新垣形成外科院長 新垣 実
【要 旨】
男性型脱毛症の香粧品は数多くあるが、医薬品の登場によって一気に医療機関で の治療導入が高まった。昨年12月の国内発売となった5 αリダクターゼ阻害剤の Propeciaがそうであるが、Propecia の正しい知識と使用法、患者への正しい頭髪ケ アの指導で、治療効果は十分期待できると考えている。当院では3年前から内服薬 治療を導入し、137人の患者に処方してきた。Propecia単独治療よりMinoxidilの 外用や、真空含浸治療との併用療法によって高い改善率を得ている。当院における 小経験を報告し、今後導入を検討している医療機関の参考になれば幸いである。
男性型脱毛症は、思春期以降の男性に主に遺 伝的に発現する禿頭症として知られている。中 国においては去勢した宦官に禿頭症が無いこ と、ヨーロッパにおいては去勢したカストラー トに禿頭症がいないことから古くから男性型脱 毛症に精巣が関係していることが解っていた。 思春期以前の去勢では家系的な遺伝に関わらず 禿げない。思春期以降の去勢では家系的遺伝を 有するものは禿げている場合があるが、去勢し た時点で進行は止まる。既に精巣で作られる男 性ホルモンが関与していることは解っている が、DNA 解析など十分な解明はまだなされて いない。今後更なる研究の余地はある。
男性ホルモン(Testosterone)は血中を介し て頭髪の毛球に達し、細胞膜を通過して細胞質 へ侵入する。そこで5 αリダクターゼによって 強力な男性ホルモン(DHT)に転換される。 DHT はテストステロンの5 倍以上の作用を有 し、細胞核に入るとブドウ糖代謝に影響を及ぼ してATP の生産を阻害する。ATP が減少する とたんぱく質合成ができず、毛母細胞は活力を 失い角化し、早々に休止期毛となり脱毛する。
DHT によって毛髪サイクルが短くなると、 細毛、短毛のまま十分に成長せずに脱毛する。 そして、頭髪の密度が薄くなり薄毛へと移行し ていく。通常髪の毛の寿命は3 〜 4 年だが、男 性型脱毛症では3 ヶ月〜 1 年で脱毛する。
面白いことに、DHT はヒゲ、胸毛などの体 毛に対しては程よい作用で硬毛化するが、頭髪 に対しては強く作用し脱毛させてしまう。この 機序に関してはアンドロゲンリセプターの感受 性の違いによると推論されている。
ところが、同じ男性でも男性型脱毛症を発症 する人としない人がいる。男性型脱毛症を発症 しても、前頭部から脱毛する場合や後頭部から 脱毛する場合など脱毛には様々なタイプがある が、詳細については未だ不明の部分が多い。
5 αリダクターゼには2 種類のタイプがある。 Type T 5 αリダクターゼとType U 5 αリダク ターゼである。テストステロンは主に前頭部と 頭頂部の毛乳頭に到達するとType-TとType- Uの作用を受け、それぞれType T DHT と Type U DHT に変換される。これらは、DHTレセプターに結合することによって毛母細胞へ の作用を発現する(図1)。
図1.5 αリダクターゼの男性型脱毛症の発生機序(文献1 よ り引用)
男性型脱毛症患者においては、脱毛部位に一 致してType U DHT リセプターの活性が高いこ とが認められており、Type U 5 α-リダクター ゼがその主因をなすと考えられている。
Propecia は1997 年にFDA が認可した男性型 脱毛症内服薬である。前立腺肥大の治療薬とし て使われていたFinasteride が主成分である。 副作用として男性型脱毛症の改善が認められた ため製品化された。Finasteride はType U 5 α- リダクターゼの選択的阻害剤である。当初、 Type U 5 α-リダクターゼの方がType T 5 α-リ ダクターゼより強力に毛乳頭に作用するものと 思われていた。Type U 5 α-リダクターゼ欠損 症の場合は男性型脱毛症が見られなかったから である。更に前頭部の毛乳頭に多くType U 5 α-リダクターゼが発現するとされ、Propecia は特に前頭部に効果的とされている。
日本でも米国でも臨床結果の「明らかな改 善」は70 %以上とされているが、単独使用で は1 年ほどで効果は頭打ちになり、思ったほど 結果を出せなかった(症例1)。また、効果の局 在においても前頭部に効果があり頭頂部には効 果がないとされるが、Minoxidil との併用治療 では頭頂部に対して明らかな改善が多く認めら れた(症例2)。
日本では未認可だが前立腺肥大症治療薬の DutasterideはTypeT5α-リダクターゼとType U 5 α-リダクターゼの両方を阻害する。よって Propecia より高い効果が期待される。米国ではDutasteride の改善率は80 %以上との報告があ る。当院での臨床結果でもDutasteride では前 頭部、頭頂部どちらにも有効に作用した(症例 3)。男性型脱毛症治療薬としてのDutasteride の国内発売の予定は今のところない。
症例1.Propecia単独使用例治療前(上)治療後6ヶ月(下)
症例2.Propecia・minoxidil併用例治療前(上)治療後6ヶ月(下)
症例3.Dutasteride使用例治療前(上)治療後6ヶ月(下)
万有製薬の治験結果ではPropecia による副 作用の発現率は約4 %である。Dutasteride の 副作用の発現率は高く8 %と報告されている。 当院でもPropecia とDutasteride の副作用発現 率は9 %であった。
