宜野湾記念病院リハビリテーション科 平 敏裕
【要 旨】
女性を中心に変形性膝関節症(以下、膝関節症と略す)を有する症例は多い。脳 卒中や下肢骨折などのリハビリテーション(以下、リハビリと略す)を開始後に膝 関節痛が発生または増悪する場合も少なくない。膝関節機能が破綻した場合、その 運動学的に重要な役割上、患者の能力低下は必至である。
我々は、できるだけ積極的に足底板と膝装具の使用(処方)を行い、筋力増強訓 練や薬物療法と併用し、痛みの早期軽快や予防に努めている。
膝関節は下肢荷重関節の中心であり、支持性 と可動性の点において重要な役割を果たしてい る。膝関節症では、軟骨の摩耗変性を主体とし た変化により、関節の支持性と可動性が破綻し、 疼痛や可動域制限といった臨床症状を生ずる。
もとより、リハビリ治療期間中に起こり得る 合併症を未然に防ぎ、あるいは生じてしまった 合併症を最小限に止め、軽快させることによ り、治療プログラムを順調に進行させることは リハビリ医の重要な役割の一つと考える。合併 症の中でも膝関節痛は治療の阻害因子として重 要である。一旦、痛みが発症すると、歩行や ADL(activities of daily living:日常生活動 作)の治療目標を下方修正せねばならず、鎮痛 剤やステロイド注射剤など薬剤使用量が増大 し、入院期間の延長を招くことになる。
当科では、今年度の目標の一つとして「膝を 守る」を掲げている。リハビリ期間中の合併症 としての膝関節痛が発生した場合に、最小限に 症状を止め、早期に回復を図り、治療目標への 悪影響と入院期間の延長を防ぐというコンセプ トである。効果の期待できる足底板と膝装具を 中心に、運動療法と薬物療法を併用する。そして、もし可能なら、痛みの発生自体を抑えてし まおうと考えている。
なお、膝関節症には内側型、外側型があるが 本邦では、ほとんどが内側型のためそれにつき 著述する。
膝関節痛は、歩行や日常生活動作に大きな障 害をきたす。歩行時のエネルギー効率が悪くな り歩行距離、速度のいずれにおいても著明に低 下する。階段昇降は初期より障害される。ADL においては、更衣動作でのズボン・靴下・靴の 着脱が困難となる。正座などが不能となり和式 の生活が困難になる。中年以降の女性に好発す るので、買い物や掃除など主婦としての仕事に 支障が出ることは問題である1)。
QOL(quality of life:生活の質)の評価と して現在、広く用いられているSF-36を使用し た研究においては、全体的健康感、活力、日常 役割機能(精神)、心の健康のような精神的健 康までも低下させるという結果が示されている。
これらは、他に運動障害が無く、膝関節症だ けを有している例を対象としている。リハビリ 目的での入院患者の場合は、基礎疾患として大腿骨頸部骨折や他の骨折、脳血管障害などによ る種々の程度の障害を負っている。入院中に膝 関節痛を合併するとその障害が相加・相乗的 に、元々の障害に加わることになるので、リハ ビリはひどく難渋することになる。
ところで、入院前より膝関節痛を有していた 症例が、リハビリを開始した後に増悪する場合 や、入院以前には痛みがなかったにも関わら ず、やはり、リハビリを開始した後に痛みを発 症させる症例がある。膝関節症で痛みの急激な 悪化の原因として骨棘の骨折、内側荷重の増加 による軟骨仮骨の骨折、海綿骨骨折や骨挫傷、 変性した半月板の損傷、軟骨のdebrisによる滑 膜炎の発生や偽痛風などが挙げられている2)。 しかし、これらが急性期治療のいわゆる安静期 間中に起こる可能性は低い。安静によって引き 起こされるのは、廃用性筋力低下である。健常 人が絶対安静の状態で筋収縮を行わないでいる と、初期には1 日に1 〜1.5 %の筋力低下を来 し、姿勢を保持し、歩行に関係する抗重力筋に 強く変化が認められるとされる3)。高齢者では 安静前の筋力が低いこともあり、さらに事態は 深刻である。当然、膝関節の安定に関与する筋 群の筋力低下をひき起こし、膝関節のアライメ ント(整合性)が崩れ易くなる。
アライメントの崩れは、膝関節症において出 現する異常運動のうちの一つであるlateral thrustの悪化をもたらす。lateral thrustとは、 歩行周期中に床と足が接触を保っている間を立 脚歩行期と呼ぶが、その初期に認められる膝関 節の外側への急激な横ぶれ、あるいは内反運動 を指す(図1)。
