンジダ感染症(口腔内、食道、膣)。

D.ウイルス性肝炎(A型、B型、C型):特に B型肝炎で遷延化する場合はHIV検査は必須。

E.伝染性単核球症に類似した症状:急性HIV感染症の症状として5〜9割の患者に認め得 られ、発見の契機として多くなっている。

F.結核: HIV 感染者の生涯発生する確率は 10%とされ頻度の高い疾患である。

G.繰り返す細菌性肺炎:エイズは細菌感染に 高頻度に罹患しやすい事実は重要である。

H.アメーバ赤痢:本来は経口感染であるが、 近年は同性間感染を中心に性感染症との認識 が必要である。

I.血液異常:白血球減少、血小板減少を契機 として通院または入院歴を認めることが多 い。

J.無菌性髄膜炎:全身性の発疹を伴う場合に はHIVを鑑別する。

おわりに

本県におけるHIV診療の現状について述べ た。現況のままではHIVの医療体制の破綻ま で、そんなに時間が残っていないことは現場の 医療者は皆知っているが、憂慮すべきは行政の 一部を除いて、県民はもちろんのこと医療関係 者、マスコミともにこの危機的状況が充分理解 されていないことである。これまで本県のHIV の医療体制の構築は本来その任を負うべき行政 の対応は鈍く、危機感を共にする現場の医療従 事者の努力により整備されてきた感がある。し かしながら限られた医療従事者と予算のみで対 応するにはあまりにも問題が拡大した現在で は、過去の反省に立ち、行政がしっかりとシナ リオを描き、官民一体となった総力戦でこの難 局にあたることを期待したい。

本稿がHIV患者の問題が特別ではなく、一般 診療でも遭遇する、身近で深刻な問題として医 師会会員の皆様に現況と課題をお伝えすること ができれば本望である。

最後に本県のHIV診療の実態について、執筆 する機会を与えて頂いた県医師会の関係諸氏に 深謝申し上げます。