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Multicentricに発生したglioblastomaの一例

沖縄赤十字病院 脳神経外科
饒波 正博、笠井 直人、石川 智司、高良 英一

【要 旨】

多発性脳腫瘍を考えるときまず転移性脳腫瘍をあげるが、多中心性(multicentric) gliomaも剖検例の2.4〜7.5%に見られると報告されており鑑別診断の中に入 れるべきである。今回このことを痛感した1例を経験したので報告する。症例は68 歳の男性で、歩行障害で脳外科を受診、脳MRIで両半球内に一ヶ所ずつ占拠性病変 が認められたため転移性脳腫瘍を診断し生検を行ったが、結果は脳原発腫瘍 (glioblastoma)であった。非浸襲的検査の発達は著しいが限界はあり、最終診断 は組織検査であることを再確認した。

【Summary】

Handling multi-focal lesions in brain, metastatic brain tumor would have been most common candidate as first diagnosis. However, after the report that multicentric glioma was included in all glioma patients autopsy at 2.4?7.5% was published, this type of glioma should be entertain as the differenced diagnosis. Here, we report and discuss the one multicentric glioma case. The patient was 68 years old men, who complained gait disturbance for one month. On brain MRI, two independent lesion were revealed in cerebral hemispheres, subsequently, open biopsy was performed under suspecting metastatic brain tumor. Nevertheless, the definite diagnosis from pathologic examination was glioblastoma. Through this case, it was reconfirmed that pathological examination was still substantial in spite of its invasiveness, though non-invasive study was advanced.

【症例】

症例:68歳 男性

主訴:歩行障害

既往歴:高血圧症(近医で治療中)

現病歴:平成17年11月初旬から右下肢の筋力 低下を自覚するようになった。これが徐々に増 悪し歩行困難となったため同年12月4日に車椅 子で脳外科外来受診となった。

神経所見:

意識レベル:清明

右半身不全麻痺:MMT U/E 5-/5 L/E 4/5 治療経過:外来診療時の脳CTでは右側頭葉に 占拠性病変が認められ、脳腫瘍を疑い即日入院 となった。しかし、このCT所見では右半身麻 痺は説明できないため、入院後gadolinium増 強を含む脳MRIを施行し、先の右側頭病変に 加え左大脳基底核部にも内包後脚へ浸潤する病 巣が認められ、麻痺の原因巣と確定した(Fig. 1)。以上より本症例は脳内多発病変を持つこと がわかり、まず転移性脳腫瘍を疑い各種腫瘍マ ーカー提出とともにFDP-PETにて全身検索を 行った。PETの結果は脳内転移の原発巣となり うるFDP集積像は認められず、腫瘍マーカーの 上昇もなくこの疑診を支持する所見は得られな かった(Fig. 2)。最終的に12月9日診断のため に開頭生検を行ったが、迅速診断では確定が困 難ということで、パラフィン標本、免疫染色標 本を待つことにし手術を終えた。後日報告され た病理所見は、特定の癌腫を想起させる構造は 持たず、核の異型性と壊死部がみとめられた。 免疫染色では腫瘍細胞はGFAP陽性、MIB-1 indexは30%で、以上よりglioblastomaと診断 され、ここで治療方針は大きく修正せざるを得 なくなった(Fig. 3)。右下肢麻痺を主とする半 身麻痺は入院後も増悪していたが、原因巣は手 術不可能の部位であるため12月22日にまずこ こにγナイフ治療を行った。続いて生検で組織 採取だけに終わった側頭葉腫瘍に対し同月28 日に摘出術を施行した。その後は術後回復を待 って、通常のglioblastomaの治療を行った。す なわち平成18年1月6日から放射線療法(全脳 60Gy)を行い、加えてinterferonβを連日投 与した。化学療法はご本人とご家族の希望もあ り経口薬のt e m o z o l o m i d e(未認可)1)を 150mg/m2/dayの量で5日間投与した。これを 28日を1クールとし、5月現在まで4クール終了 した。2月下旬より自宅に戻られ上記した抗腫 瘍薬も自宅で服用されている。4月から実施さ れている介護保険の末期悪性腫瘍患者枠で公的 サービスも受けられ、通所リハビリに励んでお られる。満足すべきQOL(quality of life)を 得ているものと考えられる。