膝関節症の荷重X線gradeとlateral thrustの 出現率の調査では関節症が重度になるほど出現 率が高くなる(図2A)4)。JOAスコアとlateralthrustの重症度(角速度で表現)は負の相関が 高い。(図2B)5)。lateral thrustこそ膝関節症 を悪化させる要因とする報告もある。
つまり、急性期のベッドレスト安静期間中に 生じた下肢筋力低下がlateral thrustの発生、増 悪を引き起こし、この様な状態で無造作にリハ ビリを開始した結果、膝関節痛を生じさせる。 痛いと安静にし、さらに筋力低下を招く。そう するとlateral thrustが増悪する。すなわち、悪循環を形成する。これが、リハビリ開始後に発 生・増強する膝関節痛の原因と考えている。
以上より、lateral thrustを抑えることこそ肝 要であるといえる。下肢筋力低下で悪化してい るのなら、運動療法が有効である。しかし、高 齢であるほど筋力の回復には時間を要する。ゆ えに、足底板(図3)などの装具療法の積極的 併用治療が大事である。
足底板は我が国で開発された簡易な装具であ る。作用機序について多数の報告があり、竹内ら は、有限要素解析モデルを用いて、膝関節内側 にかかる応力が減少することを示した2)。黒沢ら は内反膝の距骨上の解析では、脛骨傾斜角 ( 床面と脛骨のなす角度: TTA)が膝関節内 側面への圧迫力を一義的に規定し、大腿骨・ 脛骨軸角(FTA)が一定のとき、TTA の減少 とともに関節内側面圧力は階段状に低下する ことで説明した(図4A)7)。安田らは、足底板に より踵骨が外反位をとる ことでFTA は変化しな いが、機能的下肢軸が 直立化することにより膝 関節内側の負荷が減少 すると述べた(図4B)8)。 野見山らは加速度計を 用いて歩行時の膝関節 に生じるlateral thrust の加速度を計測し、膝 関節症に対する足底板の効果は踵接地直後の側方加速度の大きさで評 価が可能であり、lateral thrustが消失すれば歩 行時の膝関節痛は改善すると述べた9)。眞島ら は、片脚起立時には足底板装着により大腿骨頚 骨角度(FTA)は不変のまま、大腿骨と頚骨の 直立化が起こることを示し、2次元数学モデル を用いた解析で膝関節内側関節面の負荷および 外側側副靭帯、腸頚靭帯の張力が減少している ことを示した(図5)。
除痛効果は報告の多くが60〜80%としてい る。竹内らは足底板使用開始前と使用後1ヵ月 におけるJOA scoreの変化を調べ、使用前が平 均78点で、使用後が91点で有意に改善し、改 善の大きかった項目は歩行時の疼痛と歩行距離 であったとしている5)。
一般的には初期から進行期、すなわち比較的軽度の症例と されている。しかし、当科では膝関節症の既往があり、痛 みを生じている場合は、やや適応を広げ、余程の重症例以 外は使用を考慮する。一方、痛みがない例で、触診上、膝 関節症が疑わしい症例に対しては、X線を撮影し骨棘や、軟 骨下硬化など変形性膝関節症に典型的な変化が認められる 場合は適応と考える。文献的には、腹臥位でのApleyテスト で、膝関節内側に痛みを起こす場合にはできるだけ早期に 足底板の導入をした方が良いと勧められている11)。なお、足 底板の機能上、距骨下関節に著明な拘縮があり、適切な踵 骨の回内が得られない例では効果に乏しい可能性がある。
装着当初、「(足の位置が)高くなり、歩き難 い」と患者が言うことがあるが、履き慣れるこ とにより解消される。足底板のウェッジの高さ は7mmと10mmが用意されているので低い方 を選択されてもよいだろう。「靴が履き難い」 というのであれば、裸足に装着し、その上から 靴下を履けば解決する。装着初期の段階では 「痛みが変わらない」と言うこともある。適応 に誤りがなければ、改めて説明し、納得して頂 くようにしている。なお、療法士によっては、 装具装着に理解を示さないこともあるので患 者、療法士の両者へ説明が必要である。靴内部 で足底板が滑り、位置がずれてしまう場合には インソールタイプ(図6)への変更や、内側アーチを付けるのを試みる。既製品だと違和感の ある例には、足底に合わせて採型し、オーダー メードにすることも可能である。膝関節の拘縮 がある例や手指の巧緻性低下のある例では装着 が困難なので、家族に指導し、協力を仰ぐ。
(図6)足底板 インソールタイプ