もっとも多いのは「軽度の性欲減退」であ る。深刻な「インポテンツ」は現れなかった。 その他、乳房肥大が1 例、体力低下2 例、アレ ルギー発疹2 例である。年齢別に見ると、40 代 の副作用発現率が最も高く、多くが「性欲減 退」を訴えた。いずれも服用の中止により軽快 した。当院では、Dutasteride で副作用発現す ればPropecia/1mg に変更、Propecia/1mg で 副作用発現すればPropecia/0.2mg へ変更して いる。Propecia/0.2mg でも副作用を訴えた場 合は、Minoxidil 外用を主体にした治療を行っ ている。
Propecia 発売元の萬有製薬が行った全国規 模の副作用の調査結果を示す(表2-1、表2-2)。
表2-1.Propecia発売後6ヶ月の副作用調査
表2-2.Propecia発売後6ヶ月の副作用調査
(1)処方は成人男性を対象とする。国内治験は 20 歳〜 50 歳の成人男性にて実施され、20 歳未満の安全性及び有効率は確立されてい ないためである。 海外において行われた閉経後女性の男性型 脱毛症に対する治験では、Finasteride の有 効性は認められなかったと報告されている。
(2)副作用に「勃起機能不全」「射精障害」「精 液量減少」などの症状が報告されている が、Finasteride 服用による精子自体への影 響はなく、男性側では受精には問題を及ぼ さない。しかし妊娠中の女性には禁忌であ る。Finasteride の薬理作用により、男子胎 児の生殖器の発育に影響を及ぼす恐れがあ るためである。授乳中の女性に対しても禁 忌である。母乳を介して乳児の外性器発育 に影響を及ぼす恐れがあるためである。
(3)前立腺肥大治療中の患者に対してのPropecia 処方は、専門医の判断に従って行 う必要がある。
(4)前立腺がん検診時には、Finasteride によ ってPSA 値を50 %低下させることが報告 されているため、数値に対して予め注意を 促すことが必要である。
(5)Propecia 服用中はFinasteride が血中を介 するため献血は禁忌である。服用を中止し た後も安全を期すため約6 ヶ月は控えるよ うに指導する。
(6)国内発売の萬有製薬では、Propecia 錠 0.2mg とPropecia 錠1mg の2 種類あるが、 小売価格は同じである。この結果多少問題 が生じており、Propecia 錠1mg を分割・ 粉砕すれば低価格でPropecia 錠0.2mg と 同等な成分含有量を服用できることにな る。しかし、本錠剤は表面をコーティング することによって通常の取り扱いでは有効 成分に接触できないようになっている。患 者指導の点からも医療関係施設では適切な 扱いが望まれる。
(7)初回における処方は4 週または8 週の短期 間が望ましい。重篤な副作用はないが、副 作用の有無を確認するためにも定期的に診 察する必要がある。
5 αリダクターゼ阻害剤、propecia が男性型 脱毛症患者にもたらす福音は大きなものであ る。反面、問題も山積されている。バイアグラ 同様、Propecia はインターネットのオンライン ショップで、患者が容易に海外から入手でき る。医師の診察なしに副作用の十分な説明もな されないまま、素人判断で使用されれば、いず れ事故に繋がるであろうことは想像に難くな い。さらには医療機関の側にも落とし穴があ る。自費診療であるが故にレセプト査定のよう な審査が無く、診断・適応・処方について基準 が甘くなりがちである。男性型脱毛症の診断に おいては臨床所見のみで診断を下し、6 ヶ月処 方などの長期大量処方が行われているのが現状 である。この半年間に発生したデータからする と副作用のモニターには、少なくとも3 ヶ月に 一度の診察が必要と考える。また治療効果の判 定には、視診のみならず規格写真を実施すべき である。写真判定において3 ヶ月以上内服して も治療効果が認められない場合には診断の見直 しが必要と考える。その際には検鏡による毛根 像診断やアンドロゲンレセプター検査などを実 施している皮膚科・形成外科専門医にご相談頂 きたい。
参考文献:
1.Elis A. Olsen 著 Disorders of Hair Growth Mc Graw Hill 出版
2.平山 俊 編 毛髪疾患の最新治療 金原出版
3.稲葉益巳 著 男性型脱毛症 シュプリンガー・フェアラーク東京 版
4.渡辺 靖 著 ヘア・サイエンス 日本毛髪科学協会版
著 者 紹 介
新垣形成外科院長
新垣 実生年月日:昭和34年2月24日
出身地:沖縄県 那覇市
出身大学:長崎大学医学部 昭和59 年卒
著者略歴
那覇市出身、長崎大学形成外科にて難波雄哉に師事し形成外科を習得。
平成6 年、学位取得後帰沖。中部徳洲会病院形成外 科部長に就任し県内初のレーザー外科外来を開設。多 くの母斑治療を手がける。
平成10 年に開業し、現在新垣形成外科院長。メデ ィカルエステ、ヘアークリニックなど、新しい分野に 意欲的にチャレンジ中。
日本形成外科学会専門医、日本美容外科学会会員、 日本顎顔面外科学会会員、県医学会形成外科研究会会 長、沖縄皮膚科勉強会会員、医学博士
専攻・診療領域
形成外科・美容外科その他・趣味等
ゴルフ 街づくり活動
問題:propecia の副作用について、正しい ものはどれか。
問題:55 歳、女性。30歳後半より遠視の眼鏡を装用。 数日前より右眼の軽度の霧視と 軽度の頭痛と吐き気を訴え内科を受診し た。風邪症候群と診断され、風邪薬を処 方されたが次第に症状は悪化した。右眼 の充血、霧視と頭痛の一層の増悪、吐き 気があり、深夜に救急外来を受診した。 左眼は異常なし。
1)次の点眼薬で用いるものは
正解 4)