神経放射線学的所見:入院時頭部CTでは、右 側頭葉に脳浮腫と思われる広範な低吸収域を持 つ直径2cm大の占拠性病変が認められる。脳 MRI水平断(axial view)gadolinium強調では これに加えて、左大脳基底核にも増強される部 位が認められた。脳MRI前額断(coronal view) では基底核部の病変は一部側脳室に接している ことがわかる。FDP-PETでは、脳内該当箇所 のFDP集積は認められるが、全身検索では生 理的集積以外の異常集積は認められない。発症 後5ヶ月の脳MRI水平断で側頭葉部において摘 出断端部から腫瘍再増大の傾向が認められる。 前額断では基底核部の腫瘍再増大ならびにやや 離れて新病巣も認められるが、FDP-PETでは 生物学的活性なく放射線壊死と診断している (Fig. 4、PET所見は割愛)。

【考察】

多中心性(multicentric)gliomaはまれでは なく、Barnardら(1987)の報告2)によると、 241例のgliomaの剖検例で18例(7.5%)に見 られたと報告されている。またこの報告による とglioblastomaやanaplastic astrocytomaなど悪性度の高い腫瘍に多く見られ、同一大脳半球 内に見られたものが10例、異なった部位に発生 するものも8例に見られた。一般に脳内多発性 病変としては、転移性脳腫瘍、anaplastic astrocytoma、中枢性悪性リンパ腫、脳内感染 症( 脳膿瘍など)、遺伝性腫瘍( N F 1 , Tuberous sclerosis)などがあげられる。昨今 の悪性腫瘍の治療成績向上に伴い、われわれが 通常外来で遭遇する頻度としては最初にあげた 転移性脳腫瘍が重要である。転移性脳腫瘍の治 療法としてはγナイフ治療が効果の面からも QOLの面からも優れている。適切なγナイフ の施行は癌を持つ患者さんに多大な恩恵をもた らすものとして今後も注目され続けるものと思 われる。

本症例も当初、脳内多発性病変に対して未知 の癌腫からの転移を疑いPETなどの全身検索を行っているが、外科的手術による病理検査まで この診断はくつがえっていない。われわれ脳外 科専門医でも多発病巣、即転移性脳腫瘍と短絡 的に考えてしまいがちであり、この思考回路の 安全弁としての病理検査の重要性を再認識し た。加えて組織型あるいは遺伝子型に応じた、 いわゆるオーダーメードの治療が癌化学治療の 主流になりつつあり、今後腫瘍を扱う場合に病 理検査の重要性はさらに増していくものと思わ れる。この際、脳神経外科領域で問題となる症 例は到達困難部位に発生した腫瘍の場合であろ う。これに対しては、MRSpectroscopy、新し い髄液分析法、神経内視鏡や定位脳手術的アプ ローチなどで対応しているがそれぞれ問題点あ り、今後のさらなる進歩が待たれる。

【まとめ】

多中心性(multicentric)gliomaの一例を経 験した。脳内多発病変を考えるとき転移性脳腫 瘍とともに鑑別診断に入れるべき病態であり、 診断には病理検査が有効であった。

【参考文献】
1.Stupp R, et al. Radiotherapy plus concomitant and adjuvant temozolomide for glioblastoma. New England Journal of Medicine 352:987-996, 2005
2.Barnard RO, et al. The incidence of multifocal cerebral gliomas : A histologic study of large hemisphere sections. Cancer 60:1519-1513, 1987

著 者 紹 介

饒波正博

沖縄赤十字病院脳神経外科
饒波正博

生年月日:昭和38年9月22日

出身地:沖縄県 那覇市

出身大学:日本医科大学医学部 平成3年卒

著者略歴

平成3 年 日本医科大学卒業・同校脳神経外科入局

平成13年 日本医科大学脳神経外科・助手

平成15年 帝京大学医学部・脳神経外科・講師

平成17年 10月より沖縄赤十字病院脳神経外科入職

       現在に至る

専攻・診療領域
 脳神経外科

その他・趣味等
 サンシン(民謡)

Q U E S T I O N !

問題:脳内多発病巣を見たときまずあげるべ き腫瘍を2つ選べ。

  • 1)転移脳腫瘍
  • 2)髄膜腫
  • 3)聴神経腫瘍
  • 4)多発性硬化症
  • 5)悪性神経膠腫(malignant glioma)

CORRECT ANSWER! 10月号(vol.42)の正解

問題:以下の選択肢の中から正しくないもの を一つ選んでください。

  • 1)現在でも沖縄県の百寿者数は世界一である。
  • 2)沖縄男性のMSの有病率は約3割である。
  • 3)女性は男性に比べてMSになりにくい。
  • 4)糖尿病予備軍(境界型)は未病であるから合 併症は起こらない。
  • 5)MSでは慢性腎疾患に2倍、心筋梗塞・脳梗塞 に3倍、糖尿病に9倍罹りやすい。

正解 4)