足底板にも増してlateral thrustを強力に抑 制し、膝内側関節面への荷重を軽減する。かつ ては、その重量が問題であったが、最近は軽 く、履き心地(装着し心地)が良く、支持性に も優れた装具が出ている(図7)。
(図7)機能的膝装具:写真はCBブレース
機能的膝装具に関しては、足底板のみではlateral thrustが抑えきれない例や、痛みの軽快 しない例などに適応があると考えている。処方 に先んじて、訓練時に試用を何度も試み、lateral thrustの変化、痛みの軽快の具合、歩行速 度、装着感などをチェックしている。ただし、 装着当初は違和感があり、使用を拒否されるこ とがあったり、むしろ歩行速度が低下すること もある。医師は、装具を装着し続けることが有 効か否かを見きわめ、説明ができ、納得を得る ことが必要である。なお、我々は膝装具を使用 する場合も足底板は併用するようにしている。
誌面の制約上、最初に足底板の効果を認識さ せられた症例(症例1)と早期からの装具導入 が入院期間を短縮させ得ることを感じさせられ た症例(症例2)を提示する。
[症例1]
80歳、女性。右大腿骨頸部外側骨折。
(既往歴)
高血圧、白内障
(現病歴)
転倒し、右大腿骨頸部外側骨折を受傷した。 受傷4日後に骨接合術を施行された。手術後16 日目にリハビリ目的で当院入院となった。
(治療経過)
リハビリを施行して間もなく、右足関節炎と 膝関節痛を発症した。臨床所見とMRI所見上、 足関節外側に炎症の存在を認めた。膝関節痛も 発症したのでX線を施行したところ、膝関節症 を認めた(図8)。当初は、膝サポーターのみの 装着であったが、増悪と軽快を繰り返した。足 底板を併用した後より、足関節炎、膝関節痛と もに症状が軽快し、歩行の獲得に至った。
(図8)A:左足関節MRI像 B:膝関節X線像
[症例2]
82歳、女性。右大腿骨頸部外側骨折。
(既往歴)
両側性膝関節症、頚椎ヘルニア(手術後)、貧 血、高血圧、肺炎
(現病歴)
受傷前は杖歩行であった。転倒し、右大腿骨 頸部骨折を受傷した。救急病院へ入院し、受傷 後7日目に観血的整復固定術を施行された。右 膝関節痛が強くリハビリは、はかどらず。術後 38日目にリハビリ目的で当院へ入院となった。
(入院時現症)
認知症なし。時折、間質性肺炎による高熱が 出現し、リハビリが休止する。呼吸不全は認め ず。両上肢の筋力は4-レベルで、両手指には筋 力低下による巧緻性低下あり。運動麻痺なし、 感覚障害なし。下肢筋力は徒手筋力テストにて右3、左4−レベル。両側膝関節に膝サポータ ーを装着していたが、歩行時に両側、特に右膝 関節痛が強く、lateral thrustも著明に認められ た。平行棒内を1往復(約10m)×2回のみ緩 徐に歩行可能であった。
(膝関節X線)(図9A)
(治療経過)
運動療法や鎮痛剤などを使用しても膝関節痛 は強く、入院後20日目ごろに至っても、歩行器 歩行距離が20mほどであった。入院後40日目 ごろ足底板を導入した。歩行器歩行は自立し、 歩行距離が延びた。lateral thrustは軽減した が、消失はしなかった。痛みは、やや軽快した が、持続した。さらに、入院後50日目ごろ膝サ ポーターから機能的膝装具へ変更した。Lateral thrustは、かなり軽減した。痛みの軽減もみら れ、1本杖歩行が可能となった。大腿骨頸部骨 折後にも関わらず、ほぼ受傷前のレベルに至っ た(図9B)。
(図9)A:膝X-P B:杖歩行自立となる。
本邦において膝関節症の有病率は、65歳以上 で約60%を超えるといわれ、リハビリの場面で も合併症として、遭遇する機会は多い。我々 は、lateral thrustの抑制に留意し、装具を積極 的に活用し、患者の能力低下を招かぬよう努め ている。
[文献]
著 者 紹 介
宜野湾記念病院
平 敏裕生年月日:昭和38年10月30日
出身地:沖縄県 沖縄市
出身大学:琉球大学医学部 平成3年卒
著者略歴
平成3 年 琉球大学医学部卒業
平成4 年 鹿児島大学医学部リハビリテーション科 入局
平成10年 ちゅうざん病院勤務
平成15年 宜野湾記念病院勤務
現在に至る
専攻・診療領域
リハビリテーション科その他・趣味等
ゴルフを少々(下手です。)
問題:今回、リハビリ入院期間中の変形性膝 関節症に対し、有効と考えられ呈示し た装具を2つ選んで下さい。
問題:次の中から正しい物を選べ。
正解 3)